自由貿易とは? わかりやすく解説

じゆう‐ぼうえき〔ジイウ‐〕【自由貿易】

読み方:じゆうぼうえき

国家輸出入品の禁止制限関税賦課為替管理輸出奨励金などの規制、および保護奨励加えない貿易。→保護貿易管理貿易


自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 09:20 UTC 版)

自由貿易(じゆうぼうえき、: free trade)は、関税など国家の介入や干渉を排して自由に行う貿易を指す。学説としては、重商主義にもとづく保護貿易に対して、イギリスのアダム・スミスデヴィッド・リカードらによって唱えられた。貿易が利益になるというのは経済学における最古の命題の一つであり、自由貿易はこの命題にもとづいている[1]。また、営業の自由をはじめとする経済活動の自由や移動の自由と密接に関係している[2][3]。通史は、貿易史#近世・近代および貿易史#現代を参照のこと。


注釈

  1. ^ ジョン・メイナード・ケインズのように、自由貿易と保護貿易の支持を時代によって変えた経済学者もいる。1920年代は自由貿易論者として保守党の関税に反対し、大恐慌後には保護主義を主張したが、1945年にはアメリカの政策変更を知って再び自由貿易論者となった[5]
  2. ^ エリザベス1世は、当初はスペインとの摩擦を避けるために海賊や密貿易の監視もした[13]
  3. ^ 東南アジアは、多島海の入り組んだ地形、季節風、おだやかな海、豊富な木材などの条件に恵まれていた[16]
  4. ^ 移動の制限や組合制度は残っていたが、国内の営業の自由はあった。この点で、ジャン=バティスト・コルベールによるフランスの重商主義政策とは異なる[18]
  5. ^ アダム・スミスはスコットランド出身であり、グラスゴー大学で教えていた。スミスは『国富論』で重商主義や植民地貿易の独占、特権会社を批判した[20][21]
  6. ^ マルサスは、イギリスでは高い穀物価格のもとで農業投資が進んだ点を評価したが、それはフランスとの戦争がもたらした状況であり、終戦後の農産物価格低下で崩壊した[28]
  7. ^ 穀物法を批判したのはデイヴィッド・リカードの他に、リチャード・コブデン、政治家のジョン・ブライトらのマンチェスター学派の学者もいた[27]
  8. ^ 第3回の国際通貨会議英語版(1881年)までに、オーストリア=ハンガリーとロシアをのぞく欧米主要国は金本位制を採用した。中国は清から中華民国にかけて銀本位制であり、日本は1897年に金本位制となる[36]
  9. ^ イギリスには自由貿易を拡大したいという目的があり、フランスはオーストリアとの戦争が予想されたためにイギリスと関係を改善するという目的があった[37]
  10. ^ この保護主義は、フリードリヒ・リストが唱えた工業化のための保護主義ではなく、確立した独占的製造業の保護という面があった[40]
  11. ^ 金本位制で貿易収支が赤字になった国は、財政収支均衡のためにデフレ政策が必要となる。金保有量の不足が深刻となった場合は、金本位制の停止・平価の切り下げ・他国からの資金借り入れのいずれかが必要となる[41]
  12. ^ イギリスの輸入は特に一次産品が多かった。1860年にはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの全輸出品の半数、1880年は甘蔗糖・茶・小麦の国際取引量の半数、1881年には全世界の食肉輸出の半数を輸入していた[42]
  13. ^ 1906年から1910年は、赤字は1億4200万ポンド、黒字は1億3700万ポンドだった[44]。イギリスはインドや中国との貿易で黒字を得た。中国にはアヘンを中心に輸出して1300万ポンドの黒字となった。インドも中国へのアヘン貿易で利益を得ており、アヘンの収益は1300万ポンド以上で対中国貿易黒字の3分の2に達した。そしてインドの黒字はイギリス製品を買うために使われた[45]
