平家物語とは? わかりやすく解説

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平家物語

読み方:ヘイケモノガタリ(heikemonogatari)

鎌倉時代軍記四部合戦書の一。信濃前司行長原作


平家物語〈(長門本)/自一至廿〉

主名称: 平家物語〈(長門本)/自一至廿〉
指定番号 1359
枝番 00
指定年月日 1906.04.24(明治39.04.24)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書
員数 20
時代区分 室町
年代
検索年代
解説文 室町時代作品

平家物語〈覚一本/〉

主名称: 平家物語〈覚一本/〉
指定番号 1391
枝番 00
指定年月日 1911.04.17(明治44.04.17)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書
員数 12
時代区分 室町
年代
検索年代
解説文 室町時代作品

平家物語

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書跡・典籍:  平中物語  平家物語  平家物語  平家物語  平石如砥墨蹟  平等院経蔵目録  幼学指南鈔

平家物語

作者清水義範

収載図書日本文学全集
出版社実業之日本社
刊行年月1992.10

収載図書普及版 日本文学全集 第1集
出版社集英社
刊行年月1996.2
シリーズ名集英社文庫


平家物語

読み方:ヘイケモノガタリ(heikemonogatari)

初演 文化4.2(江戸市村座)


平家物語

読み方:ヘイケモノガタリ(heikemonogatari)

分野 軍記

年代 鎌倉中期

作者 作者未詳


平家物語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/29 04:09 UTC 版)

平家物語』(へいけものがたり)は、日本鎌倉時代に成立したとされる軍記物語で、平家の栄華と没落、武士階級の台頭などを描いたもの。作者は不明。


  1. ^ 第二百二十六段
  2. ^ 佐竹昭広・久保田淳 編 『方丈記 徒然草(新 日本古典文学大系39)』岩波書店、1989年、295頁。 
  3. ^ 【文化往来】平家物語の弾き語りを研究会が公演『日本経済新聞』朝刊2018年8月20日(文化面)2018年9月17日閲覧。
  4. ^ 東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之氏旧蔵本(覚一本系)。
  5. ^ 八坂系・仮名百二十句本、ひらがなを読み易く漢字化している。
  6. ^ 2021年版は“新たな旅立ち”、野村萬斎が新演出で届ける「子午線の祀り」詳細解禁(コメントあり)”. ステージナタリー (2020年12月25日). 2020年12月27日閲覧。


「平家物語」の続きの解説一覧

平家物語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 00:07 UTC 版)

