いつき‐の‐みや【▽斎宮】
読み方:いつきのみや
2 大嘗祭(だいじょうさい)の時に、悠紀(ゆき)・主基(すき)の祭場となる宮殿。
いみ‐みや【▽斎宮】
読み方:いみみや
⇒さいぐう(斎宮)
さい‐ぐう【斎宮】
斎宮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/01 06:01 UTC 版)
斎宮(さいぐう/さいくう[注釈 1]/いつきのみや/いわいのみや)は、日本の古代から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に奉仕した斎王の御所(現在の斎宮跡)で、平安時代以降は賀茂神社の斎王(斎院)と区別するため、斎王のことも指した。後者は伊勢斎王や伊勢斎宮とも称する。
注釈
- ^ 「さいくう」と濁らずに読むのが故実。現在も三重県多気郡明和町の地名は「さいくう」。
- ^ 伊勢で薨去した斎宮として確実なのは平安時代の隆子女王と惇子内親王の2人で、いずれも斎宮跡近くに墓所と伝わる御陵が残る。
- ^ 崩御や喪に接すると、一志郡、川口、阿保、相楽[28]を経由した。
- ^ ただし臣下に嫁いだ女王は他に藤原教通室となった嫥子女王がいる。
- ^ 南北朝時代の懽子内親王も光厳上皇妃であるが、天皇退位後の入内である
- ^ 『日本書紀』用明天皇紀に「推古天皇の代まで斎宮をつとめ、後に葛城(母の里)に帰り亡くなったとの記述が推古天皇紀にある」旨の注がある。しかし推古天皇紀にその記述はない。
- ^ 『斎宮記』には孝謙皇女小家内親王とあるが、孝謙天皇は独身の女帝なので誤りか。
- ^ 斎宮夢行列(平成14年第4回以降)、斎王を辿る写真展(初回平成14年以降奇数回)[30]。
- ^ あいの土山斎王群行(平成16年第7回まで)[30]。
- ^ あいの土山斎王群行(平成17年第8回以降)[30]。
- ^ 斎王企画展覧会(平成15年以降)、伊賀国柘植の斎王群行(平成15年第1回以降)、斎王ウォーク(平成19年)[30]。
- ^ 斎王のみち歴史街道活性化協議会(第5回平成14年、第10回同16年[30])。
- ^ 斎王まつりに加え、斎王を辿る写真展(平成15年第2回以降偶数回)、斎宮浪漫まつり(平成18年第6回以降)[30]。
- ^ 会議開催地は一部を掲載。出典は三重県文化振興課[30]
出典
- ^ 崇神天皇紀6年条。
- ^ 垂仁天皇紀25年3月丙申(10日)条。
- ^ 垂仁天皇紀25年3月丙申(10日)条「一云」。
- ^ a b 筑紫申真「VIII 太陽の妻」『アマテラスの誕生』角川書店〈角川新書〉、1962年、116頁。doi:10.11501/2990518 。2023年9月5日閲覧。国立国会図書館デジタルコレクション、国立国会図書館内公開。
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- ^ a b 斎宮歴史博物館 編『斎宮と古代国家 : 飛鳥・奈良時代の斎宮を探る : 国史跡斎宮跡発掘50周年記念特別展』斎宮歴史博物館、2020年。 NCID BC04339848。
- ^ a b c 角正 2011, pp. 16–19
- ^ 駒田 2011, pp. 3–6
- ^ 斎宮跡発掘40年特集は『月刊考古学ジャーナル』に記載がある[7][7][7][8]。
- ^ a b 斎宮歴史博物館、文化庁、三重県埋蔵文化財センター 編『日本の宝・斎宮 : 記念特別展 : 斎宮跡国史跡指定30周年 : 斎宮歴史博物館開館20周年 : 斎宮跡出土品重要文化財指定』斎宮歴史博物館、2009年。 NCID BA91524187。
- ^ a b 斎宮歴史博物館 編『東雲の斎王大来皇女と壬申の乱 : 斎宮歴史博物館開館30周年記念・史跡斎宮跡指定40周年記念特別展』斎宮歴史博物館、2019年。 NCID BB29226083。
- ^ 大川 2022, pp. 104–112
- ^ 発掘品の展示は、考古学調査の周年[5][10][11][12][6]と斎宮歴史博物館開館の周年[10]に回を重ねてきた[11]
- ^ 加茂 2000, pp. 151–175
- ^ 小林 1958, pp. 384–402
- ^ a b 中西, pp. 39–50
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- ^ 岩崎, 2007 & 131–133
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- ^ 所京子『斎王和歌文学の史的研究』愛知学院大学、1992date=1992-12-04。doi:10.11501/3067798 。取得学位=博士(文学)乙第1号、学位授与1992年12月4日
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- ^ 『滋賀県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系第25巻〉、1991年
- ^ ジャパンナレッジ: “総論 > 東山道(平凡社『滋賀県』〈日本歴史地名大系〉”. コトバンク. 東山道(とうさんどう)とは? 意味や使い方. 2023年9月5日閲覧。
- ^ 山城国相楽郡は現代の京都府綴喜郡井手町あたり[26][27]。
- ^ “斎王のみち歴史街道活性化協議会”. 三重県環境生活部文化振興課. 2021年3月20日閲覧。
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- ^ “三重・明和町の魅力発信 アニメ「斎王のみち」 産経新聞クラウドファンディング「White Canvas」で支援募集”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES (2021年3月19日). 2023年9月5日閲覧。
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