祥子内親王とは? わかりやすく解説

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祥子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/30 00:23 UTC 版)

祥子内親王(しょうしないしんのう/さちこないしんのう)は、鎌倉時代後期から室町時代初期(南北朝時代)にかけての皇族歌人後醍醐天皇皇女、母は阿野廉子(新待賢門院)。後村上天皇の同母姉妹で、おそらく姉。伊勢神宮斎宮日本史上最後の斎宮である。


注釈

  1. ^ 伊勢に群行したのは、愷子内親王が最後であった(文永元年(1264年))。
  2. ^ 式子内親王「忘れめや 葵を草に 引き結び 仮寝の野辺の露のあけぼの」(『新古今和歌集』夏・182)[8]
  3. ^ 楮皮の繊維から作った白い糸状のもので、祭りの際に榊にかける[8]

出典

  1. ^ a b c d e f g 安西 1987, p. 141.
  2. ^ a b 所 2000, p. 94.
  3. ^ a b c d 安西 1987, pp. 142–143.
  4. ^ a b c 安西 1987, p. 143.
  5. ^ 安西 1987, pp. 141–144.
  6. ^ 安西 1987, p. 144.
  7. ^ 安西 1987, p. 145.
  8. ^ a b c 深津 & 君嶋 2014, p. 113.


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