橋姫」の記事における「平家物語」の解説

嫉妬に狂う鬼としての橋姫現われるのは、『平家物語』読み本系異本『源平盛衰記』・『屋代本』などに収録されている「剣巻」で、橋姫物語多くの原型となっている。異本あるため出版されている『平家物語全集』の類の多くには収録されていない嵯峨天皇御宇に、或る公卿の娘、余りに嫉妬深うして、貴船社に詣で七日籠りて申す様、「帰命頂礼貴船大明神願はくは七日籠もりたる験には、我を生きながら鬼神成してたび給へ妬し思ひつる女取り殺さん」とぞ祈りける。明神、哀れとや覚しけん、「誠に申す所不便なり。実に鬼になりたくば、姿を改め宇治河瀬行き三七日漬れ」と示現あり。女房悦び都に帰り、人なき処にたて籠りて、長なる髪をば五つ分け五つ角に造りける。顔には指し、身には丹を塗り鉄輪戴き三つの足には燃やし続松拵へ両方火を付けて口にくはへ、夜更け人定りて後、大和大路走り出で、南を指して行きければ、頭より五つの火燃え上り、眉太く〓(かねぐろ)にて、面赤く身も赤ければ、さながら鬼形異ならずこれを見る人肝魂を失ひ、倒れ臥し死なずといふ事なかりけり。斯の如くして宇治河瀬行きて、三七日漬りければ、貴船の社の計らひにて、生きながら鬼となりぬ。宇治の橋姫とはこれなるべし。さて妬し思ふ女、そのゆかり、我をすさむ男の親類境界上下をも撰ばず、男女をも嫌はず、思ふ様にぞ取り失ふ。男を取らんとては女に変じ、女を取らんとては男に変じて人を取る。京中貴賤、申の時より下になりぬれば、人をも入れず出づ事もなし。門を閉ぢてぞ侍りける。その頃摂津頼光内に、綱・公時・貞道・末武とて四天王を仕はれけり。中にも綱は四天王随一なり。武蔵国美田といふ所に生れたりければ、美田源次とぞ申しける。一条大宮なる所に頼光聊か用事ありければ、綱を使者に遣はさる。夜陰に及びければ鬚切を帯かせ、馬に乗せてぞ遣はしける彼処に行き尋ね問答して帰りけるに、一条堀川戻橋渡りける時、東の爪に齢二十余り見えたる女の、膚は雪の如くにて、誠に姿幽なりけるが、紅梅の打着に守懸け佩帯はいたい)の袖に経持ちて、人も具せず、只独り南へ向いて行きける。綱は西の爪を過ぎけるを、はたはた叩きつつ、「やや、何地へおはする人ぞ。我ら五条わたりに侍り頻りに夜深け怖し送りて給ひなんや」と馴々しげに申しければ、綱は急ぎ馬より飛び下り、「御馬召され侯へ」と言ひければ、「悦しくこそ」と言間に、綱は近く寄つて女房をかき抱きて馬に打乗らせ堀川東の爪を南の方行きけるに、正親町今一二段が程打ち出で所にて、この女房後へ見向き申しけるは、「誠に五条わたりにはさしたる用も侯はず。我が住所(すみか)は都の外にて侯ふなり。それ迄送りて給ひなんや」と申しければ、「承り侯ひぬ。何く迄も御座所送り進らせ侯ふべし」と言ふを聞きて、やがて厳しかりし姿を変へて、怖しげなる鬼になりて、「いざ、我が行く処は愛宕山ぞ」と言ふままに、綱がもとどり掴み提げて、乾の方へぞ飛び行きける。綱は少しも騒がず件の鬚切をさつと抜き空様鬼が手をふつと切る。綱は北野の社の廻廊星の上にどうと落つ。鬼は手を切られながら愛宕へぞ飛び行く。さて綱は廻廊より跳り下りてもとどりに付きたる鬼が手を取り見れば雪の貌に引替へて、黒き限りなし白毛隙なく生ひ繁り銀の針を立てたるが如くなり。これを持ち参りたりければ、頼光大きに驚き給ひ、不思議の事なりと思ひ給ひ、「晴明召せ」とて、播磨守安倍晴明召して、「如何あるべき」と問ひければ、「綱は七日の暇を賜りて慎むべし。鬼が手をば能く能く封じ置き給ふべし。祈祷には仁王経講読せらるべし」と申しければ、そのままに行なはれける。 — J-TEXTS 日本文学電子図書館: 平家物語 剣巻 より抜粋 (PD) 大意次の通り嵯峨天皇御世809年-825年)、とある公卿の娘が深い妬みとらわれ貴船神社7日間籠って貴船大明神よ、私を生きながら鬼神変えて下さい妬ましい女を取り殺したいのです」と祈った明神哀れに思い本当に鬼になりたければ、姿を変えて宇治川21日間浸れ」と告げた。 女は都に帰ると、髪を5つ分け5本の角にし、顔にはをさし体には丹を塗って全身赤くし、鉄輪(かなわ、鉄の輪三本脚が付いた台)を逆さに頭に載せ3本の脚には松明燃やし、さらに両端燃やした松明を口にくわえ、計5つの火を灯した夜が更ける大和大路南へ走り、それを見た人はその鬼のような姿を見たショックで倒れて死んでしまった。そのようにして宇治川21日浸ると、貴船大明神言ったとおり生きながら鬼になった。これが「宇治の橋姫」である。 橋姫は、妬んでいた女、その縁者相手男の方の親類しまいには誰彼構わず次々と殺した。男を殺す時は女の姿、女を殺す時は男の姿になって殺していった。京中の者が、申の時(1517時ごろ)を過ぎると家に人を入れることも外出することもなくなった。 そうした頃、源頼光四天王1人源綱一条大宮遣わされた。夜は(橋姫のせいで危険なので、名刀鬚切ひげきり)」を預かり、馬で向かった。 その帰り道一条堀川戻橋を渡る時、女性見つけた見たところ20歳余で、肌は雪のように白く紅梅色打衣着てお経を持って一人で南へ向かっていた。 綱は「夜は危ないので、五条まで送りましょうと言って自分は馬から降りて女を乗せ堀川東岸南に向かった正親町近くで女が「実は家は都の外なのですが送って下さらないでしょうか」と頼んだので、綱は「分かりましたお送りします」と答えた。すると女は鬼の姿に変わり、「愛宕山行きましょうと言って綱の髪をつかんで北西飛び立った。 綱はあわてず鬚切鬼の腕断ち斬った。綱は北野社に落ち、鬼は手を斬られたまま愛宕飛んでいった。綱が髪をつかんでいた鬼の腕手に取って見ると、雪のように白かったはずが真っ黒で、銀の針を立てたように白い毛がびっしり生えていた。 鬼の腕頼光見せると頼光大い驚き安倍晴明呼んでどうすればいいか問うた晴明が「綱は7日間休暇取って謹慎して下さい鬼の腕は私が仁王経読んで封印します」と言ったので、その通りにさせた。 剣巻では橋姫の腕を斬った鬚切」はこの事件により「鬼丸(おにまる)」と呼ばれるようになったとされる。綱の羅生門の鬼退治(『酒呑童子』)や多田満仲戸隠山鬼退治『太平記』)などで振るわれ鬼切(おにきり)と同一視されることが多い、鬼と縁が深い名刀である。 橋姫浸った川は宇治川で、祭られているのは宇治川宇治橋だが、綱が橋姫出合ったのは堀川一条戻り橋である。 歳月経過は特に描写されていないが、源頼光源綱安倍晴明の時代は「嵯峨天皇御世」の200年近く後である。

