田中角栄とは? わかりやすく解説

田中角榮

田中角榮
総理在職期間
第1次昭47. 7. 7~昭47.12.22169日
第2次昭47.12.22~昭49.12. 9718
在職通算日数886日
総理就任時年齢:54歳54歳

田中角栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/29 08:54 UTC 版)

田中 角栄(たなか かくえい、1918年大正7年〉5月4日 - 1993年平成5年〉12月16日)は、日本政治家実業家建築士。 血液型はB型


注釈

  1. ^ 正規の学歴は高等小学校卒。その後、当時は各種学校の扱いであった中央工学校の夜学に通い卒業している。
  2. ^ 田中がのちに『私の履歴書』に記したところでは、2歳のときにジフテリアに罹患したことが原因と祖母から聞いたという[7]
  3. ^ 大麻の献金要請は、進歩党党首をめぐって宇垣一成町田忠治が対立し、その仲裁として大麻が「先に300万円作った方を党首にする」と提案(大麻は町田を推していた)したことに由来する[31]
  4. ^ 戸川猪佐武の『小説吉田学校』では、この過程で田中は山崎首班の動きに対して党総務会で「いくら占領下でも露骨な内政干渉が許されるのか」と吉田らに訴えたとされる。
  5. ^ 田中はこの法律による一級建築士資格取得者である。建築士登録が「第1号」であるとする逸話については建築士#その他 2を参照。
  6. ^ これについては確かに田中と小佐野は親しい間柄で仕事上では懇意にしていたものの「刎頚の友」とまで言える間柄ではなかったと秘書であった早坂茂三や佐藤昭子の著書には著されている。早坂によれば、田中が上京後に働いていた井上工業からの知り合いだった入内島金一が唯一の「刎頚の友」であったという。立花隆によれば、1973年(昭和48年)の国会答弁で田中が入内島金一について「この世の中にある三人の一人であるというぐらいに刎頸の友である」[108]と発言したことから、マスコミ関係者の間で残る2人についての詮索が行われ、その結果、小佐野賢治と中西正光が候補者として挙がり、入内島と中西はマスコミへの露出が少なかったことから、小佐野が「刎頸の友」として有名になったものという[109]
  7. ^ 山田直樹 『創価学会とは何か』(新潮社 2004年4月15日)によれば自自公連立政権樹立前の1998年8月中旬、竹下登元首相が創価学会会長の秋谷栄之助と密かに会談を行い、創価学会の協力を取り付けたとある。
  8. ^ 実刑確定になれば、公職選挙法第11条・第99条及び国会法第109条により国会議員を失職し、刑期満了まで国会議員となることができない。
  9. ^ 小説吉田学校にはゴルフをしながらのやりとりとして書かれている
  10. ^ 1974年生まれであることは週刊文春2004年3月25日号で1974年秋に臨月を迎えているという記述から判明している
  11. ^ ゲイタイム産駒の東京優駿勝利馬は1962年〈第29回〉フエアーウイン、1963年〈第30回〉メイズイの2頭である。