  14. ^ イギリスは1840年代から植民地への優遇関税を廃止して自治領に関税自主権を与えた。フランスは植民地を国内と同様に扱って最恵国待遇を与えた。ドイツ、ベルギー、オランダなども植民地の関税を低くした[47]
  15. ^ 1885年から1910年にかけての貿易拡大を国別にみると、イギリス・フランスが1.9倍、イタリア2.2倍、ドイツ・ロシア・アメリカ2.6から2.8倍、カナダ3.6倍、日本13.9倍となる。貿易額の対GNP比率は企業勃興期に14%、日清戦争後21%、日露戦争後25%と上昇した。当時の日本の輸出は紡績の軽工業が主体だった[51]
  16. ^ ブラジル・コロンビア・エクアドル・中米のコーヒー・砂糖・バナナ、アルゼンチン・ウルグアイの羊毛や食肉、メキシコ・ペルー・チリ・ボリビアの鉱物資源、ブラジルやメキシコのゴムなどがある。モノカルチャー貿易は、オリガルキアと呼ばれる寡頭制の勢力によって進められた[54]
  17. ^ インド・中国・日本の綿布、タイ・イギリス領ビルマフランス領インドシナの米、イギリス領マレーの天然ゴム、フィリピン群島政府英語版の砂糖、オランダ領インドネシアの天然ゴム、コーヒー、砂糖などがあった[57]
  18. ^ 中国はアヘン貿易をはじめ各国との貿易で赤字を計上しており、その貿易赤字は海外からの送金によって埋められていた可能性がある。中国人は、19世紀には東南アジア、アメリカ、キューバ、ハワイ、インドなど各地に労働者として渡っていた[59][60]
  19. ^ 日清戦争後に日本は清から割譲された台湾を統治し、朝鮮の貿易は輸出額の80%から90%、輸入額の60%から70%が日本との取引となった。日本は工業製品を輸出しつつ台湾や朝鮮から食料を輸入し、のちに朝鮮を植民地化する[63]
  20. ^ アビジット・バナジーとラクシュミー・アイヤーの研究による。イギリスが導入した地税制度は3種類あり、地主ベースのザミーンダーリー制、小作農ベースのライーヤトワーリー制、村ベースのマハルワーリー制だった[65]
  21. ^ 国際連盟への不参加の他に、1924年移民法による移民制限、国外への投資の減少などにも孤立主義がみられた。アメリカ国内から見ると、貿易がGDPに占める割合は輸出5パーセント、輸入3.4パーセントと低かったことも理由だった[68]
  22. ^ 貿易の機会がなければ、各国は経済ナショナリズムや、より攻撃的な政策を選ぶとハルは考えた。自由貿易を平和と結びつけ、第二次大戦後のアメリカとイギリスによる自由貿易推進にも関与した[69]
  23. ^ 共和党が高関税による保護貿易政策を主張して企業の支持を失ったことも影響し、民主党のローズヴェルトは1936年の大統領選挙で再選した[72]
  24. ^ 自由貿易を進めるにはヨーロッパ諸国の戦後復興が必要だったため、アメリカはマーシャル・プランによる復興支援を行った[77]
  25. ^ ハリー・トルーマン政権は自由貿易の推進を意図したが、国内産業への影響を理由に議会から反対された。ITOの積極的な賛成者だった経済学者ケインズの死去やコーデル・ハル国務長官の辞任も影響した[80]
  26. ^ その後のドーハ・ラウンドは、それまでのラウンドで製造業の障壁が大幅になくなっていたことに加えて、残っていた農業に関する合意が取れず、事実上の停止となった[90]
  27. ^ IMF体制下の時代(1945年-1971年)と、金融のグローバル化が進んだ時代(1973年-1997年)を比較すると、後者で金融危機の発生が増大しており、年平均でみると新興国(3.80件)が先進国(1.76件)よりも多い[93]
  28. ^ 生産によって規模の経済を実現する[95]
  29. ^ リカードの比較優位(比較生産費説)に対して、アダム・スミスの説は絶対優位(絶対生産費説)と呼ばれる[31]
