ひゃくしょう‐よみ〔ヒヤクシヤウ‐〕【百姓読み】
百姓読み
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/20 12:27 UTC 版)
百姓読み(ひゃくしょうよみ)とは、漢字を偏または旁(つくり)から類推して我流に読むこと[1][2]。松野又五郎によれば「音や訓の区別もなく、その文字や語句の慣習にも係らないで、いわゆる我流の読み方」をさすとし[3]、三浦直人は「この語の定義は多様であるが、便宜的に、知らぬ漢字を旁(つくり)から類推して読んだり、訓読みを音読みと勘違いして用いたりすること」とする[4]。
慣用読みと百姓読み
慣用読みと百姓読みはしばしば混同されて理解されるが、慣用読み(慣用音)は呉音、漢音、唐音には属さないが、わが国でひろく一般的に使われている漢字の音、例えば「消耗」の「耗(こう)」を「もう」、「運輸」の「輸(しゅ)」を「ゆ」、「堪能」の「堪(かん)」を「たん」、「立案」の「立(りゅう)(=りふ)」を「りつ」、「雑誌」の「雑(ぞう)(=ざふ)」を「ざつ」と読むなどすることであり[5]、百姓読みとは示す概念が異なる。もっとも大槻文彦は輸出・輸入を例に挙げ「輸をユと読むことはなく、また送り出す(他動詞)の出はシュツではなくスイと読むのであるから、輸出をユシュツと読むのは百姓読みであるが、今さら輸出をシュスイ、輸入をシュニュウなどと読んだところで通じないから、世間に従ってユシュツ・ユニュウで良い(大意)」と述べている[6]。
概要
音や訓の慣習によらず我流の読み方をすることとされ[3]、誤読として扱われる。田舎者、また、情緒を解さない者をののしっていう語としての「百姓」[7]から、漢字の読み方を知らない教養のない者が読んでしまうことによる。
「百姓読み」という呼称は、「旁(つくり: 漢字の構成要素)を見る」ことを同音の「作」(つくり: 農作のこと)に掛けた洒落となっている[8][9][2]。
江戸時代から用いられている語である。江戸時代の用例を以下に示す。
百姓読みの例
初学者などが行いやすい漢字や熟語の誤読は当記事の「百姓読み」に該当するが、一般に挙げられる例は下記のように古典籍等に通じた専門家でなければとても正しく読めない文字が多い。基本的には漢音や呉音に正しく対応しない読み方が「百姓読み」であるが、普段使いするような漢字ではなく、中には訓読させたり複数の読み方の中の特定の読みであるべきであったり(輸出・殺損など)音便化するなど(洗滌)難解なものが多く、この点で難読地名や名目読み、熟字訓や当て字とも関連がある。
| 例語 | 本来の読み | 百姓読み | 解説 |
|---|---|---|---|
| 洗滌 | せんでき(せんてき) | せんじょう | 洗いそそぐこと。比喩的に、除き改めること。罪などが赦免されること。明治大正期には「センジョウ」と読ませる文書も存在しており[15]一般に誤用と認識されていた[16]。現代では「せんでき」の誤読が「せんじょう」に慣用化したともいい、同音の漢字による書きかえである「洗浄」は洗滌「せんじょう」の読み方に基づく[17]。もっとも、元より「洗滌センデキ」「洗浄センジョウ」いずれの表記も古典籍に存在しており、本来は別語[18]。 |
| 輸出 | しゅすい[19][20][21] しゅしゅつ[22][21] |
ゆしゅつ[19][20][21] | 明治時代の書籍で百姓読みと指摘されている例[6]。輸出#「輸出」の読み方の変遷も参照。 当時から「ゆしゅつ」の読みの方が定着していた[19][20][6][21]。 |
| 絢爛 | けんらん | じゅんらん[3][23] | 大正時代の書籍で挙げられている例。 |
| 垂涎 | すいぜん | すいえん[24] | |
| 懶惰 | らんだ | らいだ[25] | |
| 獰猛 | どうもう | ねいもう[26] | |
| 遵守 | じゅんしゅ | そんしゅ[27] | |
| 遂行 | すいこう | ついこう(ついこお)[28] | |
| 蠱惑 | こわく | ちゅうわく[29] | |
| 祇候 | しこう | ていこう[30] | |
| 覧挙 | らんきょ | けんきょ(けむきょ)[31] | |
