建武の新政とは?

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けんむの しんせい [1] 【建武の新政】

後醍醐天皇1333年元弘3)6月鎌倉幕府討滅して天皇親政による復古政権樹立したこと。記録所雑訴決断所設け一般政務訴訟問題の処理にあたったが、武士階級の不満を解消できず、二年余りで足利尊氏叛することとなり、南北朝の内乱となる。建武の中興

建武の新政

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/31 01:59 UTC 版)

建武の新政(けんむのしんせい)は、鎌倉幕府滅亡後の元弘3年/正慶2年(1333年)6月に後醍醐天皇が「親政」(天皇が自ら行う政治)を開始したことにより成立した政権及びその新政策(「新政」)である。建武の中興(けんむのちゅうこう)とも表現される。




  1. ^ 安芸国の在庁官人
  2. ^ もっとも、綸旨の発給自体が鎌倉幕府の滅亡による社会的混乱に対する一時的処方であり、新政権の機関の整備と並行して修正される性格(例えば、綸旨と共に雑訴決断所の施行牒を必要とすることで表面上は綸旨の効力が制約されるが、裏を返せば綸旨の施行手続が整備されて有効性が高まったとも言える)ものであったという説もある(亀田俊和「建武政権雑訴決断所施行牒の研究」『室町幕府管領施行システムの研究』(思文閣出版、2013年) ISBN 978-4-7842-1675-8))。
  3. ^ 卿は本来正四位下相当官であり、従一位の位階を持つ彼らのような高位者が就くことはない。
  4. ^ 田中大喜「中世前期上野新田氏論」 田中 編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第三巻 上野新田氏』(戒光祥出版、2011年)ISBN 978-4-86403-034-2
  5. ^ 高氏の「高」は北条高時からの偏諱である。
  6. ^ こうした家格に反する人事は持明院統の後伏見院政(花園・光厳朝)でも行われており、後醍醐の個性よりも両統迭立期から続く治天の君への権力集中に起因しているとの見方もある(市沢哲『日本中世公家政治史の研究』(校倉書房、2011年)第四章「鎌倉後期公家社会の構造と〈治天の君〉」(初出:『日本史研究』314号(1988年)))。
  7. ^ 金井静香『中世公家領の研究』(思文閣出版、1999年)第Ⅰ部第一章「公家領安堵の変遷」(初出:『史林』第78巻第3号(1995年5月))


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