  30. ^ 物理学者のスタニスワフ・ウラムが、「社会科学分野の中で、真理であり、かつ自明ではない命題を教えてほしい」とポール・サミュエルソンに聞いた。サミュエルソンは比較優位を例に出し、これが論理的に正しいことは数学者の前で言うまでもなく、これが自明ではないことは何千人もの優秀な人間に説明しても理解できなかったことから確かめられると答えた[99]
  31. ^ 日本の外貨収入のうち朝鮮特需の割合は1951年に26.4%、1952年は36.8%、1953年は38.2%で外貨不足を補った。1966年には輸出増加額のうち80%近くがベトナム周辺地域とアメリカ向けとなった[108]
  32. ^ 1950年代までの中国はソヴィエト連邦(ソ連)をはじめとする社会主義国から技術援助を受け、貿易も行っていた。しかし1960年代にソ連と対立し、国内だけで経済発展を目指す自力更生の政策となる[112]
  33. ^ タイの伝統的な輸出品だった米は1990年には5%まで減少した[124]
  34. ^ 1991年までのインドは輸入関税が平均90%で最高300%と高く、輸出入には許可制をとっていた[129]
  35. ^ カリブ海諸国の額が大きいのはタックス・ヘイブンオフショア金融による直接投資が含まれているため[132]
  36. ^ 植民地時代の影響で国境線が入り組み、55カ国の中で総人口が2000万未満の国が40カ国、GDPが200億ドル以下が38カ国にのぼる[135]
  37. ^ 構造調整の手段には、(1) 政策条件、(2) 政策対話、(3) マクロ部門経済調査がある[140]
  38. ^ ナイジェリアのように政策が変化した国もあり、イブラヒム・ババンギダ政権は構造調整プログラムを事実上受け入れたが自由化政策は進まず、のちのムハンマド・ブハリ政権で保護主義的な政策がとられた[143]
  39. ^ 世界経済の政治的トリレンマのもとになった理論として国際金融のトリレンマがある。
  40. ^ 1930年初頭は大恐慌の時期にあたり、特にスムート・ホーリー関税法(1930年)でアメリカの関税率は39パーセントから59パーセントに急増した。経済学者1000名が、この法案について大統領は拒否権を行使するべきと勧告をしたが、ハーバート・フーヴァー大統領は採用しなかった[160]
  41. ^ 関税との違いは、政府歳入にならないという点にある[162]
  42. ^ 交易条件とは、輸出品の価格を輸入品で割った値を指す。この数値の上昇は輸出量に対して輸入量が増えることを表しており、交易条件の改善と呼び、その国の経済厚生が増えることになる[163]
  43. ^ 産業育成のために使われた輸入制限、為替レート統制、ローカルコンテンツ要求などはコストが高い。代替した輸入品と比べて生産費用が3倍以上の産業でも存続できるほど保護されていた国もあった[168]
  44. ^ 過去50年間のアメリカを例にとった場合、失業と輸入額は負の相関を示している[173]
  45. ^ ロナルド・レーガン政権はこの支援制度を削減し、民主党政権でも引き継がれた[175]
  46. ^ ペティア・トパロヴァ(Petia Topalova)の研究による。結果がストルパー=サミュエルソンの定理とは反対の現象を示したため、論争を呼んだ[177]
  47. ^ エリック・マスキンの研究による。この現象は特に輸出企業に当てはまる。メキシコの輸出企業の労働者は非輸出企業に比べて60%高い賃金、インドネシアでは外資系企業の社員は国産企業の社員より70%高い賃金を得ている[180]
  48. ^ 消費者は域外の安くて関税が高い輸入品ではなく、域内の高価な品を買わなければならない可能性がある[186]
  49. ^ 黒人は南北戦争では共和党を支持したが、のちの大恐慌で民主党のローズヴェルト政権が黒人の権利向上、連邦政府の黒人雇用、農業保障局の南部黒人への恩恵などを行ったために民主党支持へと変わっていく[191]

