summit
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「summit」の意味
「summit」とは、山の頂上や最高峰を指す言葉である。また、政治や経済などの分野において、最高レベルの会議や首脳会談を意味することもある。このような会議では、国家元首や政府首脳が集まり、重要な問題について議論を行う。「summit」の発音・読み方
「summit」の発音は、IPA表記では /ˈsʌmɪt/ であり、カタカナでは「サミット」と表記される。日本人が発音するカタカナ英語では「サミット」と読む。「summit」の定義を英語で解説
Summit is defined as the highest point of a hill or mountain, or a meeting between leaders of countries or organizations to discuss important issues. In the context of meetings, it usually refers to gatherings of heads of state or government leaders to address significant matters.「summit」の類語
「summit」の類語としては、以下の言葉が挙げられる。山の頂上を指す言葉
peak, pinnacle, apex, crest, top会議や首脳会談を指す言葉
conference, meeting, convention, assembly, gathering「summit」に関連する用語・表現
「summit」に関連する用語や表現には、以下のようなものがある。山に関連する用語
mountain range, foothills, base, slope, altitude会議に関連する用語
agenda, negotiation, resolution, consensus, delegate「summit」の例文
1. The climbers reached the summit of Mount Everest.(登山家たちはエベレストの頂上に到達した。) 2. The G20 summit was held in Osaka, Japan.(G20サミットは日本の大阪で開催された。) 3. The summit offers a breathtaking view of the surrounding landscape.(その頂上からは周囲の景色が息をのむほど美しい。) 4. The leaders discussed climate change at the summit.(首脳たちはサミットで気候変動について議論した。) 5. The hikers were exhausted but satisfied when they reached the summit.(ハイカーたちは疲れ果てていたが、頂上に到達したときには満足していた。) 6. The summit meeting aimed to promote international cooperation.(サミット会議は国際協力の促進を目指していた。) 7. The snow-covered summit of the mountain glistened in the sunlight.(山の雪に覆われた頂上は日光できらめいていた。) 8. The summit focused on economic growth and sustainable development.(サミットは経済成長と持続可能な開発に焦点を当てた。) 9. The climbers began their descent from the summit.(登山家たちは頂上からの下山を始めた。) 10. The summit was an opportunity for leaders to exchange ideas and opinions.(サミットは首脳たちが意見や考えを交換する機会だった。)サミット
サミットとは、一般的には「先進国首脳会議」(主要国首脳会議)の通称である。日本を含む先進諸国の首脳が一堂に会して諸々の国際的課題について協議する国際会議である。
国家間の会議に限らず、企業や業界を代表する人物が集って意見を交わす催しなどを「サミット」と呼ぶ場合もある。
【サミットの語源】
サミット(summit)はもともと英語で「頂上」を意味する一般名詞である。山頂、あるいは、山頂になぞらえられる「頂点」を指す意味で用いられる。国家の最高権力者(首脳)という意味でも用いられる。転じて国際的な首脳会談をサミットという。なお英語にもsummitの語そのものに「首脳会談」を指す意味合いがある。
サミットには、日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、およびEU(欧州連合)が参加している。当初はロシアも参加していたが2014年以降は参加していない。