出典

  1. ^ a b 史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2020年1月15日閲覧。
  2. ^ 武部健一 2015, p. 186.
  3. ^ 【政界地獄耳】「決断と実行」岸田首相には重いキャッチコピーでは”. 日刊スポーツ (2022年6月3日). 2022年6月3日閲覧。
  4. ^ 立花 2005, p. 187.
  5. ^ 小長啓一『〈証言そのとき〉国策とともに5 織機買い上げ損失補う』朝日新聞 2012年6月4日
  6. ^ 早野透 2012, pp. 3–4.
  7. ^ a b 早野透 2012, p. 5.
  8. ^ 石原慎太郎『天才』p.4
  9. ^ 柏崎の偉人と文化財 - 柏崎市WEBミュージアム
  10. ^ 専門学校 中央工学校
  11. ^ 専門学校とは 文部科学省
  12. ^ 早野透 2012, p. 10.12.
  13. ^ 早野透 2012, p. 15.
  14. ^ 早野透 2012, pp. 17–18.
  15. ^ 早野透 2012, p. 16.
  16. ^ 早野透 2012, pp. 19–20.
  17. ^ 早野透 2012, p. 22.
  18. ^ 早野透 2012, pp. 26–27.
  19. ^ a b c 早野透 2012, pp. 28–30.
  20. ^ “『錦城百二十年史』、131-132頁”. 学校法人錦城学園 錦城学園高等学校発行. (2000年10月15日) 
  21. ^ 早野透 2012, pp. 37–38.
  22. ^ 早野透 2012, pp. 39–40.
  23. ^ 石原慎太郎『天才』P22
  24. ^ 早野透 2012, pp. 41–44.
  25. ^ 早野透 2012, pp. 45–47.
  26. ^ a b 早野透 2012, p. 49.
  27. ^ a b 早野透 2012, pp. 50–51.
  28. ^ 福永(2008)、47頁。
  29. ^ 早野透 2012, p. 52.
  30. ^ 早野透 2012, pp. 57-59、63-65.
  31. ^ 早野透 2012, pp. 58–59.
  32. ^ a b 早野透 2012, pp. 67–71.
  33. ^ 早野透 2012, pp. 75–76.
  34. ^ a b 早野透 2012, p. 83.
  35. ^ 早野透 2012, p. 86.
  36. ^ 早野透 2012, p. 88.
  37. ^ a b 早野透 2012, pp. 90–96.
  38. ^ 早野透 2012, p. 98.
  39. ^ 早野透 2012, p. 97.
  40. ^ 早野透 2012, p. 103.
  41. ^ a b 服部龍二 『田中角栄 昭和の光と闇』講談社〈講談社現代新書 2382〉、2016年9月20日、57頁。ISBN 978-4-06-288382-5 
  42. ^ a b c 早野透 2012, pp. 106–109.
  43. ^ 早野透 2012, p. 140.
  44. ^ a b c 早野透 2012, pp. 126–130.
  45. ^ a b c 「(連載)池田勇人 日本を創った男 第8回」『週刊大衆2016年12月12日双葉社、 177頁。
  46. ^ a b 立花隆「田中角栄研究──その金脈と人脈」 『1000億円を動かした男 田中角栄・全人像』文藝春秋増刊、2016年8月号、106-154頁。JAN 4910077020862。 
  47. ^ 週刊現代Special 2017年1月14日増刊号 p.131
  48. ^ 週刊文春2004年3月25日号
  49. ^ “大ブーム「田中角栄」は何がスゴかったのか? | 国内政治”. 東洋経済オンライン. (2016年11月4日). https://toyokeizai.net/articles/-/141468?page=3 2018年6月14日閲覧。 
  50. ^ a b “人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第46回 - ライブドアニュース”. ライブドアニュース. http://news.livedoor.com/article/detail/12370969/ 2018年6月14日閲覧。 
  51. ^ 伊藤 1982, p. 78.
  52. ^ 楠田實資料(佐藤栄作官邸文書):解題”. ジャパン デジタル アーカイブズ センター. 2020年8月2日閲覧。
  53. ^ NHKスペシャル 日中外交はこうして始まった名 - NHK放送史
  54. ^ 諸橋(1972)[要ページ番号]
