日本語
現代日本語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 04:57 UTC 版)
元来『源氏物語』は作者紫式部と、同時代の同じ環境を共有する読者のために執筆されたと推察されており、加えて作者と直接の面識がある人間を読者として想定していたとする見解もある。書かれた当時の『源氏物語』は、周囲からは「面白い読み物」として受け取られており、少し経た時代でも、当時12歳だった菅原孝標女が、特に誰の指導を受けるということもなく1人で読みふけっていたとされている。時代を経て物語で用いる言葉遣いも、前提とする知識・常識も変化していくことで、気軽に『源氏物語』を読むことは困難になっていった。 同時期の文学である『枕草子』『土佐日記』などは、簡単な注釈さえあれば現代日本人が読むことがさほど難しくないのに対し、『源氏』の原文を読むことは現代日本人にとってもかなり難しい。ほかの王朝文学と比べても語彙は格段に豊富、内容は長く複雑で、専門的な講習を受けないと『源氏』の原文を理解するのは困難である。現代では、現代語訳で親しんでいる人のほうが多いといえる。数ある古典日本文学の中で、多様な性格を持つその内容ゆえに、もっとも多く現代語訳が試みられており、訳者に作家が多いのも特徴である。これらは、訳者の名前から「与謝野源氏」「谷崎源氏」といった風に、「○○源氏」と呼ばれている。 国文学者・研究者による翻訳は、比較的直訳・逐語訳的な訳注が多いのに比べて、作家・小説家による翻訳は多くの場合、原文に対して叙述の順番を入れ替えたり、和歌によるやりとりを普通の会話文に直したり、原文とは視点を変えて叙述したりといった応用工夫が行われていること多く、そのような作品は単なる現代語訳ではなく翻案作品として扱われることもある。 与謝野晶子訳 詳細は「与謝野晶子訳源氏物語」および「源氏物語礼讃歌」を参照 与謝野晶子は生涯に3度現代語訳を試みた。与謝野は12歳当時、『源氏物語』を原文で素読していたことをのちに自身の歌の中に詠み込んでおり、さまざまな創作活動の中に『源氏物語』の大きな影響を読み取ることができる。 1度目の翻訳は、与謝野夫妻の支援者であった実業家(小説家でもある)の小林政治の依頼により、100か月で完成させることを目標に始められたものである。1912年2月から1913年11月にかけて、『新訳源氏物語(上、中、下一、下二巻)』として金尾文淵堂から出版され、1914年12月に4冊ものの縮刷版が刊行されている。これは全文の翻訳ではなくダイジェストであるが、通常、これが『源氏物語』の最初の現代語訳であるとされている。この最初の翻訳には晶子の夫・与謝野鉄幹の手も入っているとする見解もある。 これは『源氏物語』の専門家でない森鷗外が校訂にあたっているなどといった問題もあり、再度、『新新訳源氏物語』として翻訳を試みた(2回目)が、「宇治十帖の前まで終わっていた」とされる。このときの原稿は、1923年9月の関東大震災(大正関東地震)により文化学院に預けてあった原稿がすべて焼失したため、世に出ることはなかった。 現在、通常流布しているのは晩年の1938年10月から1939年9月にかけて『新新訳源氏物語(第一巻から第六巻まで)』として金尾文淵堂から出版された3度目のものである。1939年10月に完成祝賀会が上野精養軒にて開催されており、同人はこれを「決定版」としている。この翻訳は当時、まだ学術的な校訂本がなかったことから、「流布本」であった『源氏物語湖月抄』の本文を元にしていたとされる。原文にはない主語を補ったり、作中人物の会話を簡潔な口語体にしたりするなど大胆な意訳と、敬語を中心とした大幅な省略で知られている。それに対して、歌の部分については歌人らしく、「和歌は源氏物語にとって欠かせない重要な要素である」として、いずれの翻訳もまったく手を加えることなくそのまま収録しており、ほかの翻訳が行っているような和歌の部分を会話文に改めるといったことをしていない。また、新新訳では各帖の冒頭に自身の和歌を加えている。 池田亀鑑の解説を加えたものが、1954年10月から1955年8月にかけて『全訳源氏物語』として、全9冊で角川文庫から出版されており、1971年8月から1972年2月にかけて全3冊に合本・改版され重版した。2008年に源氏物語千年紀を記念し、『新装版 全訳源氏物語』全5冊に改版された。ほかに、1948年には日本社から日本文庫で、1951年には三笠文庫(三笠書房)で、1976年(新装版、1987年)には河出書房新社の日本古典文庫で、2002年には勉誠出版刊の『鉄幹 晶子全集』の第7巻および第8巻として、2005年から2006年に舵社からデカ文字文庫と、多くの出版社から刊行されている。これらとは別に、最初の訳書も、後年の翻訳より読みやすいといった評価があったことから、2001年に角川書店から単行本が出版され、2008年には、『与謝野晶子の源氏物語』(角川文庫ソフィア)全3冊で出版された。