ロシアを含む8カ国(とEU)でサミットが開催されていた頃はサミットは「G8サミット」あるいは単に「G8」と呼ばれることもあった。ロシアが抜けて7カ国(とEU)となってからは「G7サミット」あるいは「G7」と呼ばれることがある。
【サミットの用例】
・サミットは毎年開催されている
・2008年には北海道の洞爺湖町でサミットが開かされた
【サミットの類語】
英語のsummit(サミット)は「頂上」という意味ではtop(トップ)とも言い換えられる場合が多いが、summitは特に「登頂する」「到達する」「上り詰める」という過程の存在が念頭に置かれたニュアンスで用いられることが多い。
【サミットの関連語】
「デジタルサミット」はいわゆるデジタル産業の現在や将来について論議協議する催しの名称である。日本では総務省および日経新聞社が「世界デジタルサミット」を開催している。国外ではTechMedia, LLC が「DigitalSummit」を開催している。
「投資サミット」は投資家および投資を検討している企業などに対して投資の勧誘・プロモーションを行うために催されるイベントの呼び名として用いられることが多い。代表的な例としては「セレクトUSA対米投資サミット」などが挙げられる。
サミット【summit】
読み方:さみっと
《頂上の意》
1 主要国首脳会議。世界の主要国の首脳が集まり、国際社会が直面するさまざまな課題について意見交換を行う、非公式の国際会議。米国・英国・フランス・ドイツ・イタリア・カナダ・日本の政府の長(首相または大統領)と欧州理事会議長・欧州委員会委員長が参加(ロシアは2014年から参加資格停止中)。各国の持ち回りで、毎年5〜7月頃に開催される。主要7か国首脳会議主要/主要8か国首脳会議。G7(ジーセブン)/G8(ジーエイト)。G7サミット/G8サミット。→シェルパ2
[補説] 1は、1975年に米国・英国・フランス・ドイツ(当時は西ドイツ)・イタリア・日本の6か国(G6)による会議としてフランスのランブイエ城で初めて開催された。1976年にカナダが加わってG7となり、1977年から欧州委員会委員長と欧州理事会議長が参加するようになった。ロシアが加わり1998年からG8となるが、2014年に同国がクリミアを併合するなどウクライナの主権と領土を侵害したことから資格停止。以降、G7として開催されている。
サミット(さみっと)
主な先進国のリーダーが集まって、政治や経済に関する国際的な課題について話し合う場となっている。そのため、主要国首脳会議ともいう。今年は、イタリアのジェノバで開かれる。
サミットに参加するのは、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、ロシアの8か国で、各国の首相や大統領をはじめ、財務大臣や外務大臣といった関係閣僚も参加する。財政を担当する各国の大臣が集まる財務相会議、外交を担当する各国の大臣が集まる外相会議などを経て、首相や大統領が参加する首脳会議が行われる。
サミットは、1975年にフランスのランブイエで初めて開催された。その後、参加国の持ち回りで毎年開催され、1976年からカナダ、1997年からロシアが正式に参加するようになった。
2000年の開催国にあたった日本は、閣僚会議を九州で、首脳会議を沖縄で行った。九州・沖縄サミットでは、IT(情報通信技術)を世界的に普及させることを目指した「沖縄IT憲章」を採択している。
今回のジェノバ・サミットでは、途上国のIT化を推進する「e開発資源ネットワーク」を来年1月までに創設することを定めた「ジェノバ行動計画」を共同宣言に盛り込む予定だ。
(2001.07.19更新)
サミット

各国が持ち回りで開催する仕組みで、日本では79年の第5回会合をはじめ、86年の第12回会合、93年の第19回会合、2000年の第26回会合、そして今年の第34回会合(7月7~9日、北海道洞爺湖)が開催されました。第26回は沖縄などで開かれましたが、その他の3回はいずれも東京での開催でした。
そもそも経済問題を首脳同士が討議する目的でスタートしましたが、1980年代は政治問題が扱われることが多くなりました。東西冷戦の終結に伴って、再び経済問題に主眼が置かれるようになり、近年は産業界からの要望を反映したテーマ設定も多くなっています。
欧米各国は地理的にも近く、隣人同士という関係にあり、首脳が集まる会合も年に一度ではありません。しかし、アジアの雄・日本にとって首脳が一堂に会する会合は貴重で、そこに参加する首相にとっては存在感を示す絶好のチャンスといえます。会合でのテーマはその年によって大きく異なり、昨年と今年は環境問題がメインテーマとなり、今回は「2050年までに世界の温暖化ガスの排出を半減する長期目標を世界全体で共有する」との首脳宣言を取りまとめました。産業界では、低炭素社会を実現するために、技術力を生かしたクリーンエネルギーの開発・普及や、工場・オフィス・物流でのCO2排出量削減などを積極的に進めています。
