袖中抄とは? わかりやすく解説

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しゅうちゅうしょう〔シウチユウセウ〕【袖中抄】

読み方:しゅうちゅうしょう

平安末期歌学書20巻顕昭著。文治年間(1185〜1190)ごろの成立万葉集から堀河百首ごろまでの歌集歌合(うたあわせ)から約300難解な歌語抄出解釈したもの。


袖中抄

主名称: 袖中抄
指定番号 2543
枝番 00
指定年月日 2006.06.09(平成18.06.09)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書 二巻正安二年僧祐尊書奥書
員数 12巻
時代区分 鎌倉時代南北朝時代
年代
検索年代
解説文: 『袖中抄』は、文治年間(1185~1190)頃に顕昭著したもので、二十からなる平安末・鎌倉初期における代表的な歌学書一つである。『万葉集』以下の諸歌集にみえる難解な語句注解で、最初に自説述べ次いで諸説原文のまま掲げて批評する書写年代筆者などから、高松宮本(重要文化財)ともと一具であることが知られる『袖中抄』の現存最古写本である。

袖中抄

主名称: 袖中抄
指定番号 2475
枝番 00
指定年月日 1993.01.20(平成5.01.20)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書 五巻正安二年僧祐尊書奥書
員数 20巻
時代区分 鎌倉
年代
検索年代
解説文:  『袖中抄』は、鎌倉時代初期顕昭著した歌学書で、『万葉集』以下の歌集等から難解な歌詞等約三〇〇について、諸書引用しつつ自説注したのである引用する書目は百数十種に及び、なかには逸書となったものもある。六条家歌学発展させた顕昭歌学集大成であり、後代歌人にも広く利用された。
 この国立歴史民俗博物館所蔵本は、高松宮家旧蔵本で、鎌倉時代写本中心に一部室町鎌倉時代補写本を交え二十巻を完存している。鎌倉時代写本は、巻第四、五、七、および第十一から二十に至る十三巻で、いずれも文書翻して料紙とした巻子本である。各巻とも巻首に「袖中抄第『幾』」と内題掲げ、天に三条、地に一条墨界線を施して、その界線によって、注を加え語句、その所収歌、顕昭自説諸書からの引用書き分けている。文中には随所声点加えられるほか、墨傍訓、送仮名朱墨校異訂正などがみえている。各巻巻首数行は、それぞれ以下の本文とは別筆で、定為二条為氏の子)の筆と推定されている。このうち巻第四十一十二十八二十五巻には巻末正安二年(一三〇〇祐尊書写奥書があり、その書写年時筆者明らかにしているが、他の八巻それぞれ別筆である。紙背文書は、多く書状類で、なかには嘉元元年一三〇三)の「定為法印申文」の草案とみられる断簡など定為書状草案があるほか、定為充てたと考えられる書状もあり、本巻定為あるいは二条家周辺書写されたことを示しており、またこれら文書当時歌壇動向一端を示す史料として注目される
 補写本のうち、室町時代写本は、巻第一、二、六、八、九、十の六巻で、このうち第六には正安二年祐尊書写本奥書があり、定為本の転写本であることを示している。江戸時代補写巻第三一巻で、他に巻第五、七、十一十五十六十九一部および巻第二十の前半補っている。これら補写本の体裁定為本の体裁ならっている。
 『袖中抄』のまとまった伝本としては、室町時代書写一条兼冬本、山科言継本などが知られるが、その中で本巻補写交えるが完存本として最古本であり、和歌文学史研究上に貴重である。
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書跡・典籍:  虚空蔵経  袈裟印  袖中抄  袖中抄  裁判至要抄  西〓子曇墨蹟  西宮記

袖中抄

読み方:シュウチュウショウ(shuuchuushou)

分野 歌学書

年代 平安後期

作者 顕昭


袖中抄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/23 09:13 UTC 版)

袖中抄』(しゅうちゅうしょう)は、顕昭が著した鎌倉時代歌学書。初撰本は『顕秘抄』と呼ばれ、再撰本が『袖中抄』と呼ばれる。

概要

初撰本(『顕秘抄』)は平重盛を「故小松内府」と記している点や、1183年寿永2年)成立の顕昭『散木集註』『拾遺抄註』の記事との比較から、1179年治承3年)の重盛没後以降から1183年までの成立と推測される[1]。再撰本(『袖中抄』)は1185年文治元年)『古今集註』から1193年建久4年)『顕昭陳状』までの間に成立したと考えられる[1]

初撰本は第1巻13項、第2巻15項、第3巻13項の難解な歌語を典拠歌とともに掲出し、それらの歌語の語義について諸説や用例を挙げて記述している[1]。その内訳は『古今集』16首、『万葉集』7首、『詞花集』3首などである[1]

再撰本は初撰本の41項に257項を加え、配列順序がやや異なる[1]。その内訳は『万葉集』134首、『古今集』46首、『後撰集』14首、『後拾遺集』11首などであり、『万葉集』の歌語の解明を重視している[1]

顕昭の解説は、『奥義抄』『俊頼髄脳』『綺語抄』『和歌童蒙抄』などの歌学書、『万葉集』以下の撰集や家集、『古事記』『日本書紀』などの史書を含む百数十種の書物を引用しつつ自説を明快に述べるもので、前代の歌学書の間違いを正している部分も少なくない[1]。その充実ぶりから後世の歌人に広く利用された[1]

写本

高松宮旧蔵本(国立歴史民俗博物館所蔵)および冷泉家伝来本(冷泉家時雨亭文庫所蔵)が国の重要文化財に指定されているが、両者は元来一揃いであった[2][3]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 日本古典文学大辞典編集員会『日本古典文学大辞典第3巻』岩波書店、1984年4月、278-279頁。 
  2. ^ 袖中抄 内五巻正安二年僧祐尊書写奥書 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2020年5月29日閲覧。
  3. ^ 袖中抄 内二巻正安二年僧祐尊書写奥書 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2020年5月29日閲覧。





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