王莽とは? わかりやすく解説

おう‐もう〔ワウマウ〕【王莽】

読み方:おうもう

[前45~後23中国前漢末の政治家新朝創建者在位9~23。字(あざな)は巨君。成帝の母王太后の甥。平帝立てて政権握り、のち平帝毒殺し帝位に就き国号を新とした。在位15年儒教的政策強引におし進めたが失敗劉秀(りゅうしゅう)(後漢光武帝)に攻められ敗死した。


王莽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/13 09:47 UTC 版)

王 莽(おう もう、前45年 - 23年)は、新朝皇帝巨君。『漢書』などに記されている「」の字の草冠の下の字は大ではなく犬である。


  1. ^ 新都侯国は南陽郡にある。
  2. ^ 『漢書』平帝紀注では「漢注云帝春秋益壮、以母衛太后故怨不悦。莽自知益疏、簒殺之謀由是生,因到臘日上椒酒、置薬酒中。故翟義移書云「莽鴆弑孝平皇帝」」、翟方進伝所引の反乱者翟義の檄文では「移檄郡国、言莽鴆殺孝平皇帝、矯摂尊號、今天子已立、共行天罰」と、王莽の毒殺としている。
  3. ^ 東(2003) pp.153-156
  4. ^ この中には天下を執った王莽を補佐する人物として、王莽の腹心と共に「王興」と「王盛」という名があった。しかし有力な官僚の中に該当する者がなく、門番の王興と餅売りの王盛を公に任命したという話がある。(王莽伝中)
  5. ^ しかし栗原朋信は、伝国璽の話は王莽伝に見えず、金策書で革命は完成しているのであって伝国璽は必要ない。またそもそも伝国璽は後漢になって出現したもので、王莽の時代には存在せず、この話をそのまま史実と考えることはできない、としている 栗原(1960) p.142,154
  6. ^ a b c 豊田有恒 (2001年3月30日). “魏志「東夷伝」における原初の北東アジア諸民族に関する論攷”. 北東アジア研究 1 (島根県立大学): p. 102. http://id.nii.ac.jp/1377/00001456/ 
  7. ^ この『周官』自体、王莽が劉歆に創作させたものではないかという説がある。例えば南宋・洪邁『容斎続筆』巻16「周礼非周公書」、清末・康有為『新学偽経考』「漢書劉歆王莽伝弁偽第六」。
  8. ^ その後、王莽の首級は宝物庫に保管されたらしい。西晋元康5年(295年)10月、武庫に火がかかり、歴代の宝が焼失した。その焼失した歴代の宝の内容に、漢の高祖が白蛇を斬った剣、孔子の履(くつ)と並び、王莽の頭(首級)の事が記述されている(『晋書』五行志)。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『漢書』王莽伝中
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『漢書』王莽伝下
  11. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.308
  12. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.309-310
  13. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.310
  14. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.311
  15. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.311-312
  16. ^ 王莽が口癖のように言う言葉に「制礼作楽」がある。略して「制作」ともいうが、礼の制度化によって社会を等級づけて秩序あらしめることが「政礼」。「作楽」は「音楽を作(おこ)す」ことで、(中略)、淳風美俗の醸成に音楽を有効なものとして活用しようとすることである。『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.137
  17. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.312、315
  18. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.312-313
  19. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.213-221、256-258
  20. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.116-119
  21. ^ 東晋次は「藤川正数氏の明堂に関する説明によると(『漢代における礼学の研究 増訂版』)、先秦時代には二つの明堂に関する考え方があり、一つは明堂を王道政治を行うところとする儒家思想。いまひとつは陰陽五行思想の影響をうけた月令頒布や五帝祭祀の場所としての明堂月令説である。前者は王莽時代に採用された考え方であり、(中略)一方、王莽の明堂に関して藤川氏は、「礼教の堂であり、そこには太祖を奉祀すると見るのであって、要約すれば、儒家的王道政治を行う場所と考えたものである。したがって、王莽にとって三宮の制は、大がかりな儒家的礼教政策の一環なのであった」と言う。(中略)こうした明堂や辟雍の前例を承けた王莽は、儒家思想にもとずく明堂建設を強く念願したのである。」と論じている『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.145
  22. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『漢書』王莽伝上
  23. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.144、p.145