環境問題は主要国の努力だけでは解決が難しいことから、今年の会合にはG8に加えて、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの首脳も参加して、温室効果ガスの削減問題などを話し合いました。このため、フランスなどが今後はG8を拡大して、サミットを開催すべきだと主張するなど、近い将来、サミットの開催形態が変化するかもしれません。
(写真は迎賓館。79年の東京サミットの会場となりました)
(掲載日:2008/07/18)
主要国首脳会議(サミット)

1975年にフランスの提唱で始まった国際会議で現在は日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシアの8カ国の首脳と欧州連合(EU)の委員長が参加します。今年は6月6日から8日までドイツ北部の保養地、ハイリゲンダムで開催されました。
政治や経済などさまざまなテーマについて討議するサミットですが、今回のハイリゲンダム・サミットでは地球温暖化問題が大きなテーマとなりました。温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出増が続く中、世界が早急に対策を講じなければ、その悪影響はさまざまな分野に広がるとの専門家による最新報告が公表されたためです。
ただ、各国とも温暖化問題の重要性では認識が一致しているものの、実際にどう対策に取り組むかとなると考え方はさまざま。そこで今回のサミットでは、まず世界全体が目指す目標作りが議論の中心となりました。
交渉の結果、8カ国は「2050年までに地球規模での温室効果ガスの排出を少なくとも半減させることを真剣に検討する」との内容で合意に至りました。温暖化防止へ向けた貴重な一歩ですが各国はこの長期目標の実現へ今後、大変な努力が求められます。
08年のサミットは北海道の洞爺湖町で開催予定。温暖化問題は引き続き主要議題となることは確実で日本のリーダーシップが注目されます。
(掲載日:2007/06/11)
サミット
主要国首脳会議
(サミット から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/11 16:02 UTC 版)
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イタリア、プッリャ州ボルゴ・イグナツィア (ファザーノ)での第50回主要国首脳会議のワーキングセッションにおけるG7リーダーたち
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設立 |
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設立者 |
ライブラリー・グループ:
第1回G6サミット:
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設立地 | |
種類 | 政府間組織 |
目的 | 政治・経済に関する国際会議 |
かつての呼び名
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主要国首脳会議(しゅようこくしゅのうかいぎ)もしくは先進国首脳会議(せんしんこくしゅのうかいぎ)は、7か国による国際会議である。サミット(首脳の地位を山頂に擬えたもの)とも呼ばれる。
世界の7大経済大国であった日本、アメリカ、カナダ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア及び欧州連合(EU)で構成され[注釈 1][1][2][3][4]、メンバーは世界最大の国際通貨基金(IMF)の先進国であり、“最も裕福な自由民主主義国であり、グループは多元主義と代議制政府、多様性や移民受け入れという共通の価値観に基づいて公式に組織されている”(IMF談)[5][6]。2018年の時点で、G7は世界の純資産(317兆ドル)の60%近くを占め[7]、世界のGDPの32-46%を占める。また世界人口の10%に当たる約7億7000万人を占める[8]。メンバーはいずれも世界的な大国であり、経済、軍事、外交面で緊密な関係を保っている[2][9]。
法的・制度的な基盤を持たないものの、国際的に大きな影響力を持っている[10][11]と考えられており、HIV/AIDS対策、途上国への資金援助、2015年のパリ協定による気候変動[12]への対応など、いくつかの主要な世界的取り組みのきっかけとなったり、先導したりしている[10][13][14][15][16]。
G7[注釈 2]は、Group of Seven(グループ・オブ・セブン)の略で、主要7か国首脳会議、先進7か国首脳会議ともいう。
概説
上記の首脳およびEUの大統領と委員長が年に1度集まり、国際的な政治的・経済的課題について議論する会合である(その他の国の首脳や国際機関の代表も例外的に出席することがある)。また、それに合わせて数多くの下部会議や政策検討も行われる。

当初、日本[17]、アメリカ、フランス、イギリス、西ドイツの5か国が参加するG5として発足。1975年にイタリアが参加し第1回先進国首脳会議が開催されG6となる。その後1976年にカナダが加わり第2回先進国首脳会議が開催されG7となった。現在では首脳や各閣僚による会合は全てG7の枠組みとなっている。カナダ以外の6か国は20世紀前半までの帝国主義時代における列強にあたる[18][19]。