  55. ^ 諸橋(1979)[要ページ番号]
  56. ^ 諸橋(1993)[要ページ番号]
  57. ^ 諸橋(2001)[要ページ番号]
  58. ^ a b 福永(2008)、166-173頁。
  59. ^ 福永(2008)、173-174頁。
  60. ^ 福永(2008)、175-177頁。
  61. ^ 福永(2008)、180頁。
  62. ^ 福永(2008)、182-185頁。
  63. ^ 議員ハンドブック(帝国地方行政学会、1974年)
  64. ^ 福永(2008)、185頁。
  65. ^ 福永(2008)、185-186頁。
  66. ^ 本田靖春「立花隆 角栄裁判をすべて傍聴したジャーナリスト」 『戦後の巨星 二十四の物語』講談社、2006年、251-273頁。ISBN 4-06-213532-9 
  67. ^ “生きて <1> トップランナー 金脈追及し首相が退陣| 元文芸春秋社長 田中健五さん(1928年〜)”. 中国新聞 (中国新聞社). (2010年11月2日). オリジナルの2011年5月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110529235447/http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ikite/ik101102.html 2017年2月11日閲覧。 
  68. ^ a b 「調査報道」の社会史 | 調査・研究結果 - 国内放送事情 | NHK放送文化研究所
  69. ^ 取材雑記 特派員 日本を走る 第2回 海外メディアが果たした役割”. 朝日新聞グローブ (GLOBE). 朝日新聞社. 2009年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月12日閲覧。
  70. ^ 福永(2008)、189-191頁。
  71. ^ 紀尾井啓孟 (2020年1月12日). “議員在職50年 小沢一郎「出世とキャリア」〈3〉”. 日本ビジネスプレス. https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58936 2020年8月2日閲覧。 
  72. ^ 後藤謙次 (2016年6月). “特別企画 砂防会館あの日あの時 壁に刻まれた刀傷”. 日本記者クラブ. https://www.jnpc.or.jp/journal/interviews/33444 2020年8月2日閲覧。 
  73. ^ 田中元総理が脳梗塞で倒れ政界に衝撃 - NHK放送史
  74. ^ a b 安藤俊裕 (2011年8月28日). “田中角栄に反旗、竹下派旗揚げ 「政界のドン」金丸信(5)”. 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1902K_V20C11A8000000/ 2020年8月2日閲覧。 
  75. ^ “異例国葬、党内に配慮 全額国費、首相は正当性強調:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. (2022年7月15日). https://www.asahi.com/articles/DA3S15356795.html 
  76. ^ 田中角榮記念館 -KAKUEI MEMORIAL MUSEUM-
  77. ^ 「昭和」といえば何を思い浮かべますか… 全国世論調査” (2009年3月30日). 2012年11月16日閲覧。
  78. ^ 一般社団法人 日中協会 (故人)役員”. 日中協会. 2018年3月9日閲覧。
  79. ^ a b c 小林吉弥 『花も嵐もー宰相池田勇人の男の本懐』講談社、1989年、180-183頁。ISBN 4-06-204404-8 
  80. ^ 栗原直樹 『田中角栄 池田勇人 かく戦えり』青志社、2016年、144-151頁。ISBN 978-4-86590-029-3 
  81. ^ a b c d e 上前淳一郎 『山より大きな猪 高度成長に挑んだ男たち』講談社、1986年、300-301,459-463頁。ISBN 978-4-06-202657-4 
  82. ^ 塩口喜乙 『聞書 池田勇人 高度成長政治の形成と挫折』朝日新聞社、1975年、144-148頁。 
  83. ^ 福永文夫 『大平正芳 「戦後保守」とは何か』中央公論新社中公新書〉、2008年、74-76頁。ISBN 978-4-12-101976-9 
  84. ^ a b 石山伊左夫「〈証言構成〉角栄の永田町血風録」 『1000億円を動かした男 田中角栄・全人像』文藝春秋増刊、2016年8月号、70-72頁。JAN 4910077020862。 