| 古郷 | こきょう | きゅうきょう(きうきゃう)[32] | |
| 涙涕 | るいてい | りうてい(りゅうてい)[33] | |
| 公廨 | くがい(くげ) | くんこ[34] | |
| 苗裔 | びょうえい | みょうえき[35] | |
| 侘人 | わびびと | たくしゅう[36] | |
| 諠譁 | けんか | せんか[37] | |
| 稼穡 | かしょく | かてむ[38] | |
| 寃枉 | えんおう | めんおう[39] | |
| 鴆毒 | ちんどく | こうどく[40] | |
| 内豎 | ないじゅ | ないけん[41] | |
| 殺損 | さいそん | せっかい[42] | |
| 李陵 | りりょう | きいれう(きいりょう)[43] | |
| 佳辰 | かしん | けいしん[44] | めでたい日、よい日柄。嘉辰とも記す[45]。 |
| 郵便箱 | ゆうびんばこ | たれべんばこ[46][47] | 明治時代の文献に出てくる笑い話。 「郵」の漢字の偏だけを見て「垂」と誤読し、「郵便箱」(郵便ポスト)とは「垂便箱」、つまり新型の小便器だと勘違いしたというもの[46][47][48]。 |
| 矛盾 | むじゅん | ほことん[3] | 大正時代の書籍で挙げられている例。 誤読ではなく故意だとの指摘あり(ホコトン#誤読か故意かを参照)。 |
脚注
注釈
出典
- ↑ 日本国語大辞典、第17巻(ひち-ほいん)、p.123、日本大辞典刊行会、小学館、ISBN 978-4095220178、1976年4月15日第1版第2刷
- 1 2 久松潜一 編「ひゃく-しょう-よみ」『新編国語辞典』国民図書刊行会、1951年、869頁。NDLJP:2457818/438。
- 1 2 3 4 松野又五郎(松野孤城)「第六章 重箱読みと湯桶読み百姓読み」『国語国文の常識』六合館、1925年、32頁。NDLJP:982996/24。
- ↑ 三浦直人「伊藤博文をハクブンと呼ぶは「有職読み」にあらず : 人名史研究における術語の吟味」(漢字文化研究第7巻、2017年、21-41頁)、P.28
- ↑ 精選版 日本国語大辞典「慣用音」
- 1 2 3 大槻文彦「○輸出 輸入」『復軒雑纂』廣文堂書店、1902年、269-270頁。NDLJP:991568/142。「輸ノ字ハ如何ナル塲合ニテモ 〔中略〕 『しゆ』ノ音ナリ 〔中略〕 『ゆ』ト讀ムハ百姓讀ナリ 〔中略〕 又『出』ノ字ハ 〔中略〕 他動詞トシテハ『いだす』意ノ時ハ『すゐ』ナリ 〔中略〕 然レドモ、今ハ世上一般ニ『
輸出 輸入 』ト讀ミ來リテ、今更ニ『しゆすゐ』『しゆにふ』ナド讀ミテモ、更ニ通ズベクモアラズ、コレラハ、百姓讀ミニ打任セテ、通用セシムベキニヤ」とある。 - ↑ 日本国語大辞典、第17巻(ひち-ほいん)、p.122、第4語義、日本大辞典刊行会、小学館、ISBN 978-4095220178、1976年4月15日第1版第2刷
- ↑ 藤井乙男 編「百姓読」『諺語大辞典』有朋堂、1910年、875頁。NDLJP:862766/455。
- ↑ 青山移山「農事に関する俚諺」『日本農業雑誌』第13巻第4号、日本農業社、1917年、83頁、NDLJP:1551614/54。
- ↑ 山崎美成「巻二・五九 讀法幷訓點」『海録』国書刊行会、1915年、61頁。NDLJP:945818/48。
- ↑ 校訂者「例言」『海録』国書刊行会、1915年、1頁。NDLJP:945818/3。
- ↑ 山本蕉逸 著「童子通」、早稲田大学編輯部 編『漢籍国字解全書 : 先哲遺著 第7巻』1926年、14頁。NDLJP:1020343/304。
- ↑ 東京学芸大学教育コンテンツ「童子通」コマ番号23
- ↑ 山本蕉逸 著「童子通 序」、早稲田大学編輯部 編『漢籍国字解全書 : 先哲遺著 第7巻』1926年、2頁。NDLJP:1020343/296。
- ↑ 新粧之佳人(須藤南翠、1886)
- ↑ 精選版日本国語大辞典「洗滌」補助注記
- ↑ コトバンク「洗浄」
- ↑ 小学館デジタル大辞泉「洗浄」補説
- 1 2 3 大槻文彦「ゆ-しゆつ」『言海』1891年、1042頁。NDLJP:992954/598。「
