神仏習合とは?

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しん ぶつしゅうごう -しふがふ [1]神仏習合

日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。すでに奈良時代から寺院に神がまつられたり、神社神宮寺が建てられたりした。平安時代頃からは本格的本地垂迹ほんじすいじやく)説が流行し、中世になって両部神道などが成立した。神仏混淆こんこう)。

神仏習合 (しんぶつしゅうごう)

日本にもともとある神の信仰神道しんとう])と仏教信仰1つになった宗教考えを言います。奈良時代ははじまっていました。天満宮神道)の土地に寺(仏教)があったのも、その1例です。

関連項目

神仏習合(しんぶつしゅうごう)

神仏混淆」ともいう。日本宗教史上、神道仏教との交渉・関係を示す語。神は神化して仏になり、仏の本地は神であり、神と仏は一体であるとの思想

神仏習合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/06 03:45 UTC 版)

神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰神道)と仏教信仰(日本の仏教)が融合し一つの信仰体系として再構成(習合)された宗教現象[1]神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。当初は仏教が主、神道が従であり、平安時代には神前での読経や、神に菩薩号を付ける行為なども多くなった。日本で仏、菩薩が仮に神の姿となったとし、阿弥陀如来垂迹八幡神大日如来の垂迹が伊勢大神であるとする本地垂迹説が台頭し、鎌倉時代にはその理論化としての両部神道が発生するが、神道側からは神道を主、仏教を従とする反本地垂迹説が出された。江戸時代に入ると神道の優位を説く思想が隆盛し、明治維新に伴う神仏判然令以前の日本は、1000年以上「神仏習合」の時代が続いた[2]




  1. ^ a b c 【神仏習合(しんぶつしゅうごう)】” (日本語). 世界大百科事典 第2版 (1998年10月). 2013年5月2日閲覧。
  2. ^ コトバンク - 神仏習合”. 2019年9月6日閲覧。
  3. ^ a b 『概説日本思想史』 高橋美由紀
  4. ^ a b c d e f g h i j 神田千里『宗教で読む戦国時代』講談社(講談社選書メチエ)2010年 ISBN 978-4-06-258459-3
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 『神道とは何か』 伊藤聡 2012
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 義江 1996
  7. ^ 関裕二 『寺社が語る秦氏の正体』 祥伝社新書 2018年 ISBN 978-4-396-11553-1 p.257.
  8. ^ 逵 1986
  9. ^ 『神話の壊滅 大塩平八郎と天道思想』大橋健二 勉誠出版 2005年。
  10. ^ 『概説 日本思想史』市川浩史


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