  85. ^ 倉山満 『検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む』光文社光文社新書571〉、2012年、154-156頁。ISBN 978-4-334-03674-4 
  86. ^ 幸田真音 『この日のために 下 池田勇人・東京五輪の軌跡』KADOKAWA、2016年、154-159頁。ISBN 978-4-04-103633-4 
  87. ^ a b c 塩田潮「大物たちの証言「角栄流」の秘密」 『1000億円を動かした男 田中角栄・全人像』文藝春秋増刊、2016年8月号、93-96頁。JAN 4910077020862。 
  88. ^ a b 北國新聞社編集局 『戦後政治への証言 ――益谷秀次とその周辺――』北国新聞社、1974年、213-216頁。 
  89. ^ a b 東京新聞編集企画室 『図解 宰相列伝』東京新聞出版局〈東京ブックレット(2)〉、1996年、301頁。ISBN 4-8083-0477-5 
  90. ^ a b 松野頼三(語り) 戦後政治研究会(聞き書き・構成) 『保守本流の思想と行動 松野頼三覚え書』朝日出版社、1985年、30-34,59,130,160-161頁。ISBN 4-255-85070-4 
  91. ^ a b 宇治敏彦 『首相列伝 伊藤博文から小泉純一郎まで』東京籍、2001年、280-291頁。ISBN 978-4-487-79532-1 
  92. ^ a b 中澤雄大「ブックレビュー 幸田真音『この日のために 下 池田勇人・東京五輪の軌跡』〈上・下〉」 『日本一の書評』週刊現代、2016年5月21日。 
  93. ^ a b 「【あの政治家に聞いてみた! 池田勇人とその時代】 藤井裕久インタビュー」『モーニング』51号 2016年11月17日講談社、 313頁。
  94. ^ 下村太一 『田中角栄と自民党政治 列島改造への道』有志舎、2011年、205-207頁。ISBN 978-4-903426-47-1 
  95. ^ 大来佐武郎監修 『ビジュアル版・人間昭和史(2) 政界の首領』講談社、1986年、102頁。ISBN 4-06-192552-0 
  96. ^ 神一行 『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』角川書店、2002年、76-90頁。 
  97. ^ 福永(2008)、266-227頁。
  98. ^ 福永(2008)、162頁。
  99. ^ 読売新聞2012年9月22日27面 「戦後転換期 第2部(1965〜79年) 第23回 田中角栄」。
  100. ^ 福永(2008)、166頁。
  101. ^ 福永(2008)、173頁。
  102. ^ 田原総一朗責任編集「福本邦雄インタビュー」 『オフレコ! Vol.3』アスコム、2006年8月、26-28頁。ISBN 9784776203407 
  103. ^ 福永(2008)、254-255頁。
  104. ^ 福永(2008)、263-264頁。
  105. ^ 辻(2004)
  106. ^ 辻(2006)
  107. ^ 田中(2004)
  108. ^ 第71回国会 衆議院 物価問題等に関する特別委員会 第11号” (1973年4月26日). 2021年9月6日閲覧。
  109. ^ 立花隆「「田中角栄独占インタビュー」全批判」『文藝春秋』第59巻第3号、126頁、1981年3月。 のち立花隆『巨悪vs言論』文藝春秋、1993年、に収録。
  110. ^ 検察が聴取?「小沢幹事長の妻」 実は新潟ゼネコンの大株主
  111. ^ 衆議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第40号
  112. ^ 毎日新聞(2013年3月26日)写真特集:米大統領訪日:1974年のフォード氏が初 (2009年11月掲載)
  113. ^ 日本経済新聞「自民党半世紀 - 国対政治 なれ合い招く」2009年10月5日
  114. ^ a b 立花 2005, pp. 88–91.
  115. ^ a b 立花 1993, pp. 337–339.
  116. ^ 佐藤 2001, p. 226.
  117. ^ 『朝日新聞』1985年5月17日付朝刊、1面、「田中元首相の家族、『本人の意思』と退院届 帰院呼びかけ断る」。
  118. ^ 『朝日新聞』1985年6月6日付夕刊、1面、「越山会東京事務所を閉鎖 田中元首相の政治活動休眠に」。
  119. ^ 佐藤 2001, p. 227.
  120. ^ 立花 2005, pp. 95–98.
  121. ^ 『田中角栄―その巨善と巨悪』