その後、1998年サミットからロシアが参加しG8となり、主要8か国首脳会議などと呼ばれていた[20][21]。なお、ロシアの参加によって首脳会議や閣僚会合がG8という枠組みとなっていた時代においても、財務相・中央銀行総裁会議に関してはG7の枠組みで活動していた。しかし、2014年のロシアによるクリミア併合でロシアはその参加資格を停止[注釈 3]され(後述)、その後も復帰の目処がたたず事実上G7に戻った。
経緯
発足時の名称は「先進国首脳会議」。
冷戦下の1973年の石油危機と、それに続く世界不況に起源を持つ。1973年3月25日、この不況を憂慮した米財務長官のジョージ・シュルツは、将来の経済的課題を討議する会議を模索するため、フランス・イギリス・西ドイツからそれぞれ財務相(ヘルムート・シュミット、ヴァレリー・ジスカールデスタン、アンソニー・バーバー)を招集し、ワシントンD.C.で非公式の会合を行った[22]。この時、米大統領のニクソンは会場としてホワイトハウスを提供し、会合が地階の図書室で開催されたことから、この4か国は「ライブラリーグループ」と呼ばれた[23]。現在のG7財務相・中央銀行総裁会議の前身である。同年秋に開かれたIMFと世界銀行の年次総会の際に行われた非公式会合の場で、シュルツは先の4か国に日本を加えることを提唱し、合意された[22]。
1975年、フランスで大統領となったジスカール・デスタンは、ライブラリーグループのメンバーに日本を加えた“工業化された4つの主要民主主義国”の首脳をフランスのランブイエに招待し、フランスを含めて5か国で初めての首脳会議を開き、定期的に首脳会議を持つことを提案した。このときの出席者は、主催国(議長国)を持ち回りで交代しつつ年に1回会議を持つことに合意した。こうしていわゆる「G5」が構想された[24]。しかし、これに対して伊首相のアルド・モロが参加を強く主張し、最終的にイタリアも正式に加えられることとなり、会議は6か国による「G6」として開催された。
翌年のプエルトリコの首都・サンフアンでのサミットで米大統領のジェラルド・フォードの要請によりカナダが参加し「G7」となる。
冷戦の終結に続く1991年の第17回先進国首脳会議(ロンドン・サミット)終了後、旧東側諸国の盟主で、かつてはG7諸国と対立していたソ連(現ロシア)とサミットの枠外で会合を行うようになった。ロシアは1994年のナポリ会合以降は首脳会議のうち政治討議に参加するようになり、1997年のデンバー会議以降は「世界経済」「金融」などの一部セッションを除き基本的に全ての日程に参加することになった。1998年のバーミンガム会議以降は従来の「G7サミット」に代わり「G8サミット」という呼称が用いられるようになった。さらに2003年のエビアン・サミット以降、ロシアは「世界経済」に関するセッションを含め完全に全ての日程に参加するようになった。一方ロシアは経済力が大きくないなどの理由により、7か国財務相・中央銀行総裁会議には完全参加していなかった。
ロシアの参加には米大統領ビル・クリントンの示唆などもあった。ロシアは加入当初は経済破綻で貧困状態であったために先進国とは言い難く、一人当たり名目GDPも1999年には1334ドルに過ぎない発展途上国状態であった。このころ、名称が「先進国首脳会議」から「主要国首脳会議」に変更された。
他方、2005年2月18日、米上院議員のジョー・リーバーマンとジョン・マケインが露大統領のウラジーミル・プーチンによって民主的・政治的自由が確保されるまではG8への参加を見合わせるようにロシアに呼びかけるなどの動きもあった。
国連総会などの外交官レベルの会議に比べ、主要各国の首脳会議であるサミットは決断力・実行力に格段の優位性をもつほか、拒否権のような制度的問題がなく、国連を補完する一定の役割も果たしている。
2014年3月25日にオランダのハーグで開かれた核セキュリティーサミットとあわせ、臨時のG7サミットが開かれた。その議場において、ロシアのウクライナに対する軍事介入やクリミア半島併合などを非難したG7の首脳陣は、2014年6月にロシア・ソチで行われる予定だったG8サミットを中止し、会場をベルギーのブリュッセルに変更する決定をした。また同会議において、「ロシアが態度を改め、G8において意味ある議論を行う環境に戻るまで、G8への参加を停止する」という内容のハーグ宣言[25]を発表した。
メンバー国と招待国
国連や世界銀行のような国際機関とは異なり、条約に基づくものではなく、常設の事務局やオフィスはなく、議長国は加盟国の間で毎年交代し、議長国はグループの優先事項を決定し、主要国首脳会議(サミット)を開催する。サミットの新たなメンバー国を増やすには、全参加国の支持が必要となる。一方、招待国は議長国に権限が与えられている[26]。またメンバー国の間で毎年順番にグループの議長国が回り、新しい議長国は1月1日から担当が始まると考えられている。議長国は一連の閣僚級会議を主催し、続いて年の中頃に3日間の首脳によるサミットを行う。また、出席者の安全を確保するのも議長国の役割である。
