八雲御抄とは? わかりやすく解説

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やくもみしょう〔やくもみセウ〕【八雲御抄】

読み方:やくもみしょう

鎌倉初期歌学書6巻順徳天皇著。成立年未詳古来歌学歌論系統的に集大成したもの。八雲抄


八雲御抄

読み方:ヤクモミショウ(yakumomishou)

鎌倉時代歌学書順徳院撰。

別名 八雲抄


八雲御抄

主名称: 八雲御抄
指定番号 2524
枝番 00
指定年月日 2003.05.29(平成15.05.29)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書
員数 6帖
時代区分 鎌倉
年代
検索年代
解説文: 『八雲御抄』は、順徳じゅんとく天皇一一九七~一二四二)が従来歌学書編集集大成した六巻からなる歌学書である。書名は、「夫和歌者起自八雲出雲古風」に始まる序文に「名曰八雲抄」と自ら記している。
 内容は、第一正義第二作法第三枝葉第四言語第五名所第六用意、の六義からなる。特に用意部は詠作の心得歌人論などを記したもので、文中に「まことによくよくいうけんをむねとしてよむべきことなり」とあり、天皇歌論として注目される
 伝本は、草稿本と精撰本の系統たてられている。草稿本は承久の乱以前になり、精撰本は乱後佐渡流されてからも加筆訂正し、藤原定家送られものをいう
 本書は精撰本系統で、前田育徳会尊経閣文庫旧蔵本の伏見天皇宸筆本と称されるのである
 本書以外の古写本には、重要美術品に『紙本墨書八雲御抄巻第三四、五、六(内巻第五補写)』四帖、『紙本墨書八雲抄巻第二』一帖、『紙本墨書八雲抄巻第一残巻』一帖、『紙本墨書八雲抄第六乾元二年尊憲書写奥書アリ』一帖の四件あるが、いずれも欠本完本はない。
 本書体裁は、綴葉装冊子本で六帖からなるいずれも白茶二重牡丹唐草文金襴後補表紙装し、「八雲御抄第『幾』」の題簽だいせん】が付けられている。楮紙打紙礬水引した料紙用い本文は半およそ九行、一行一八前後謹直筆致書写している。その筆跡巻第一から巻第三巻第四から巻第六までの二筆からなる。各帖帖首には標目があり、第一帖目は序文六義等、第二帖目は作法歌合歌會書様等、第三帖目は枝葉部で天象時節地儀等、第四帖目は言語部で世俗語、由緒語、料簡語、第五帖目は名所部で山、嶺、嵩等、第六帖目は用意部である。第五帖目に朱書にて頭書風の注記付されているのが注目される
 書写者は伝伏見天皇宸筆確証がないものの、同時代能書の手になるもので、書写年代は、暢達書風等よりみて鎌倉時代中期ころと認められる
 本書伝来は、巻第四を除く各帖巻末にある擦り消し痕に、「粟殿浄順之」と判読できる墨書があり、おそらく伝領者名と思われる詳らかでない。前田綱紀松雲公)の時代前田家所有帰したものとみえ、同時代蒔絵師五十嵐家制作になる秋野蒔絵箱に収められ伝来した
 本書は、天皇歌学書として、和歌史・歌論研究上に重要な著述で、その鎌倉時代中期ころまで遡れる現存最古写本で、六帖揃い貴重なのである。なお、本書伝来を示す蒔絵箱も附とした。

八雲御抄

読み方:ヤクモミショウ(yakumomishou)

分野 歌学書

年代 鎌倉中期

作者 順徳


八雲御抄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/09 13:02 UTC 版)

順徳院 - 江戸時代の百人一首

八雲御抄(やくもみしょう)は、順徳天皇が著した歌論書である。著者による序文に「夫和歌者起自八雲出雲之古風(中略)名曰八雲抄」とあり、書名「八雲抄」の由来が分かる[1]。親撰であることから、これに「御」が付けられて流布した。

概要

承久の乱以前から書き始められ一度まとめられた(草稿本)が、乱後に配流先の佐渡で書き続けられ、都の藤原定家に送付された(精撰本または再撰本)[1]。本書は、先行する歌論書・歌学書[注釈 1]をとりまとめ、独自の体系に編成した大著で、次の6部からなる[1][2]

  • 第一正義:序文と六義、歌体、歌病等
  • 第二作法:歌合、歌會、書様等
  • 第三枝葉:天象、時節、地儀等17部の解説
  • 第四言語:世俗語、由緒語、料簡語
  • 第五名所:山、嶺、嵩等の名所と出典[注釈 2]
  • 第六用意:詠作の心得や歌人論等

散逸した歌書で、本書に挙げられているために存在や概要が知れるものもある[注釈 3]。歌論的には、古風を尊ぶ[注釈 4]と共に、自然体での詠歌[注釈 5][注釈 6]を好ましいとする姿勢が随所に見られる。また、歌合のような晴れの場以外では歌の禁忌にあまり囚われないことや、不吉とされる煙の描写も恋愛歌においては許容される[3]等、柔軟な姿勢も示されている。一方で、猿楽のような新しい芸能に対しては、「凡賎を遠ざくべき事」として拒絶的な姿勢が見られる。

伝本

承久の乱以前の第一次草稿本は現存せず、内閣文庫蔵本や志香須賀文庫本などの第二次草稿本と、この第二次草稿本を精撰した精撰本が存在する[2]。精撰本には順徳院宸筆本を祖本として、藤原為家識語本・静嘉堂文庫蔵藤原為氏識語本・旧尊経閣文庫蔵伝伝伏見院宸筆本(九州国立博物館蔵[1])・志香須賀文庫本蔵兼好奥書本などがある[2]

刊本には寛永12年(1635年)版や慶安4年(1651年)版などがある[2]

脚注

注釈

  1. ^ 源俊頼藤原基俊藤原俊成ら、平安歌論の先人の業績を継承しており、その集成とも言える。
  2. ^ 後世、歌枕の典拠資料としてしばしば引用される。
  3. ^ 藤原基俊の撰による『新三十六人』等の存在は本書によってのみ知られる。
  4. ^ 「貫之さしもなしなどいふ事少々聞ゆ。歌の魔の第一也」と、紀貫之を軽んじる者を戒めている。
  5. ^ 梁塵秘抄』を引きつつ、「まことのよき歌よみになりぬれば、やすやすとありのままの事とこそ聞こゆれ。何事も長じぬればかくの如しと云へり」。
  6. ^ 西行について、「唯詞をかざらずして、ふつふつといひたるが聞きよき」。

出典

  1. ^ a b c d 八雲御抄”. 国指定文化財等データベース. 文化庁. 2024年3月5日閲覧。
  2. ^ a b c d 日本古典文学大辞典編集委員会『日本古典文学大辞典第6巻』岩波書店、1985年2月、-52-53頁。 
  3. ^ Villa Kaoru N.「俊頼髄脳・袋草紙・八雲御抄における「煙」と禁忌 : 歌論/歌学書・歌合・勅撰集の「煙」の歌を中心に」『京都大学國文學論叢』第24巻、京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室、2010年、27-52頁、doi:10.14989/137408hdl:2433/137408ISSN 1345-1723 

参考文献

関連項目

外部リンク




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