双方の訳書とも1942年5月29日に与謝野が死去したため、1993年に著作権の保護期間が満了しており、パブリック・ドメインで利用できるため青空文庫などに収録されている。 谷崎潤一郎訳 詳細は「谷崎潤一郎訳源氏物語」を参照 谷崎潤一郎も生涯に3度現代語訳を試みた。 最初は『源氏物語湖月抄』本文を元に、1935年9月より着手された。国文学者山田孝雄の校閲を受けながら進められ、1939年から1941年にかけ『潤一郎訳源氏物語』全26巻が、中央公論社で刊行された。これは、「旧訳」「26巻本」などと呼ばれている。当時の社会情勢から、中宮の密通に関わる部分など皇室に関した部分は何か所か削除されている。 2度目は上記の削除部分を復活するとともに、全編にわたり言葉使いを読みやすく改訂し1951年から1954年12月にかけ、『潤一郎新訳 源氏物語』全12巻で刊行された。この版は「新訳」「12巻本」などと呼ばれた。他に豪華版全5巻別巻1や、新書版全8巻も刊行されている。 『潤一郎訳』は谷崎の意向が大きく反映され、『潤一郎新訳』は原文を尊重し省略なしの完訳であることが特徴である。 3度目は中央公論社版『日本の文学』に(一部)収録するため、改稿に着手された。1964年から1965年に『潤一郎新々訳 源氏物語』全10巻別巻1が、新版が1979年から翌年にかけ刊行された。これは「新々訳」「11巻本」などと呼ばれている。口述筆記のせいもあり、新仮名遣いになっている。与謝野晶子訳とは対照的に、原文の文体を生かしつつやや古風な訳文となった。(最晩年の)谷崎は、本書をもって「決定版である」としている。 『潤一郎訳 源氏物語』は、1968年から1970年にかけ『谷崎潤一郎全集』第25 - 28巻(新版『全集』では第27 - 30巻)に収録。1973年、中公文庫創刊にともない全5巻で刊行(改版1991年)。豪華版で、1966年に全5巻別巻1が、1983年に愛読愛蔵版全1巻が、1992年に同普及版全1巻が刊行された。 窪田空穂訳 国文学者で歌人でもある窪田空穂の『現代語訳源氏物語』は、1939年から1943年にかけ改造社全8冊で出版された。戦後に同社で、1947年から1949年にかけ再版された。1967年に『窪田空穂全集 27・28巻』(角川書店)に収録。窪田訳は別に抄訳版があり、1970年に春秋社で出版している。 円地文子訳 円地文子の現代語訳は、1967年7月に着手され、玉上琢弥、犬養廉、清水好子、竹西寛子、阿部光子などの協力を得ながら、1972年から1973年にかけ全10巻で新潮社から刊行された。1980年、新潮文庫に全5巻で再刊された(2008年に全6巻に改版)。さまざまな箇所に原文にはないまったく創造的な加筆を行っており、特徴のひとつとなっている。 円地は1975年5月に公演された歌舞伎『源氏物語葵の巻』の台本も手がけているほか、現代語訳の過程で生まれたエッセイ『源氏物語私見』(新潮社、1974年、1985年に新潮文庫、2004年に『なまみこ物語』とあわせ講談社文芸文庫に収録)、『源氏物語の世界・京都』(平凡社、1974年)、『源氏物語のヒロインたち』(講談社、1987年)など『源氏物語』関係の著作も多い。2007年に新潮社で、竹下景子による朗読CD(現在は桐壺から夕顔まで2巻)が出された。 田辺聖子訳 詳細は「新源氏物語 (田辺聖子)」を参照 田辺聖子の現代語訳は、『新源氏物語』として1974年11月から1978年1月にかけて『週刊朝日』で連載されたあと、1978年から1979年にかけて全5巻で新潮社から刊行され、1984年5月に新潮文庫に収録。当初書かれたのは「幻」巻部分までで、それ以降の部分は1985年10月から1987年7月まで『DAME』で連載されたが、同誌の休刊により「宿木」巻の途中までで中断。残りの部分は書き下ろしで執筆され、1991年5月に新潮社から『新源氏物語 霧ふかき宇治の恋』として出版、1993年11月に新潮文庫に収録された。2004年に出版された『田辺聖子全集 全24巻』では、第7巻および第8巻の2巻がこれにあてられており、「霧ふかき宇治の恋」を含めた全体を「新源氏物語」としている。 原文の巻序に従っておらず全体の構成を入れ替えており、「空蝉の巻」から始まっていることや、原文の中で登場人物たちが和歌で伝えようとしていることを通常の会話文に直しているなど原文を大幅に直している部分があるため、「単なる現代語訳」ではなく「翻案作品」であるとされることも多い。この翻訳・翻案から生まれた関連本として『源氏紙風船』(新潮社、1981年)がある。小説作品で、光源氏の従者の1人の視点から描いた「私本・源氏物語」(実業之日本社、1980年、のち文春文庫)、岡田嘉夫の絵を豊富に配して光源氏10話・薫2話が編まれた「源氏たまゆら」(講談社、1991年、のち講談社文庫1995年)がある。 橋本治訳 橋本治の現代語訳は、『窯変 源氏物語』の題名で、1991年5月から1993年にかけて中央公論社全14巻で刊行された。のちに、1995年11月から1996年10月にかけ中公文庫に収録された。