戦国時代_(日本)とは? わかりやすく解説

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戦国時代 (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/29 00:13 UTC 版)

日本戦国時代(せんごくじだい、旧字体戰國時代)は、日本の歴史(にほんのれきし)において、15世紀末から16世紀末にかけて戦乱が頻発した時代区分である。世情の不安定化によって室町幕府の権威が低下したことに伴って、守護大名に代わって全国各地に戦国大名が台頭した。領国内の土地や人を一円支配(一元的な支配)する傾向を強めるとともに、領土拡大のため他の大名と戦闘を行うようになった。こうした戦国大名による強固な領国支配体制を大名領国制という。


注釈

  1. ^ 福島克彦 『畿内・近国の戦国合戦』(吉川弘文館、2009年)では、永禄11年(1568年)の織田信長の上洛以降はエピローグとして扱われている。
  2. ^ 一方で遠国の領主の中には両属的な対応を取った事例も確認できる。明応4年、陸奥の結城政朝は上洛の途次、経由地の越中で足利義材に挨拶を行った上で京都に上っている[25]
  3. ^ ただし、伊勢氏(後北条氏)が大名格にまで身分を上昇させるのは北条氏康期以降である。それ以前は身分的には国人に過ぎず[27]、天文年間末期の古河公方足利義氏擁立段階に至っても、後北条氏は古河公方を推戴することによってしか地域支配を貫徹しえない状況であった[28]
  4. ^ 薩摩国の戦国大名・薩摩島津氏では、朝廷・幕府が課す国役を果たせているかどうかが、分国支配の安定性の指標となっていたとされる。そのため国役の遂行は、島津氏という大名権力にとって重要な意味を持っていた[72]
  5. ^ 既に戦国時代最末期であるが、足利将軍の権威性は依然として健在だった。元亀3年、毛利輝元の攻勢を受け危機に陥っていた備前の浦上宗景は、義昭に芸備和睦の斡旋を願い出た。備前への侵攻作戦を目前にしていた毛利氏にとって、浦上氏との和睦は到底受け入れ難いものであったが、「今度芸備和平之儀、雖非本意候、京都御下知之条、不能違背、応上意候」と京都(将軍)の命令に背くことは出来ないとして和睦を受諾している[95]
  6. ^ a b 「日本の近世城郭は16世紀第4四半期に原型が成立し、17世紀第1四半期にもっとも複雑化した。16世紀第3四半期までは日本の拠点城郭(戦国期拠点城郭)はそれぞれの地域性を色濃く備えた。そうした戦国期拠点城郭のプランに表れた地域性は、築城主体であった権力構造の反映であった。そうした地域性は巨視的に見れば城郭構造の求心・階層構造を指向したものと、並立的な城郭構造を指向したものに区分される。」[213]
  7. ^ 「根小屋」という用語について香川元太郎は、城の前に形成された家臣屋敷の集合集落としている[212]

出典

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