大覚寺統とは? わかりやすく解説

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だいかくじ‐とう【大覚寺統】


大覚寺統

読み方:ダイカクジトウ(daikakujitou)

鎌倉時代後半南北朝時代二つ皇統の一。


大覚寺統

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/13 06:35 UTC 版)

大覚寺統(だいかくじとう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて(南北朝時代には南朝として)皇位に即いた皇室の系統で、持明院統と対立していた。名の由来は、第88代後嵯峨天皇の皇子であり第89代後深草天皇の実弟にあたる第90代亀山天皇の子、後宇多天皇が京都の外れの嵯峨野京都市右京区)の大覚寺の再興に尽力したこと、及び、出家後は大覚寺に住んで院政を行ったことによる。




「大覚寺統」の続きの解説一覧

大覚寺統

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/23 18:59 UTC 版)

五辻宮」の記事における「大覚寺統」の解説

前述のように、守良親王鎌倉幕府介入により屋敷実子ではない人物に譲らされた。これは当時将軍守邦親王深草宮(煕明親王)が兄弟であったことによるものと考えられ守良親王本意ではなかったと思われる正慶2年/元弘3年1333年)、足利高氏の軍に追われ光厳天皇らを連れて東国へと落ち延びようとした六波羅探題軍勢討ち取った近江国野伏たちが「先帝第五宮」を擁した伝えられている(『太平記』第9巻番場自害事」)が、この第五宮は守良親王であるとされている。また、この頃南部氏多賀大社に対して討幕への助力求めたとされている。その後経緯不詳ながら五辻の館のみは守良親王返却されたらしく、守良親王皇子・宗覚は後にこの屋敷大徳寺寄進した。宗覚も「五辻宮」と呼ばれていた(二代目五辻宮)。その後また「五辻宮」なる人物後醍醐天皇により九州派遣されたという。この「五辻宮」は守良親王の子孫と思われる詳細不明である。永享4年1432年)、後崇光院元に「五辻入道宮」なる人物訪れ九州所領について斡旋要請した。そこで後崇光院大内氏宛てて添状書き、更に、宮の子息に偏諱与えて「成煕」を名乗らせたという(『看聞日記永享4年8月22日)。「五辻入道宮」と成煕は添状持って九州下向したが、その後二人消息不明である。

※この「大覚寺統」の解説は、「五辻宮」の解説の一部です。
「大覚寺統」を含む「五辻宮」の記事については、「五辻宮」の概要を参照ください。

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