小倉宮恒敦とは? わかりやすく解説

小倉宮恒敦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 09:09 UTC 版)

小倉宮 恒敦(おぐらのみや つねあつ、生年不詳 - 応永29年7月15日1422年8月2日))は、南朝最後の天皇である後亀山天皇の皇子。小倉宮家初代。親王宣下があったかどうか不明。またについては『南朝皇胤紹運録』では「良泰」、『南帝自天親王川上郷御宝物由来』には「実仁」とあるが、確証はない[注釈 1]。子に小倉宮聖承がいる。


注釈

  1. ^ さらに岩波書店刊『大日本古記録 建内記(六)』では「恒敦宮」に校訂者注として「良泰親王」と傍記されており、『國史大辞典』でも「後亀山天皇の皇子良泰親王」とされている。これに対し、森茂暁は「恒敦宮を良泰親王とする意見があるが、その根拠は定かでない」としており、本記事でも「恒敦」と表記する。なお、恒敦宮と良泰親王は別人物とする説もある。詳しくは「良泰親王」参照。
  2. ^ 目録のみで本文は残っていない。「薩戒記目録」として国立国会図書館デジタルコレクションでも公開されている。

出典

  1. ^ a b 『看聞御記』応永23年9月16日条
  2. ^ 後南朝史編纂会 1981, p. 82-83.
  3. ^ 森 1997, p. 80.
  4. ^ 『満済准后日記』応永31年4月12日条
  5. ^ 森 1997, p. 88.
  6. ^ 後南朝史編纂会 1981, p. 91.


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