橋本はこの作品を「紫式部の書いた『源氏物語』に想を得て、新たに書き上げた、原作に極力忠実であろうとする一つの創作、一つの個人的解釈である」としており、基本的に光源氏と薫からの視点で書かれており、大幅な意訳になっている部分もあることなどから、単なる「現代語訳」ではなく「翻案作品」であるとみなすことも多い。 橋本には『源氏供養』のタイトルで関連エッセイがあり、上記の現代語訳に関する事柄も収めている。 瀬戸内寂聴訳 瀬戸内寂聴の現代語訳は、1996年12月から1998年にかけ講談社から全10巻で刊行され、「新装版」が2001年9月から2002年6月にかけて、講談社文庫版が2007年1月から10月にかけて出版された。瀬戸内には、女性の視点から描いた翻案作品『女人源氏物語』が小学館全5巻で、1988年から1989年にかけ出版され、のちに集英社文庫に収録された。『わたしの源氏物語』(小学館、1989年7月、集英社文庫、1993年6月)、『歩く源氏物語』(講談社、1994年9月)、『源氏物語の脇役たち』(岩波書店、2000年3月)、『痛快!寂聴源氏塾』(集英社インターナショナル、2004年3月、のち軽装版『寂聴源氏塾』、2007年3月)など多くの関連著作がある。「源氏」関連の講演や行事などにも積極的に関わっている。 大塚ひかり訳 大塚ひかりによる現代語訳は、『大塚ひかり全訳 源氏物語』(ちくま文庫全6巻)が、2008年より2010年にかけ刊行された。「読んで分かる原文重視の逐語訳」を目標に、「敬語・謙譲語を抑さえる」「『ひかりナビ』と称する説明文をつけ加える」「あえて原文を随所に配する」という3つの工夫を行っている。大塚は、『もっと知りたい源氏物語』(日本実業出版社、2004年4月)や、『源氏の男はみんなサイテー 親子小説としての源氏物語』(マガジンハウス、1997年11月)、『カラダで感じる源氏物語』(ちくま文庫、2002年10月)、『源氏物語の身体測定』(三交社、1994年10月)といった関連著作がある。 今泉忠義訳 本文は「青表紙系版本中最善本である」という理由により、江戸時代の版本である『首書源氏物語』を用いる。「桜楓社版 源氏物語」の現代語訳版として企画され、1974年1月から1975年10月にかけて全10巻が刊行された。「桜楓社版 源氏物語」は、現代語訳編のほかに、森昇一・岡崎正継による本文編、語法編などで構成されている。1977年から1978年に『源氏物語 全現代語訳』で、講談社学術文庫に全20冊で収録され、新装版全7冊が、2000年から2001年にかけて刊行された。 玉上琢弥訳 底本は、定家直筆本のあるものはそれを用い、存在しないものは明融臨模本、それも存在しなければ飛鳥井雅康本(大島本)である。もともとは1964年から1969年にかけて角川書店から出版された『源氏物語評釈』の中の現代語訳に原文脚注索引をつけたもので、1964年から1975年にかけて角川文庫全10巻が刊行(のちに角川ソフィア文庫)。原文に近い訳であるが、現代語訳を独立して読めるようになっている。なお、十巻巻末には国宝源氏物語絵巻の解説索引がある。 尾崎左永子訳 1997年から1998年にかけて『新訳源氏物語』として小学館より全4巻で刊行された。 中井和子訳 15年がかりで翻訳を仕上げたとされる『現代京ことば訳 源氏物語』が1991年に大修館書店から全3巻で刊行され、2005年(平成17年)に全5巻の新装版として刊行された。KBS京都から北山たか子による朗読CDも発売されている。 林望訳 2010年から2013年にかけて『謹訳 源氏物語』として祥伝社より全10巻で刊行された。2017年秋から文庫化されている。 角田光代訳 河出書房新社より『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』(上中下)で、2017年9月に上巻、2018年10月に中巻、2020年2月に下巻が刊行完結。解題は藤原克己が担当。 あがさクリスマス(増子勝)訳 10年がかりで日本初の源氏物語訳対「3分de源氏物語ⅠⅡⅢⅣ」を愛の四つ葉社より刊行。国立国会図書館蔵。 ほかにも、鈴木正彦による訳(1926年、第百書房)や上野榮子による訳(2008年、日本経済新聞出版社)などのほか、2008年には「ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ」として9人の現代作家がそれぞれ源氏物語の翻訳に取り組むという企画が行われた。江國香織(夕顔)、角田光代(若紫)、町田康(末摘花)、金原ひとみ(葵)、島田雅彦(須磨)、桐野夏生(柏木)、小池昌代(浮舟)、日和聡子(蛍)、松浦理英子(帚木)らがそれぞれ源氏物語の新訳・超訳に挑戦するなど、新たな翻訳が生み出されつつある。
※この「現代日本語」の解説は、「源氏物語」の解説の一部です。
「現代日本語」を含む「源氏物語」の記事については、「源氏物語」の概要を参照ください。
「現代日本語」の例文・使い方・用例・文例
- 現代日本語のページへのリンク