鎌倉幕府とは?

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かまくらばくふ [5] 【鎌倉幕府】

源頼朝鎌倉に開いた日本最初武家政権守護地頭設置された1185年から1333年までの約150年存続源氏将軍頼朝・頼家・実朝三代滅び以後摂家将軍親王将軍が立ったが、実権代々執権職を継いだ北条氏が握った。中央侍所政所まんどころ)(公文所くもんじよ))問注所の諸機関設け全国各地守護地頭を置き封建制国家確立した。

鎌倉幕府 (かまくらばくふ)

12世紀末から1333年まで、将軍をはじめ、武士たちが政治を行ったところです。鎌倉本拠地としました。


鎌倉幕府

読み方:カマクラバクフ(kamakurabakufu)

日本初武家政権


鎌倉幕府

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/19 15:27 UTC 版)

鎌倉幕府(かまくらばくふ)は、鎌倉時代日本武家政権。同幕府が存在した約150年間を「鎌倉時代」と呼ぶ。




注釈

  1. ^ これら学説については井上光貞前掲書、国史大辞典編集委員会編前掲『国史大辞典 3』などに詳しい。
  2. ^ ただし近年では逆に、武士の起源を有力農民ではなくて貴族の側とする見解が主流となった。詳細は『軍事貴族』『武士#「職能」武士の起源』の項目を参照。
  3. ^ 『百錬抄』寿永二年十月二十二日条によれば「十月十四日、(中略)東海・東山諸国の年貢、神社仏寺ならびに王臣家領の庄園、元の如く領家に随うべきの由、宣旨を下さる。頼朝の申し行いに依るところ也。」と記されている。『百錬抄』寿永二年十月二十日条参照。
  4. ^ 『吾妻鏡』には文治元年(1185年)10月18日以降の記述によれば「廿八、丁未、補任諸国平均守護地頭、不論権門勢家庄公、可充 課兵粮米段別五升之由、今夜、北条殿謁申藤中納言経房卿云々」とあるように、数度に渡り北条時政を通じて荘園公領を問わず反別五升の兵粮米の徴収権を与えられることを奏請した。さらに、九条兼実の日記『玉葉』によれば「二十九日、戊申、北条殿申さるるところの諸国守護地頭兵粮米の事、早く申請に任せて御沙汰あるべきの由、仰せ下さるるの間、帥中納言勅を北条殿に伝えらると云々」と記されている。『吾妻鏡』文治元年十二月六日条、『玉葉』『吉記』文治元年十二月二十七日条。参照。
  5. ^ もっとも、北村拓 「鎌倉幕府征夷大将軍の補任について」、今江廣道編 『中世の史料と制度』 続群書類従完成会、2005年、137-194頁。 のように、征夷大将軍はこの時代には完全に名誉職化しており、何らかの権限を付与されたものではないとする説もある。
  6. ^ 足利尊氏寄進状建武2年(1335年3月28日付(『神奈川県史』資料編3所収)[23]
  7. ^ 「将軍足利尊氏寄進状案」「将軍足利尊氏御教書案」(『神奈川県史』資料編3所収)、「惟賢灌頂授与記」(『鎌倉市史』史料編1所収)[23]

出典

  1. ^ 国史大辞典編集委員会編編 『国史大辞典 3』 吉川弘文館、1983年、549頁。 
  2. ^ 川合康「鎌倉幕府の成立時期を再検討する」(初出:『じっきょう地歴・公民科資料』76号(2013年)/所収:川合『院政期武士社会と鎌倉幕府』(吉川弘文館、2019年)) 2019年、P276-288.
  3. ^ 帝国書院 | 社会科Q & A — 歴史”. www.teikokushoin.co.jp. 2019年11月4日閲覧。
  4. ^ 阿倍猛; 佐藤和彦編 『人物でたどる日本荘園史』 東京堂出版、1990年。 
  5. ^ 高橋富雄『征夷大将軍 もう一つの国家主権』中央公論社、1987年、73-74頁。
  6. ^ 菱沼一憲『中世地域社会と将軍権力』汲古書院、2011年、161頁。
  7. ^ 細川重男『鎌倉幕府の滅亡』吉川弘文館、2011年、132-133頁。
  8. ^ 永井 2009, p. 53.
  9. ^ a b 永井 2009, pp. 3–24.
  10. ^ a b c d e f g h i 永井 2009, pp. 40–42.
  11. ^ 永井 2009, pp. 48–52.
  12. ^ 永井 2009, pp. 53–56.
  13. ^ a b 永井 2009, p. 42.
  14. ^ a b c d 河内 2007, pp. 304–347.
  15. ^ 峰岸 2005, pp. 37-38.
  16. ^ 峰岸 2005, p. 57.
  17. ^ 峰岸 2005, p. 62.
  18. ^ 峰岸 2005, p. 63.
  19. ^ 永井 2003, pp. 148,150.
  20. ^ 『太平記』巻十「大仏貞直並金沢貞将討死事」
  21. ^ 『太平記』巻十「信忍自害事」
  22. ^ 『太平記』巻十「高時並一門以下於東勝寺自害事」
  23. ^ a b c d 「神奈川県:鎌倉市 > 小町村 > 宝戒寺」 『日本歴史地名大系』 平凡社、2006年。 
  24. ^ 佐藤弘夫編 『概説 日本思想史』 ミネルヴァ書房、2005年。 
  25. ^ 鎌倉市. “鎌倉市のみどころ「大倉幕府」 かまくら GreenNet” (日本語). 2009年10月6日閲覧。
  26. ^ 入間田宣夫 「守護・地頭と領主制」 『講座日本歴史3』 中世1 歴史学研究会・日本史研究会編 東京大学出版会、1984年12月、121-122頁。


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