自由民権運動とは?

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じ ゆうみんけん うんどう -いう- [2][5] 【自由民権運動】


自由民権運動

明治維新から10年あまり、いっこうに政治参加権利認められませんでした政治参加できないばかりか集会の自由結社という政治的権利もありません。憲法国会もない、政治について自由に発言する権利も、市民的な自由も認められていない、というのが国民の置かれていた状況だったのです。
しかし国民には、租税負担徴兵義務は課せられていました。報国という観念もしばしば強調され、人びとが愛国心をもつことも奨励されました。
自由民権運動は、一方的義務強制され、権利行使端に制限された時代に、憲法立て国会を開いて国民政治参加権利保障し、国民能動性を引き出すことによって後進国日本危機打開ようとする全国的政治運動思想運動として展開します。また参政権行使するためには、それにふさわしい政治的識見はぐくむための集会結社思想言論出版の自由が必要でしたが、そこに国家介入することに反対し、講義したのも自由民権運動でした。

自由民権運動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/17 15:20 UTC 版)

自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)とは、明治時代日本において行われた政治運動社会運動


  1. ^ 丸山真男「自由民権運動史」(丸山真男著『戦中と戦後の間 1936-1957』みすず書房 1976年)309ページ
  2. ^ ただし板垣らの民撰議院設立建白書は当時それほどの先進性はなく、自らを追放に追い込んだ大久保利通ら非征韓派への批判が主体であり、政府における立法機関としての位置づけも不明確であった。むしろ板垣や江藤・後藤らが政権の中枢にあった時期に彼らが却下した宮島誠一郎の『立国憲義』などの方が先進性や体系性において優れており、現在では民撰議院設立建白書の意義をそれほど高く認めない説が有力である。稲田 2009などを参照。
  3. ^ 丸山真男著『戦中と戦後の間 1936 - 1957』みすず書房 1976年 310ページ
  4. ^ 犬塚 2005、pp.5-9。
  5. ^ 松方デフレにより、経済的余裕のあった富農層も次第に運動への熱意を失いつつあった。稲田 2009、p.125。


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