閣僚級会議は健康・法務・労働を担当する閣僚が集まり、相互のまたは全地球的な問題について議論する。これらのうち最もよく知られたものはG7外相会合、G7財務相会合などがある。1994年にはG7の後援の下で、情報化社会の実現に関する特別プログラムが設立された。
G7サミット国や招待国以外でも、特定の分野で参加することができる。例えば2005年6月には、G8は幼児性愛者に関する国際的データベースを立ち上げることに同意され設置されたが、G8以外の国もこのデータベースに参加することができる。またG8は、各国のプライバシーと保安にかかる法律の範囲内でテロリズムに関するデータを集積することにも同意した。同時にG8構成国、およびインド、中国、ブラジル(発展途上国で最大の地球温暖化ガスの排出国)の国際科学アカデミーが気候変動に関する共同声明に署名した。この声明は気候変動についての科学的理解はいまや各国が即座に対策を執るには十分に明らかになっており、IPCCの統一見解を明示的に支持するということを強調している。
議論

近年はインドや中国などの新興国の急速な経済発展の反面G7の経済力と影響力低下[27][28][29]に伴い、世界経済に関してはG7にEUとロシアおよび新興経済国11か国を加えたG20の枠組みで議論される事が多くなっている[30][31][32]。
2010年2月5日から6日まで2日間の日程でカナダのイカルイトで開幕したG7の財務相・中央銀行総裁会議では、世界経済の現状について意見交換する夕食会の後、膝詰めで話し合う「炉端対話」が行われ、仏財務相のクリスティーヌ・ラガルドからG7の今後のあり方が提案されたが結論は出ず、継続議論となった。日本からは財務大臣の菅直人と日銀総裁の白川方明が出席した[33]。
2015年には、中国の海洋進出やロシアによるクリミア併合などを受けて、法の支配や普遍的価値を共有することでG7の結束を高めるとされた[34]。2016年5月31日、外務大臣の岸田文雄(当時)は、記者会見で「G20の台頭」に対して、「G7は特に、自由、民主主義、法の支配、人権と言った基本的な価値観を共有する主要国の枠組みだと思います。」「国際社会が経済も含めて不透明化する中にあって、この枠組の意義、存在感は益々高まっていくのではないか、このように認識しております。」(一部抜粋)と語った[35]。
2020年6月、同年の開催国にあたる米国大統領のドナルド・トランプはG7の枠組みにオーストラリア、インド、ロシア、韓国を加えてG10またはG11に拡大する意向を示した。新型コロナウイルスの流行を背景に「対中包囲網」という意識もあると見られる[独自研究?]。ただし、全G7諸国の承認が条件でありカナダとイギリスはロシアの参加に反対し、ロシアも中国排除の仕組みに意味がないと難色を示した[36][37][38]。韓国に関しては日本政府からも北朝鮮問題を理由に参加を拒否された[39][40][41]。また、EU外相のジョセップ・ボレルは「トランプにG7の枠組みを変える権限など一切ない。」と痛烈に批判[42][43]している。7月27日には、ドイツもG7の拡大を批判した[44]。2021年、日本政府はG7の拡大に反対すると正式に表明した[45]。
2022年は、ロシアによるウクライナ侵略への対応を目的とし、ウクライナへの支援とロシアに対する経済制裁の議論が活発化したが[46]、グローバルサウス諸国を巻き込むことができず、G7の地位低下が浮き彫りとなった[47]。
2025年のサミットでは、イスラエルによるイラン核施設攻撃を巡り、イスラエルの自衛権を認めイランを敵視する声明を出した。これはイランと伝統的に関係の深い日本の基本方針と異なる。石破茂首相はサミット直前にイスラエルの攻撃を非難したばかりだった[48]。
先進国・主要国首脳会議の一覧
以前は、サミット参加7か国の間でフランス、アメリカ、イギリス、ドイツ(旧西ドイツ)、日本、イタリア、カナダの順で毎年持ち回り開催されてきた。ロシアが参加するようになってからはイギリスの次にロシアが入り、8か国持ち回りになった。前半3か国が国連安保理の常任理事国であり、後半4か国はそうではない。
1990年代までは開催国の首都などの大都市での開催が多かったが、1990年代末になると反グローバリズム・アルテルモンディアリスム団体の抵抗運動によるデモ活動が頻発。特に2001年のジェノヴァでは大規模なデモに見舞われたことから、以降、警備のしやすい地方都市、保養地での開催が多くなっている。
回 | 年月日 | ホスト国 | 開催地 | 備考 |
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1 | 1975年11月15日 - 17日 | ![]() |
ランブイエ | カナダ・ロシア(当時はソ連)を除く6か国(日米とヨーロッパの西側4か国)で開催 |
2 | 1976年6月27日・28日 | ![]() |
サンフアン | カナダが参加し「G7」形成 |
3 | 1977年5月7日・8日 | ![]() |
