西山宗因とは? わかりやすく解説

にしやま‐そういん【西山宗因】

読み方:にしやまそういん

1605〜1682]江戸前期連歌師俳人談林派の祖。肥後の人。名は豊一(とよかず)。別号、西翁・翁など。里村昌琢連歌学び主家加藤没落後、大坂天満宮連歌宗匠となった俳諧では自由軽妙な談林俳諧興し門下井原西鶴などを輩出編著宗因連歌千句」など。


西山宗因

読み方にしやま そういん

江戸前期連歌師俳人肥後生。名は豊一、通称次郎作、別号に一幽・西翁・翁・梅花翁等がある。里村昌琢連歌学び一方俳諧能くした。門弟井原西鶴岡西惟中等がいる。天和2年(1682)歿、78才。

西山宗因

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/17 10:20 UTC 版)

「西山宗因像」 山口雪渓筆 江戸時代中期 八代市立博物館・未来の森ミュージアム

西山 宗因(にしやま そういん、慶長10年(1605年) - 天和2年3月28日1682年5月5日))は、江戸時代前期の俳人連歌師。本名は西山豊一。父は加藤清正の家臣西山次郎左衛門。通称次郎作。宗因と号し、別号として一幽・西翁・梅翁・野梅などがある。宗因は相手によって号を使い分けていたとされる[1]。生まれは肥後国八代(現・熊本県八代市[2]談林派の祖。

来歴

15歳頃から肥後国八代城代加藤正方の側近として仕えた。正方の影響で連歌を知り京都へ遊学した。里村昌琢に師事して本格的に連歌を学んだが、1632年寛永9年)主家の改易浪人となる。1647年正保4年)、大坂天満宮連歌所の宗匠となる一方で、同門の松江重頼の影響で俳諧を始める。宗因の「軽口」と「無心所着体」を旨とする作風は大きな話題となり、延宝年間頃には、井原西鶴などに代表される談林派を築き上げ、当時の主流だった貞門派を圧倒した。貞門派が宗因の後継者争いの様相を呈する中、宗因は晩年、連歌に戻った[3]

墓所は大阪府大阪市北区兎我野町にある西福寺

主な作品

連句集

  • 『西山宗因釈教誹諧』
  • 『宗因五百句』
  • 『宗因七百韻』

連歌集

  • 『宗因連歌千句』

紀行文

  • 『宗因飛鳥川』
  • 『津山紀行』
  • 『肥後道記』など

代表作

  • されば爰(ここ)に談林の木あり梅の花
  • にて候高野山より出たる芋   
  • 阿蘭陀の文字か横たふ天つ雁
  • これやこの江戸紫の若なすび  
  • 五月雨や天下一枚うち曇り  
  • となん一つ手紙のはしに雪のこと
  • ながむとて花にもいたし頸の骨  

芭蕉の宗因評価

桜木と宗因

芭蕉は「上に宗因なくんば、我々が俳諧今以て貞徳が涎(よだれ)をねぶるべし。宗因はこの道の中興開山なり」(去来抄)とのべている。

宗因の句碑

西山宗因句碑(八代城跡)

八代城跡

八代城跡北側の廊下橋門たもと[4]

  • 雪見よと兼ては植えし浦の松

春光寺

春光寺の門前[4]

  • ながむとて花にもいたし頸の骨

脚注

  1. ^ 尾崎千佳「宗因における出家とその意味」『近世文藝』第108巻、日本近世文学会、2018年、17-36頁、doi:10.20815/kinseibungei.108.0_17 
  2. ^ 江上敏勝「西山宗因」『人づくり風土記43熊本』農文協、1990年7月、283頁
  3. ^ 岡本勝・雲英末雄『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年2月、337-338頁。 
  4. ^ a b 江上敏勝「西山宗因」『人づくり風土記43熊本』農文協、1990年7月、290頁

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