皇后とは? わかりやすく解説

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こう‐ごう〔クワウ‐〕【皇后】

読み方:こうごう

天皇・皇帝正妻。きさき。


皇后

読み方:コウゴウ(kougou)

律令制導入にともない中国の制にならって用いられ天皇正妻称号


皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/15 03:59 UTC 版)

皇后こうごう: Empress)、王后(おうごう、: Queen)は、皇帝天皇国王の正妃(正妻)、およびその人物に与えられる称号[1]


  1. ^ 新村出広辞苑 第六版』(岩波書店2011年)936頁および松村明編『大辞林 第三版』(三省堂2006年)844頁参照。
  2. ^ 鶴間和幸 『ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国』 講談社 2004年 p.275
  3. ^ 初代皇后媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)は、神武天皇即位に伴い立后したとされる。
  4. ^ 宮内庁公式サイト 英語版
  5. ^ 昭憲皇太后については事情により「皇太后」と追号されている。詳細は「昭憲皇太后#追号について」を参照。
  6. ^ この段落の出典。「蚕-皇室のご養蚕と古代裂,日仏絹の交流」展の開催について 2014年(平成26年)、宮内庁 - 2016年1月6日閲覧。
    『皇后陛下のご養蚕』 - 政府インターネットテレビ」公開日:平成26年(2014年)2月14日 - 2019年5月28日閲覧。
    2019年(平成31年)4月29日放送「NHKドキュメンタリー『皇后四代~思いは時を超えて~』」(NHK BSプレミアム)
  7. ^ Snorql for Japan Search 持統天皇
  8. ^ Snorql for Japan Search 藤原定子
  9. ^ Snorql for Japan Search 藤原彰子
  10. ^ Snorql for Japan Search 藤原妍子
  11. ^ Snorql for Japan Search 永福門院
  12. ^ Snorql for Japan Search 後京極院


「皇后」の続きの解説一覧

皇后(タビカット)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/17 03:08 UTC 版)

シルヴィーとブルーノ」の記事における「皇后(タビカット)」の解説

皇帝の妻タビカットは非常に愚かな女性であり、自分でも気付か内に笑い者になっている溺愛する不細工な息子アグガギのために、彼女は自分の全人生捧げている。

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/11/15 21:07 UTC 版)

檜扇」の記事における「皇后」の解説

即位の礼では、表に金箔押し鳳凰の絵、裏は同じく金箔蝶の舞う絵。立太子の礼などの重儀にも使用

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/02 08:25 UTC 版)

軽王子と衣通姫」の記事における「皇后」の解説

雄朝津間稚子宿禰天皇正妻高貴な女人忍坂大中姫艶やかな妹・衣通姫を持つことが矜りであったが、妹君天皇側室となると嫉妬苦しめられる

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 10:19 UTC 版)

覇剣の皇姫アルティーナ」の記事における「皇后」の解説

リアン15世の皇后でラトレイユ母親本名不詳

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 07:52 UTC 版)

李公蘊」の記事における「皇后」の解説

6人 貞明皇后(黎氏仏銀(中国語版)、霊顕太后黎桓の娘) 佐国皇后 立元皇后 立教皇后その他は名が伝わっていない。

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/29 15:11 UTC 版)

マリア・フョードロヴナ (パーヴェル1世皇后)」の記事における「皇后」の解説

1796年女帝崩御し20年以上影の存在だった皇太子即位した。全く政治接触することのできなかったマリアも、おそるおそる自分の地位を利用するようになった彼女はロシア最初の女学校設立したり、多くの慈善機関もうけた。これらはロシア革命まで存続していた。また、困窮する多くの親族可能な限り援助をしていた(生家ヴュルテンベルク家の兄アレクサンドルロシアへ招いた)。 1798年に、10人目の子供を生んだのち、パーヴェルとの良好な夫婦関係壊れ始めた皇帝19歳のアンナ・ロプキナに魅了され愛妾にし、そのこと開き直ったのだった

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皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 08:05 UTC 版)