  122. ^ 池上彰 (2019年1月15日). “官僚のハートを一瞬で掴んだ田中角栄「伝説のスピーチ」とは――池上彰が語る“角栄像””. 文藝春秋. https://bunshun.jp/articles/-/10389 2020年8月2日閲覧。 
  123. ^ 大下英治『田中角栄秘録』イースト新書 008 2013年 イーストプレス
  124. ^ 早野透『田中角栄 戦後日本の悲しき自画像』中公新書 2186 2012年。ISBN 978-4-12-102186-1
  125. ^ 保坂正康『田中角栄の昭和』朝日新書 244、2010年。ISBN 978-4-02-273344-3
  126. ^ 「あの時のあの人の声」に肉声のコンテンツとして収録: 『日本大百科全書』(SONY電子ブック版 改訂第2版)小学館、1998年7月1日。 
  127. ^ 早坂茂三 1987, p. 80.
  128. ^ 小島明 (2014年8月). “経済記者がみたエピソード 政治家とカネ、派閥… | 取材ノート”. 日本記者クラブ. 2019年7月26日閲覧。
  129. ^ 「毒を盛られるから連れていけない」田中角栄元総理が“死を覚悟して”実現した日中国交正常化 長女・真紀子さんが語る交渉秘話”. TBS. 2022年10月24日閲覧。
  130. ^ a b 辻井喬『叙情と闘争 ―辻井喬+堤清二回顧録―』 中央公論新社 2009年 113-118頁 ISBN 4-12-004033-X
  131. ^ a b c 松崎隆司『堤清二と昭和の大物』 光文社 2014年 111-117頁 ISBN 978-4-334-97801-3
  132. ^ 佐藤文生 (1978). はるかなる三里塚. 講談社. pp. 38-40,54-55,166-168 
  133. ^ 佐藤文生 (1985). 日本の航空戦略―21世紀のエアポート. サイマル出版会. p. 90 
  134. ^ 小林吉弥 (2016). 田中角栄の知恵を盗め. 主婦の友社. ISBN 978-4074188925 
  135. ^ a b 小林吉弥『田中角栄 処世の奥義』 講談社 2006年 83-86頁 ISBN 4-06-213269-9
  136. ^ 田中眞紀子 (2019-01-18). 角さんとじゃじゃ馬. KADOKAWA. ISBN 9784041077429 
  137. ^ 執着しない田中角榮が唯一大事にしたモノ”. 2021年1月17日閲覧。
  138. ^ 東根千万億『等しからざるを憂える。元首相鈴木善幸回願録』岩手日報社 2004年 64頁 ISBN 4-87201-346-8
  139. ^ 【話の肖像画】元通産事務次官・小長啓一(4) 激務から解放と思ったのに…”. 産経ニュース (2017年12月7日). 2019年7月13日閲覧。
  140. ^ 大下英治. “田中角栄 日本が酔いしれた親分力(11)強引にもぎ取った「勝機」! | アサ芸プラス”. アサ芸プラス. 2018年4月22日閲覧。
  141. ^ 田中角栄 日本が酔いしれた親分力(12)心遣いで金の価値を変える | アサ芸プラス”. アサ芸プラス. 2018年4月22日閲覧。
  142. ^ 詰めかける自民首脳 川島氏死去 政財界に波紋『朝日新聞』1970年(昭和45年)11月9日夕刊 3版 11面
  143. ^ 片岡憲男 『田中角栄邸書生日記』日経BPコンサルティング、2002年4月13日。ISBN 978-4931466630 
  144. ^ 佐藤 2001, p. 219.
  145. ^ 早坂茂三『田中角栄回想録』
  146. ^ 『天才』
  147. ^ 『週間0510』
  148. ^ 山本七平「『御時世』の研究」文藝春秋、P136~139、1986年
  149. ^ 週刊文春2004年3月25日号
  150. ^ https://www.dailyshincho.jp/article/2019/05150558/?all=1&page=2
  151. ^ https://www.dailyshincho.jp/article/2019/05150558/?all=1&page=2
  152. ^ 石原慎太郎『天才』pp.20-21
  153. ^ 早野透『田中角栄』40頁
  154. ^ 田中角栄 net.Keiba.com
  155. ^ 『東京馬主協会三十年史』東京馬主協会 1978年
  156. ^ 「田中角栄回想録」早坂茂三
  157. ^ 早坂茂三 1987, p. 111.
  158. ^ 「人材確保法」の成立過程 ―政治主導による専門職化の視点から― (PDF) 丸山和昭 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第1号(2007年)



