連歌とは?

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れん‐が【連歌】

短歌の上の句(五・七・五)と下の句七・七)との唱和、あるいは上の句下の句とを一人または数人から十数人で交互に詠み連ねる詩歌形態の一。万葉集巻8にみえる尼と大伴家持との唱和の歌に始まるとされ、平安時代にはこの短歌合作の形の短連歌盛行したが、院政期ごろから長・短句交互連ねる長連歌鎖連歌)が発達鎌倉時代以後百韻定型とするようになり、ほかに歌仙五十韻世吉(よよし)などの形式行われた。さらに各種式目(しきもく)も制定され、室町時代最盛期迎えたが、江戸時代に入って衰えた。室町末期には俳諧の連歌が興り、江戸時代俳諧のもとをなした。つづけうたつらねうた


つれ‐うた【連(れ)歌】

連れ節でうたう歌。


連歌 (れんが)

中世にはやった詩の1つです。最初2人上の句下の句を別々によむものでしたが、複数の人で上の句下の句交互によんでいくものに変わっていきました。

関連項目

連歌

読み方:レンガrenga

5・7・5長句(上句)と7・7短句下句)とを交互唱和する詩歌の一形式


増本 伎共子:連歌

英語表記/番号出版情報
増本 伎共子:連歌作曲年: 2002年 

連歌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/06 14:13 UTC 版)

連歌(れんが)は、日本の古来に普及した伝統的な詩形の一種。5・7・5の発句と7・7の脇句の,長短句を交互に複数人で連ねて詠んで一つの歌にしていく。奈良時代に原型ができ、平安時代半ばに長短2句を唱和する短連歌が流行して、やがて連ねて長く読まれる長連歌になり、鎌倉時代初期に50、100、120句と連ね、同後期に100句を基本型とする形式の百韻が主流となる。南北朝時代から室町時代にかけて大成されたが、戦国時代末に衰えた。多人数による連作形式を取りつつも、厳密なルール(式目)を基にして全体的な構造を持つ。百韻を単位として千句、万句形式や五十韻、歌仙(36句)形式もある。和歌のつよい影響のもとに成立し、後に俳諧の連歌発句俳句)がここから派生している。


  1. ^ a b c d e 小山 順子. “「新古今集詩連歌」考察”. 京都大学学術情報リポジトリ. 2020年5月11日閲覧。
  2. ^ 『岩波講座 日本文学史』第5巻〈13・14世紀の文学〉、岩波書店、1995年、p.6
  3. ^ 天野忠幸 『松永久秀と下剋上 室町の身分秩序を覆す』 平凡社〈中世から近世へ〉、2018年 p.37
  4. ^ 天野忠幸『三好長慶』ミネルヴァ書房 2014年 p.158


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