マリア・フョードロヴナ (アレクサンドル3世皇后)」の記事における「皇后」の解説

1881年3月13日62歳の義父アレクサンドル2世軍事パレード列席後に冬宮帰る途上爆弾テロ遭遇し殺害されたマリヤ後に瀕死の重傷負って冬宮運び込まれた老皇帝最期について叙述している、「皇帝両脚ズタズタ裂けていて膝の関節露出していました。とにかく大量の血が出ていて、右足は靴の半分ごと吹き飛んでおり、足が全部残っているのは左足だけでした」。アレクサンドル2世この後数時間経たずこと切れた国民新皇帝の登極熱狂することはなかったが。新皇に対して歓呼の声上げたマリヤ同時代人多くは、「彼女こそ皇后になるべくして生まれた人だ」と評したマリヤ新し地位手放し喜んでいた訳ではなかった。彼女は日記にこう記している、「私たちにとって最も幸福で穏やかな時間過ぎ去った。平和と静けさ消え今の私にできることサーシャの身の心配をすることだけだ」。マリヤ義父凄惨な死にショックを受け、夫の命を狙うテロ発生不安に怯えていたが、アレクサンドル2世埋葬式出席した姉夫婦である英皇太子夫妻をもてなすだけ精神的余裕あったようである。アレクサンドラ不承不承の夫や危険な露に反対する義母ヴィクトリア英女王を押し切って、妹のために埋葬式後の数週間のあいだロシア滞留した。 アレクサンドル3世マリヤ1883年5月27日、モスクワ・クレムリンの生神女就寝大聖堂戴冠式行った戴冠直前大掛かりなテロ計画露見しお祝いムード差した。にもかかわらず8000人を超える賓客出席して厳粛な式典挙行された。アレクサンドル3世夫妻生命を脅かすテロ計画あまりにも多いため、公安警察のトップ・チェレヴィン将軍戴冠式後、早々に皇帝一家ガッチナ宮殿英語版)に移るよう要請したガッチナ宮はエカテリーナ大帝建設した900室もの部屋有する広大な延床面積を誇る建造物で、サンクトペテルブルク南方50キロ郊外に立ち、比較安全であった皇帝一家はこの進言受け入れてガッチナ引き移り以後13年マリヤアレクサンドル3世はこの郊外宮殿で5人の子供たちを育てた皇帝夫妻厳重な警護の下で生活し帝都での各種行事出席するときだけガッチナから鉄道出御して公務こなしたマリヤ皇后として役目立派にこなした一般に評価されており、上流社交界舞踏会ダンス参加するのが好きで宮廷の大舞踏会では女主人役こなして上流社会尊敬集めた次女オリガは以下のように語っている、「宮廷生活全て豪奢に営まれ、母はそこで自分の役柄ミス一つなく完璧にこなしていました」。ある同時代人も皇后を次のように評した、「クレムリン威儀を正して玉座鎮座してきた、あるいは冬宮大広間静々歩いてきた歴代ツァリーツァたちの中でも、マリヤ・フョードロヴナこそはおそらく最も素晴らしい皇后であろう」。ダンス好きな皇后は冬宮での大舞踏会パーティをいつも開きたがったガッチナ転居した後も、その熱烈な社交熱は冷めることがなかった。夫アレクサンドル3世舞踏会には音楽家として参加するのを好んだが、会を終わらせたくなると、音楽家1人ずつ帰して減らしていった。それに気づくマリヤパーティ閉会宣言した皇太子妃時代皇后時代を通じて、マリヤ・フョードロヴナは夫のウラジーミル大公の妻マリヤ・パヴロヴナ大公妃とは、貴族社交界における人気をめぐってライバル関係にあった義姉妹同士対立は、それぞれの夫である皇帝と弟大公とのライバル関係反映したものであり、皇帝一族間の亀裂深める結果もたらした。皇后はウラジーミル大公夫妻公の場で批判するような愚かな真似はしなかった。ただし、自分に敬意を払わない野心家のマリヤ・パヴロヴナ大公妃のことは、辛辣な皮肉を込めてウラジーミル皇帝お妃様」と呼んでいた。 ほぼ毎年の夏、マリヤアレクサンドル子供たち連れてマリヤ実家のあるデンマーク旅行しマリヤ両親クリスチャン9世王とルイーセ王妃大家族輪の中羽を伸ばしたマリヤ次兄ギリシャ王ゲオルギオス1世王妃オリガ大勢の子供たちを引き連れて帰省し、姉のウェールズ公アレクサンドラも、だいたいは夫を伴わず子供たち幾人か連れて、妹にタイミング合わせて実家帰ってきた物々しい警備欠かせないロシアとは対照的にロシア皇帝一家ベアンストーフ宮殿やフレゼンスボー宮殿英語版)でリラックスしある程度の自由を楽しむことができた。