田中角栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 07:00 UTC 版)

後藤田正晴」の記事における「田中角栄」の解説

1952年暮れに、後藤田が「第二機動隊構想」の腹案実現するため、翌年度予算での警察予算増額衆院予算委員会メンバーであった田中陳情したことから交流始まった飲み込みが早い田中は、実現困難なことには安請け合いをせずに「それは後藤田君、難しいぞ、しかしやってみるわ」と言い、「わかったと言って引き受けた陳情は必ず実現することから後藤田信頼深めていった。一方自治庁税務局長在任時の料飲税導入にあたっては、「手を握ろう」と申し入れてきた当時幹事長田中を「あんたと手を握ったら高いものにつくから僕はいやだ」とはねのけ田中怒らせている。 通産大臣であった田中警察庁長官退任挨拶行った際に産炭地振興公団(現・都市再生機構総裁ポスト打診されたが、辞退している。なお、長官辞任過激派対策疲れて静養しようとしたものであり、次のポスト決まっていたわけではないとしている。第一次田中内閣組閣当日7月7日朝に田中から自宅待機するように言われ田中意図察した後藤田逃げるべく退官挨拶回り出かけた。しかし、自動車電話呼び出しを受けてしまい、官邸官房副長官引き受けるよう田中言われた後藤田辞めたいときにはすぐに辞めさせることを条件了承した阿波戦争破れたことは田中へのダメージとなったが、田中は「ワシのことは気にせんでいい」と後藤田気遣った政界頂点上り詰めた田中に対して後藤田はっきりと直言し続け田中もそれを許容した後年、「田中派には二階堂(進)、江崎真澄)、後藤田という3人首相候補がいる。順番間違ってはいかんッ」と田中言ったことがある。これは独自の動き見せ始めた竹下登牽制してのことであるが、同時に田中後藤田に対する信頼厚さ伺える田中派大部分竹下派なびいた後も、後藤田は組せずに田中への筋を通した後藤田は「私が政界入りしてすぐ大臣になったり官房長官として長く政府中枢にいるなど厚遇されたのも、田中さんお陰である。(中略そういう意味で私は田中さん恩義を感じている」と述べ、「その田中さん退陣裁判病気お気の毒境涯にあり、何らお返しできないまま今日至っている。それが私の負い目である」としている。

※この「田中角栄」の解説は、「後藤田正晴」の解説の一部です。
「田中角栄」を含む「後藤田正晴」の記事については、「後藤田正晴」の概要を参照ください。


田中角栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 07:08 UTC 版)

小沢一郎」の記事における「田中角栄」の解説

田中角栄の長男である正法1947年5歳死亡)と小沢が同じ1942年生まれであったため、田中小沢息子のように可愛がったとされた。それに対して小沢角栄慕い田中派から独立した経世会所属した国会議員唯一田中裁判をすべて欠かさず傍聴した同時に角栄の娘、田中眞紀子との関係もよく(眞紀子小沢兄のような存在だと認識している)、旧竹下派の中で唯一田中家から許されているため、命日には田中家訪問したそのため親交深く眞紀子自民党離党民主党会派入り小沢尽力したまた、政治の父は田中角栄」と公言した。 かつて田中角栄の懐刀だった小沢福田因縁戦いは、「第二角福戦争」と呼ばれた。しかし当人たちにはそのつもりが全く無く福田舌鋒鋭く批判する角栄の娘の田中眞紀子外相の方注目され、これが真の第二角福戦争」であるという見方もあった。

※この「田中角栄」の解説は、「小沢一郎」の解説の一部です。
「田中角栄」を含む「小沢一郎」の記事については、「小沢一郎」の概要を参照ください。


田中角栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 05:54 UTC 版)

中曽根康弘」の記事における「田中角栄」の解説

永遠の競争相手として認めており、代議士会では論戦明け暮れた仲である一方で総理就任際は田中影響力利用した。同じ1918年5月生まれであり、初当選同じで第23回衆議院議員総選挙以来当選し続けた同期でもある。また軽井沢にある両者の別荘は隣同士であった佐藤栄作元首相の別荘も至近距離であり、軽井沢交流があった)。

※この「田中角栄」の解説は、「中曽根康弘」の解説の一部です。
「田中角栄」を含む「中曽根康弘」の記事については、「中曽根康弘」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「田中角栄」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「田中角栄」の関連用語

田中角栄のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



田中角栄のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
首相官邸首相官邸
Copyright (C) 2023 首相官邸 All rights reserved.
内閣制度と歴代内閣
株式会社思文閣株式会社思文閣
Copyright(c)2023 SHIBUNKAKU Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの田中角栄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの後藤田正晴 (改訂履歴)、小沢一郎 (改訂履歴)、中曽根康弘 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2023 GRAS Group, Inc.RSS