  24. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.144
  25. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.32
  26. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.144
  27. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.32
  28. ^ 『中華の成立:唐代まで シリーズ中国の歴史①』p.118
  29. ^ 『中華の成立:唐代まで シリーズ中国の歴史①』p.117-118
  30. ^ 『中華の成立:唐代まで シリーズ中国の歴史①』p.131
  31. ^ 『漢書』匈奴伝下「時、莽奏令中国不得有二名、因使使者以風単于、宜上書慕化、為一名、漢必加厚賞。」
  32. ^ 『漢書』王莽伝上では、このような一連の王莽の行動を「王莽が、自分の思いを隠して名声を求めるのは、このようであった」と評している。
  33. ^ ただし、東晋次は、「王莽や師丹が傅氏や丁氏に対する尊号奉上に反対する背景には、王氏と傅氏の宮廷における序列、そこから生まれる政治的権威の問題が存在した。王莽にとって傅氏が元后(王政君)と同列になることはどうしても避けねばならなかった。表面上は尊号という制度上の一問題にすぎないけれども、王氏と傅氏・丁氏との激烈な権力闘争がその根底に横たわっていると見るべきであろう」としている『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.67
  34. ^ 王莽の領地を統治する正式に任命された官吏。
  35. ^ 『漢書』王莽伝上では、「王莽が、地位の高いものや低いものを脅して、従わせたのは、全てこのようであった」と評している。
  36. ^ 王莽に従う主な人物として、腹心として、王舜王邑、他人を攻撃する人物として、甄豊甄邯、機密を預かる人物として、平晏、文章をつかさどる人物として、劉歆、軍事を預かる人物として、孫建がいた。また、才能をもって王莽に寵愛された人物に、甄豊の子の甄尋、劉歆の子の劉棻、涿郡出身の崔発、南陽郡出身の陳崇がいた。
  37. ^ 漢から匈奴に送られ、烏珠留若鞮単于の父である呼韓邪単于の后の一人、また、烏珠留若鞮単于の兄の復株累若鞮単于の后の一人にあたる。
  38. ^ 『漢書』王莽伝上では、「これは、王政君をあざむき、媚び仕える手段であり、王政君や王政君に仕える女官は、全てこのようにして、惑わされた」と評している。
  39. ^ 例えば、このようである。「詔を陳留の大尹と太尉にくだす。益歲以南を新平につけよ。新平は元の淮陽である。雍丘より東は、陳定につけよ。陳定は、元の梁郡である。封丘より東は、治亭につけよ。治亭は元の東郡である。陳留より西は、祈隧につけよ。祈隧は元の滎陽郡である。陳留はすでに郡として存在しない。大尹や太尉は皆、行在所に行くように」
  40. ^ 新は五行の徳が土徳であり、その色は黄色とする。龍は皇帝の象徴であり、黄龍は王莽を暗喩している。
  41. ^ 王莽が口癖のように言う言葉に「制礼作楽」がある。略して「制作」ともいうが、礼の制度化によって社会を等級づけて秩序あらしめることが「政礼」。「作楽」は「音楽を作(おこ)す」ことで、(中略)、淳風美俗の醸成に音楽を有効なものとして活用しようとすることである。『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.137
  42. ^ 火徳である漢の反乱が滅ぶという意味であろうか。
  43. ^ 『論語』述而の孔子の言葉、「天、徳を予(われ)に生(な)せり。桓魋それ予を如何せん 」をもじったもの。
  44. ^ 実際には王莽には、側室として、懐能・増秩・開明という三人の女性が存在する。
  45. ^ 『文選』符命に収録
  46. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.166-171
  47. ^ 『論語』顔淵における孔子の言葉。うわべは仁者らしくしているが、その内実は異なるもの、を指す。
  48. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.305-307
  49. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.172-175
  50. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.4
  51. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.4-5
  52. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.5
  53. ^ a b 河地(1970) p.367
  54. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.5-6
  55. ^ 西嶋(1997) p.392
  56. ^ 『王莽 儒家の理想に憑かれた男』p.318-319
  57. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.181-183
  58. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.184-185
  59. ^ 『王莽―改革者の孤独』p.189
  60. ^ 『中華の成立:唐代まで シリーズ中国の歴史①』p.108
  61. ^ 『中華の成立:唐代まで シリーズ中国の歴史①』p.108-110





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