しん‐ほしゅしゅぎ【新保守主義】
新保守主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/31 06:51 UTC 版)
| 保守主義 |
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新保守主義(しんほしゅしゅぎ、英: Neoconservatism)とは、旧来の保守と新しい保守の分別のために使われてきたが、特に明確な定義は存在しない。概念は時代と共に変容し、国によっても異なっている。
概要
1950年代には、保守反動を避けつつ漸進的政策や社会福祉の再分配政策を行っていこうとする保守党 の路線が新保守主義と言われ[1]、1980年代には、アメリカ合衆国やイギリスなどで、1970年代の社会民主主義や自由主義に代わり誕生したニューライトを稀に新保守主義と呼ぶこともあった。
アメリカ新保守主義
米国で「ネオコン」と呼ばれる勢力は、1930年代に反スターリン主義左翼として活動した後に「ニューヨーク知識人」と呼ばれるトロツキストたちによるグループである。ニューヨーク知識人の多くは、アメリカの公立大学の中で最も歴史のある大学の1つであるニューヨーク市立大学シティカレッジ(CCNY)を根拠地として活躍していたが、アメリカの消極的な対外政策に失望した集団である。アメリカの伝統的な保守主義は対外政策はモンロー主義に則った孤立外交を重視し、他国の人権問題には関心を示さない、あるいは自国の利益のためには(中国などの)独裁国家とも同盟を結ぶとの姿勢であったが、ネオコンの場合は民主主義、ひいては自由主義の覇権を唱え、独裁国家の陥落を外交政策の目的に置くという極めて革新的な思想および外交政策を標榜する。中東においては、唯一の近代民主国家であるイスラエルを基盤に周辺の独裁国家を滅ぼすことが中東問題の解決策であると主張する。
彼らは1970年代に相次いで民主党を離れて共和党へ向かい、第1期レーガン政権で台頭し、主に外交や軍事の分野で強い影響力を持った。レーガン大統領はネオコンのジーン・カークパトリックを外交顧問に指名し、ソ連を「悪の帝国」と呼び、ネオコンの師であるアルバート・ウォルステッターの限定核戦争を採用し、SDI構想など軍備増強を推し進めた。しかし、2期目に入ってからレーガン政権は柔軟姿勢に転換し、カークパトリックらネオコンは事実上追放された。
ジョージ・W・ブッシュ政権ではディック・チェイニーやドナルド・ラムズフェルド、ポール・ウォルフォウィッツといったネオコンがイラクが大量破壊兵器を保持していることを主張した。そして、2003年にイラク戦争が勃発するが、大量破壊兵器の発見に至らず、さらにイラク国内の治安悪化が問題となり、2011年まで戦闘は続行した。
またネオコンの代表的人物であるジョン・ボルトンは、核開発問題を抱えているイランと北朝鮮に対して攻撃するべきだと主張している[2]。
日本
日本においてその定義は明確でない。
政治学者の渡辺治は、小泉純一郎はサッチャーやレーガンのような伝統共同体の再建による国民統合の発想がなく新自由主義一辺倒であり、安倍晋三が新保守主義とするが、第1次安倍内閣では構造改革路線を引き継いだため新保守主義ができなかったとしている[3]。
2000年代に韓国紙や英字紙で安倍晋三や石破茂を指して用いられることがあった(新保守主義 (日本))[4][5]。しかし2020年代には石破はむしろ穏健派とみなされている[6]。
脚注
新保守主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 09:02 UTC 版)
「アメリカ合衆国の保守主義」の記事における「新保守主義」の解説
1970年代には多くのリベラル派知識人が右派に転向する動きがあり、その多くはニューヨーク市のユダヤ系アメリカ人や地位が確立された学術人だった。彼らはリベラリズムに幻滅するようになり、特にソビエト連邦とのデタント(緊張緩和)に関わる外交政策に対して幻滅していた。 アーヴィング・クリストルとレオ・シュトラウスがこの動きを始めた者達だった。雑誌「コメンタリー」や「パブリック・インタレスト」が彼らの発言媒体であり、主要新聞の論説記事やシンクタンクの政策方針書も使われた。民主党上院議員ヘンリー・M・ジャクソン周辺の活動家も深く関わった。著名な発言者としては、ガートルード・ヒンメルファーブ、ウィリアム・クリストル、ポール・ウォルフォウィッツ、ルイス・リビー、ノーマン・ポドレツ、リチャード・パイプス、チャールズ・クラウトハマー、リチャード・パール、ロバート・ケーガン、エリオット・エイブラムス、ベン・ワッテンバーグがいた。一方上院議員ダニエル・パトリック・モイニハンはかなり同調的だったが、民主党に留まった。シュトラウスの新保守主義に影響を受けた者としては、最高裁判所判事の候補者になったロバート・ボーク、国防副長官になったポール・ウォルフォウィッツ、国務次官補になったアラン・キーズ、教育長官になったウィリアム・ジョン・ベネット、「ウィークリー・スタンダード」編集者ウィリアム・クリストル、政治哲学者アラン・ブルーム、著作家ジョン・ポドレツ、カレッジの学長ジョン・アグレスト、政治学者ハリー・V・ジャファおよび小説家のソール・ベローがいた。 新保守主義は概して事業寄りの政策を支持した。幾人かはレーガン、ブッシュ父、およびブッシュ息子の政権で政策立案や補佐官の職に就いた。
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