出典

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自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 16:28 UTC 版)

日本のTPP交渉及び諸議論」の記事における「自由貿易」の解説

川崎研一は「日本EPA議論活発になった背景世界的なFTA競争で出遅れ主要な輸出産業競争力の低下懸念されからである貿易自由化によって産業別勝ち組負け組の差はより大きくなる。農産物輸入増え国内での生産大きなマイナスになり、自動車輸出増え国内生産プラスになり、電気機械海外での現地生産増加することになる。貿易活発化するため、運輸流通商社含めた貿易関連する産業にとっては追い風になる。更に重要なのは『国を開く』というメッセージ海外に伝えることで、海外から資金や人を呼び込むことの方である」「貿易自由化する国々の間では貿易促進されるが、第3国にとっては自国との貿易その他の国々間に転換される可能性がある従って、この貿易促進効果貿易転換効果トレードオフの関係次第では、必ずしも貿易自由化参加国範囲広くなればなるほど経効果大きくなるとは言えない。それぞれの国にとってベスト地域的な枠組み存在する可能性示唆される点は、政策当事者にとっては重要な関心事となるだろう」と指摘している。 田中秀臣上武大学教授は「日本アメリカと比べて貿易自由度は高い。それは国際的な統計からも出ている。日本とっくに開国しており戦後ずっとその恩恵を受けている国である」と指摘している。 中野剛志は「『国を開く』という強い意志を示すメッセージ効果」があるとされるが、そのようなメッセージアピールすることは、TPP交渉における日本の選択の幅著しく狭めてしまうとしている。また、日本TPPルール作り主導的役割を果たすことができないため、日本の国的な影響力交渉力は全く強化されいどころか、TPP参加することで、EPAFTA交渉との矛盾生じてしまい、TPP以外の貿易交渉において、日本の交渉範囲狭め選択肢極端に減らしてしまい、むしろ日本の国的な影響力交渉力低下の方に向かうとしている。 中野TPPにおける経済産業省基本的な関心は、欧米中の市場において、韓国との競争勝ち残るということ一点集中しており、TPPとは韓国との国際競争に勝つための手段であるとしている。しかし、グローバル化した世界において、国際競争力には、関税よりも通貨影響大きく韓国企業国際競争力原因通貨にあるとしている。また、EUアメリカ不況深刻化長期化しており高い失業率需要縮小悩んでいるため、日韓ともに欧米市場輸出伸ばせない可能性十分にあるとしている。このような世界市場情勢の中で韓国輸出伸ばそう努力しているのは、韓国GDPの4割以上を輸出依存する外需依存国だからであるが、日本GDP占め輸出割合比率は2割にも満たないという内需大国であり、韓国とは事情異なるとしている。さらに、経済産業省見立てによれば日本TPPへの参加表明すれば、念願のEUとのFTA交渉への道ひらけるとし、TPPEUとのFTA交渉の手に過ぎないとしている。 ジョセフ・E・スティグリッツコロンビア大学教授は、東京都内での講演で「TPP期待するほど役に立たない、悪い影響をおよぼすかもしれない可能性もある。TPPのすべてが明らかになっているわけではないが、医療知財についても議論されており、イノベーション失われる危険性はらんでいる」と指摘している。 高橋洋一は「貿易自由化望ましいとの理論経済学の中で200年程度長い歴史実証されており、世界共有財産ともいえる英知である。貿易自由化によってマイナスはあるがプラスのほうが長期的に多いことがわかっている」「自由貿易でメリットを受ける輸出関係者消費者がいる一方でデメリットになるのが輸入品競合する国内生産者である。自由貿易の恩恵いうのは、このメリットデメリット上回る」「TPP不利益を受ける人は必ずいるそうした人に損をさせないように最大3兆円の所得移転をしても、国全体では3兆円のメリットがあるというのが、自由貿易である」と指摘している。 若田部昌澄は「市場の拡大望ましいのは、それによって多数派得をするからではなく少数派の損を上回るだけの得が発生するからである貿易自由化典型的なプラスサム世界である。厄介なのは、TPP推進派側にも、反対派側にかつての重商主義的な、あるいは戦略的通商政策的な、つまるところゼロサム的な世界観見え隠れすることである」と指摘している。 原田泰は「TPP参加するのは日本が自ら国を開き世界の中で重要な国であり続けることを宣言するものである」と指摘している。 伊東光晴京都大学名誉教授は「TPP交渉参加している10カ国は、地域的に拡散しており、産業特性制度伝統発展度合い所得異なっている。そんな中で、あらゆる規制をともにできない一律にしたら、世界先進国工業後進国農業だけになってしまうからである」と指摘している。 国際政治学者浅野貴昭は「TPP加盟によって農業のみならず医療金融通信政府調達等々分野が国競争さらされ海外からの単純労働流入によって雇用脅かされる上に社会としてのアイデンティティーすら危うくなる、と懸念する向きもある。それに対してTPPによって日本の医療体制崩壊したり、移民流入することなどありえず、そうした懸念こそ無知産物であるとして、賛成派反対派の声を退けるのだが、そうした懸念は、グローバル化が進む中での、国の医療システムビジネス環境食品安全人材活用といった諸分野将来像を問うでもある考えるべきである」「本来、通商貿易政策とは、国際社会との関係を取り結ぶための手段の一つである。グローバル化今や国際社会全体一定の方向押し流す潮流であり、日本だけがその流れから逃れることはできない市場自由化統合はもはや世界規模現象であり、少なくとも一律に国境周りに壁を積み上げるような措置だけで何かを守るようなことは難しいと認識すべきである」「自由貿易協定一義的には経済政策ありながらも、同時に外交ゲームの有力な手段であるこは否めないその点においては日本のTPP交渉参加をいかに積極的に主体的に位置付けることができるかが、今後交渉向けた重要な文脈となる」と指摘している。

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自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 03:20 UTC 版)