※この「平家物語」の解説は、「橋姫」の解説の一部です。
「平家物語」を含む「橋姫」の記事については、「橋姫」の概要を参照ください。


平家物語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/22 16:35 UTC 版)

鉄鼠」の記事における「平家物語」の解説

『平家物語』によれば平安時代頼豪は、効験があれば思いのままに褒美取らせるという白河天皇との約束のもと、皇子誕生祈祷し続け承保元年1074年12月16日、見事これを成就させた。頼豪褒美として園城寺戒壇院建立願い申し出たが、対抗勢力である比叡山延暦寺横槍のため、叶えられることはなかった。 このことを怨んだ頼豪は、自分の祈祷誕生した皇子敦文親王を、今度祈祷魔道落とそう断食入った。やがて100日後、頼豪悪鬼のような姿に成り果て死んだが、その頃から敦文親王枕元妖しい白髪老僧現れるようになった白河天皇頼豪呪詛恐れて祈祷すがった効果はなく、敦文親王はわずか4歳にしてこの世去った 『平家物語』読み本である『延慶本』や『長門本』、その異本である『源平盛衰記』などによればその後頼豪怨念巨大なネズミ化し延暦寺経典食い荒らした延暦寺頼豪怨念怖れをなし、東坂本に社を築いて頼豪を神として祀り、その怨念鎮めた後にその社は「鼠の秀倉(ねずみのほくら)」の名で伝えられた。以来大きなネズミを「頼豪鼠と呼ぶようになったという。

※この「平家物語」の解説は、「鉄鼠」の解説の一部です。
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平家物語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 05:55 UTC 版)

祇園精舎」の記事における「平家物語」の解説

祇園精舎の鐘の聲諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色盛者必衰の理あらはす驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢如し猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。 」 と、『平家物語』冒頭に詠われているところから、特に日本ではよく知られている実際の祇園精舎には鐘は無かったが、1981年日本の日本国祇園精舎の鐘の会」が梵鐘鐘楼寄贈した。なお、梵鐘中国起源日本伝わったもので、元来インドには無かったものである

※この「平家物語」の解説は、「祇園精舎」の解説の一部です。
「平家物語」を含む「祇園精舎」の記事については、「祇園精舎」の概要を参照ください。

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