日本自由党_(1953-1954)とは?

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日本自由党 (1953-1954)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/28 15:26 UTC 版)

1953年(昭和28年)2月28日、衆議院予算委員会における首相吉田茂の“バカヤロー”発言後、首相懲罰動議採決で欠席した吉田自由党鳩山派は、その後の内閣不信任案の採決にあたって、不信任案可決を狙い吉田自由党を離党。同じく懲罰動議採決に欠席し農林大臣罷免されていた広川弘禅も加えて、分党派自由党を結成した。鳩山が党首であるので鳩山自由党とも呼ばれる。吉田自由党とまぎらわしいためマスコミがこのように呼び出したという説がある[1]


  1. ^ 水木楊『誠心誠意嘘をつく 自民党を生んだ男・三木武吉の生涯』2005年7月日本経済新聞社ISBN 4-532-16524-5


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