南北朝時代_(日本)とは?

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南北朝時代 (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/17 07:15 UTC 版)

南北朝時代(なんぼくちょう じだい)は、日本の歴史区分の一つ。1336年から1392年までの57年間を指す[1][2]。ただし、始期の日付から終期の日付までの期間は、56年弱である(後述)。鎌倉時代と(狭義の)室町時代に挟まれる時代で、広義の室町時代に含まれる[3]。始期はユリウス暦1337年1月23日延元元年/建武3年12月21日)、 建武の新政の崩壊を受けて足利尊氏京都で新たに光明天皇北朝持明院統)を擁立したのに対抗して、京都を脱出した後醍醐天皇南朝大覚寺統)が吉野行宮に遷った時期であり[1][注釈 1]、終期はユリウス暦1392年11月19日元中9年/明徳3年閏10月5日)、南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇譲位するかたちで両朝が合一した時期である(明徳の和約[1]。 始期を、建武の新政の始まりである1333年とする場合もある[2]




注釈

  1. ^ つまり、発端となった事件はユリウス暦上では既に年が替わっており1337年である。しかし、西暦上でも1336年を南北朝時代に含めるのが通例である[2]
  2. ^ のちには大和国賀名生・摂津国住吉・山城国男山八幡・河内国金剛寺などを転々とする。
  3. ^ 後醍醐天皇の記録としての在位期間は文保2年(1318年)2月26日 - 延元4年(1339年)8月15日
  4. ^ 実際には国衙領はわずかしかなかった。

出典

  1. ^ a b c 佐藤 1997a.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 永原 1994.
  3. ^ a b c d e 小川 2007.
  4. ^ a b c d e f g h i 佐藤 1997b.
  5. ^ a b 大田 1995.
  6. ^ 呉座 2014, 第2章.
  7. ^ 横山 2011, p. 36.
  8. ^ 久木 1997.
  9. ^ a b 川本慎自「禅僧の数学知識と経済活動」中島圭一 編『十四世紀の歴史学 新たな時代への起点』(高志書院、2016年) ISBN 978-4-86215-159-9
  10. ^ 岡山 & 田村 2003, pp. 110–111.
  11. ^ 田中裕 「幽玄」 『日本大百科全書小学館、1994年。 
  12. ^ a b c 鈴木 1981, pp. 32–34.
  13. ^ a b c 亀田 2015, 室町幕府初代執事高師直>北畠顕家との死闘>塩冶高貞の討伐.
  14. ^ 『大日本史料』6編6冊694–696頁.
  15. ^ a b c d e 林屋 2017, はしがき.


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