輸出 、輸入 、ナレドモ、姑ク※俗音ニ隨フ※」とある(※引用者注:「姑ク」の読みは「しばらく」、「隨フ」は「したがう」)。 - 1 2 3 山田美妙「ゆ・しゆつ」『日本大辞書』日本大辞書発行所、1893年、1350頁。NDLJP:902835/683。「本音、しゆすゐ」とある。
- 1 2 3 4 畠山健 校閲「しゆしゆつ 輸出」『国語漢文中辞林』郁文舎、1908年、265頁。NDLJP:862836/199。「正しくはシユスヰといふべし。又、俗にユシユツともいふ。」とある。
- ↑ 山田美妙「しゆ-しゆつ」『大辞典 上』嵩山堂、1892年、2185頁。NDLJP:863253/1116。
- ↑ 小学館デジタル大辞泉「百姓読み」
- ↑ 精選版日本国語大辞典「百姓読み」
- ↑ 小学館デジタル大辞泉「百姓読み」
- ↑ 平凡社世界大百科事典「百姓読み」
- ↑ 平凡社世界大百科事典「百姓読み」
- ↑ 山田俊雄「いわゆる湯桶読・重箱読ついて」(成城文芸1、1954)
- ↑ 山田俊雄「いわゆる湯桶読・重箱読ついて」(成城文芸1、1954)
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 沼本克明「変体漢文訓読に於ける字音語の性格」(信州大学人文科学論集7、1973)P.33、PDF-P.3
- ↑ 童子通(東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ)PDF-P.23
- ↑ 小学館デジタル大辞泉「佳辰」
- 1 2 如酔散人「帝国郵便事業逸事 其九 熱閙の要路に始めて郵便函を設け 田舎の果漢〔ママ〕は誤りて垂便函と認む」『交通』第9巻第81号、交通雑誌社、1894年5月、47頁、NDLJP:1539097/27。※記事名の「果漢」はおそらく「呆漢」の誤植。
- 1 2 『明治史第五編 交通発達史』博文館、1906年、27頁。NDLJP:2942257/49。
- ↑ 井上卓朗 (2024年10月1日). “資料紹介|黒ポスト異聞 垂便箱と東京府違式詿違条例-前島 密 『郵便創業談』の逸話について”. レトロ郵便局. 2026年5月2日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 百姓読み - kotobank
百姓読み
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 13:45 UTC 版)
詳細は「百姓読み」を参照 間違いが定着したものが多いのは、声符である旁から勝手に類推して読んだ音、いわゆる「百姓読み」である。たとえば「輸(シュ)」「滌(デキ)」「涸(カク)」「攪(コウ)」「耗(コウ)」などは旁の音に引かれて「輸入(ユニュウ)」「洗滌(センジョウ)」「涸渇(コカツ)」「攪拌(カクハン)」「消耗(ショウモウ)」と読まれる。このような音を慣用音と表記している。
※この「百姓読み」の解説は、「慣用音」の解説の一部です。
「百姓読み」を含む「慣用音」の記事については、「慣用音」の概要を参照ください。
百姓読み
出典:『Wiktionary』 (2017/02/23 09:09 UTC 版)
名詞
語源
百姓を教養のない田舎者と侮蔑した語か?なお、「ヒャクセイ」と読むべきところを「ヒャクショウ」と読んだからとの説があるが、「ショウ」は呉音のため誤りでない。却って、「ヒャクセイ」は呉音+漢音の入り混じった読み。
百姓読みの例
| 漢字 | 百姓読み | 本来の読み |
|---|---|---|
| 撹乱 | かくらん | こうらん |
| 矜持 | きんじ | きょうじ |
| 涸渇 | こかつ | かくかつ |
| 耗 | もう | こう |
| 消耗 | しょうもう | しょうこう |
| 耗弱 | もうじゃく | こうじゃく |
| 稟議 | りんぎ | ひんぎ |
| 残滓 | ざんさい | ざんし |
| 洗滌 | せんじょう | せんでき |
| 堪能 | たんのう | かんのう |
| 輸出 | ゆしゅつ | しゅしゅつ |
| 輸入 | ゆにゅう | しゅにゅう |
関連語
- 百姓読みのページへのリンク