貿易史」の記事における「自由貿易」の解説

工業化植民地の拡大産業資本家商人投機家だけでなくイギリス国民支持され、自由貿易が推進された。東インド会社のような特権を持つ企業は、自由貿易を支持するアダム・スミスによって批判された。その一方他国からは、イギリスが自由貿易を進めるのは強い経済力背景とした利己的な政策であると批判された。また、イギリスいち早く工業化達成した地位を利用して他国搾取しているという意見存在したナポレオン戦争終わ1815年には、物流ではハンブルクロンドン競争でロンドン優位明らかとなり、金融ではアムステルダムロンドン競争でロンドン優位となったナポレオン戦争中は食料品値上がりをして地主利潤大きく戦後高値を保つために地主働きかけ穀物法制定されると、経済学者デイヴィッド・リカードはこの法律反対し、リチャード・コブデンジョン・ブライト反穀物法同盟運動を行う。やがて穀物法航海条例など保護貿易のための法律廃止された。1860年には、イギリスフランスの2国間通商条約としてコブデンシュヴァリエ条約英語版)が結ばれる大陸ヨーロッパでは自由貿易がイギリス利益を与えるものと考えられたが、実際には大陸からのイギリスへ工業製品輸出増加しており、イギリス貿易赤字となっていた。イギリス赤字は、植民地インドによってまかなわれた。

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自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/28 09:07 UTC 版)

英米関係」の記事における「自由貿易」の解説

イギリスは、主な競合国であるアメリカドイツが(カナダがしたように)高い関税変更したでも、自由貿易政策堅持していた。 アメリカ重工業イギリスよりも速く成長し1890年代にはイギリス製機械その他製品世界市場から押し出されていた。ロンドンはしかしながら、その投資の多くアメリカの鉄道向けられていたとはいえ世界金融中心地であり続けたアメリカ側国際海運保険面でイギリスにだいぶ遅れをとっていた。 イギリス国内市場へアメリカ経済の「侵略」には対処求められた関税は、盛んに検討が行われたものの、1930年代まで課されなかった。そのため、イギリス事業者はその市場失ったり或いは再考して業務近代化せざるを得なくなった。製靴産業アメリカ製履物輸入増加直面しアメリカ人製靴機械の市場引き継いだイギリスの企業はこの競争で肩を並べ必要があることを理解し仕事の伝統的なやり方労働力活用労使関係再検討し流行需要という観点から靴を販売する方法再考することとなった

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自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 05:56 UTC 版)

イギリスの欧州連合離脱」の記事における「自由貿易」の解説

ロンドン市長ボリス・ジョンソンは、EU離脱により英国貿易優位性高まると主張した。「わたしたち恐れなければならないのは、恐怖そのものだけだ。大きなチャンスがあると思う。自由貿易をしましょうわたし達自身信じましょう」と彼は訴えた離脱派は、離脱英国ヨーロッパその他の国々と新らたな貿易協定発展させることにつながると主張するVote Leaveは、EU加盟下において英国が「自分自身貿易取引交渉する」ことを許されていないとした。 「英国は現在、カナダオーストラリアニュージーランドアメリカなどの主要同盟国、あるいはインド中国ブラジルなどの重要な成長国との間で貿易協定結んでいない。(現状では英国にとって最善の取引をする代わりに他の27ヶ国合意するのを待たなければならない」 さらに「EU外では、英国世界貿易機関での独立した発言権を持つだろう」と同組織は付け加えた

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自由貿易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:51 UTC 版)

日米修好通商条約」の記事における「自由貿易」の解説

自由貿易は第3条定められているが、ハリスにとっては最重要の項目であった草案では専売制度倹約令撤廃求めていた何れも内政干渉に近いとされたためか、条約には含まれなかった)。幕府急激な貿易の拡大国内混乱を招くとして、日蘭追加条約準じた内容希望したが、ハリスはこれを拒否し最終的には幕府も自由貿易を認めた幕府側から希望で、軍需品幕府にのみ販売すること、日本からの米・麦輸出行わないこと、余剰がある場合幕府支払いとしての輸出できることが加えられた。第4条では阿片禁輸定められているが、これはハリスの方から申し入れたものである

※この「自由貿易」の解説は、「日米修好通商条約」の解説の一部です。
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自由貿易

出典:『Wiktionary』 (2021/06/19 00:03 UTC 版)

名詞

  貿 じゆうぼうえき

  1. (経済) 外国との貿易行なうに、政府制約なしに自由貿易できること。

発音(?)

じ↗ゆーぼ↘ーえき

翻訳


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