デンマークでの諸君主の家族集い欧州国際政治からは疑惑目で見られており、彼らは休暇称して密かに国際情勢に関する協議行っているとの見方有力であった。ドイツの宰相ビスマルクはフレゼンスボーでの王族集いを「欧州ヒソヒソ美術館」と名付けルイーセ王妃子供たち一緒になって自分に対す陰謀練っていると非難したマリヤまた、ウラジーミル大公一家を除く婚家ロマノフ家大部分の人々とは良好な関係を築き怒りっぽい皇帝とそれを恐れ皇族たちとの仲介役をしばしば頼まれてもいた。次女オリガによれば、「母は義理の親族たちを極めて如才なく手なずけることに成功したが、そのために並々ならぬ努力払った」。 アレクサンドル3世治世中、政府弾圧され反体制派素早く地下活動転じていった。サンクトペテルブルク首座使徒ペトル・パウェル大聖堂で故アレクサンドル2世6度目命日記念式典が行われる直前、その式典中に皇帝暗殺しようとする大学生グループ計画露見した学生たちは中身くりぬいた本の中にダイナマイト仕込み大聖堂到着する皇帝向かって投げつけようと目論んでいた。グループ計画秘密警察察知され逮捕され5人の大学生1887年絞首刑処された。死刑囚1人アレクサンドル・ウリヤノフの弟が、後に革命家ウラジーミル・レーニンとして世に出ることになる。しかしながら皇帝その家族の生命が最も危険に晒され出来事は、反体制派テロではなく1888年起きたボルキ鉄道事故英語版)に巻き込まれたことであった皇帝一家食堂車昼食摂っている最中に、列車線路脱線して築堤落ち食堂車屋根崩落してあわや一家を下敷きにする寸前事態となった。このとき、アレクサンドル3世は自ら家族守って屋根支え怪我負ったことで体調を崩しがちになった1894年7月、妹に会いガッチナ訪れたウェールズ公妃は義弟皇帝あまりの衰弱ぶりに驚いている。このとき、マリヤはすでに夫が余命いくばくもないことを悟っていた。そして、彼女の個人的な将来と、ロマノフ王朝将来両方支えることになる長男ニコライ皇太子に、次期皇帝としての自覚を持つよう励ますようになっていた。 ニコライヴィクトリア英国女王鍾愛孫娘で、美人有名なヘッセン公女アリックスを妻にすることを望んでいた。彼女はマリヤアレクサンドル3世洗礼代子だったが、皇帝夫妻2人結婚不賛成だった。ニコライ当時の状況簡潔に要約している、「私は一途に彼女を想っているが、ママは私が別の女性に心を移すことを願っている私の夢いつの日かアリックス結ばれることだ」。マリヤアレクサンドルは、アリックス引っ込み思案こだわりの強い少女であることに気付いていた。そのため、彼女がロシア帝国の皇后を務めるのに相応し器量を持つ女性ではないことに不安を覚えていた。皇帝夫妻アリックス子供時代から見知っていたが、彼女はヒステリック精神不安定少女だったため、ネガティブな印象しか持っていなかった(アリックスのこの性質に関しては、6歳時に一緒に育てられていた妹と母親ジフテリア同時に亡くしたことが原因と言われている)。アレクサンドル3世がいよいよ重体陥った時になって、ようやく両親渋々ニコライアリックスプロポーズする許し与えた

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皇后

出典:『Wiktionary』 (2021/06/20 11:51 UTC 版)

名詞

こうごうこうぐう

  1. 皇帝嫡妻。またその地位
  2. おおきさき天皇嫡妻。またその地位
    1. 特に、天皇嫡妻のうち、皇后職が付けられた人。
  3. 日本で、天皇嫡妻に準じて天皇生母准母内親王上皇の妻に与えられた地位。またその地位ある人
  4. 太皇太后皇太后・皇后の位にある人たち。

発音(?)

関連語

翻訳


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