ロンドン | |
4 | 1978年7月16日・17日 | ![]() |
ボン | |
5 | 1979年6月28日・29日 | ![]() |
東京 | |
6 | 1980年6月22日・23日 | ![]() |
ヴェネツィア | 日本は首相の大平正芳が衆参同日選挙中に急死したため、外相の大来佐武郎が代理出席 |
7 | 1981年7月20日・21日 | ![]() |
オタワ | |
8 | 1982年6月4日 - 6日 | ![]() |
ヴェルサイユ | |
9 | 1983年5月28日 - 30日 | ![]() |
ウィリアムズバーグ | |
10 | 1984年6月7日 - 9日 | ![]() |
ロンドン | |
11 | 1985年5月2日 - 4日 | ![]() |
ボン | |
12 | 1986年5月4日 - 6日 | ![]() |
東京 | |
13 | 1987年6月8日 - 10日 | ![]() |
ヴェネツィア | |
14 | 1988年6月19日 - 21日 | ![]() |
トロント | |
15 | 1989年7月14日 - 16日 | ![]() |
ラ・デファンス | 「アルシュ・サミット」と呼ばれる。フランス革命200年祭(パリ祭)に合わせて開催。 |
16 | 1990年7月9日 - 11日 | ![]() |
ヒューストン | |
17 | 1991年7月15日 - 17日 | ![]() |
ロンドン | ドイツは再統一後の初の参加。 |
18 | 1992年7月6日 - 8日 | ![]() |
ミュンヘン | |
19 | 1993年7月7日 - 9日 | ![]() |
東京 | |
20 | 1994年7月8日 - 10日 | ![]() |
ナポリ | 社会党所属の内閣総理大臣である村山富市が出席。現地での飲食で体調不良となる。 |
21 | 1995年6月15日 - 17日 | ![]() |
ハリファックス | |
- | 1996年4月19日・20日 | ![]() |
モスクワ | 核の安全のための特別サミット(※非公式) |
22 | 1996年6月27日 - 29日 | ![]() |
リヨン | |
23 | 1997年6月20日 - 22日 | ![]() |
デンバー | |
24 | 1998年5月15日 - 17日 | ![]() |
バーミンガム | 初のG8公式サミットかつ、イギリス初の地方開催サミット。先進国とは言い難い状態だったロシアが加わった ため「先進国首脳会議」から「主要国首脳会議」に改称。[要検証 ] |
25 | 1999年6月18日 - 20日 | ![]() |
ケルン | |
26 | 2000年7月21日 - 23日 | ![]() |
名護市 | 通称「九州・沖縄サミット」。日本初の地方開催サミット |
27 | 2001年7月20日 - 22日 | ![]() |
ジェノヴァ | |
28 | 2002年6月26日・27日 | ![]() |
カナナスキス | |
29 | 2003年6月2日・3日 | ![]() |
エビアン | |
30 | 2004年6月8日 - 10日 | ![]() |
シーアイランド | |
31 | 2005年7月6日 - 8日 | ![]() |
グレンイーグルズ | ロンドン同時爆破事件が起こり、予定が大幅変更に |
32 | 2006年7月15日 - 17日 | ![]() |
サンクトペテルブルク | ロシアで初開催 |
33 | 2007年6月6日 - 8日 | ![]() |
ハイリゲンダム | |
34 | 2008年7月7日 - 9日 | ![]() |
洞爺湖町 | 通称「北海道・洞爺湖サミット」 |
35 | 2009年7月8日 - 10日 | ![]() |
ラクイラ | 2009年4月6日のラクイラ地震で被災したため、国際的な被災地支援を狙い、開催地をラ・マッダレーナから急遽ラクイラに変更 |
36 | 2010年6月25日 - 27日 | ![]() |
ハンツビル | G8に続き、G20(20か国地域首脳会議)も同地で開催された。ハンツビルのある地域にちなみ「ムスコカサミット」とも呼ばれる。 |
37 | 2011年5月26日・27日 | ![]() |
ドーヴィル | |
38 | 2012年5月18日・19日 | ![]() |
キャンプデービッド | |
39 | 2013年6月17日・18日 | ![]() |
ロック・アーン | |
- | 2014年3月24日 | ![]() |
デン・ハーグ | 核セキュリティ・サミット開催と同時にロシアによるクリミア併合に関しての緊急開催。ロシアの参加資格停止が決定。 |
40 | 2014年6月4日・5日 | ![]() |
ブリュッセル | ロシア・ソチで開催予定であったが、ロシアが参加資格停止となったので代替地で開催。G8からG7に戻った最初の公式サミット。 |
41 | 2015年6月7日・8日 | ![]() |
エルマウ | |
42 | 2016年5月26日・27日 | ![]() |
志摩市 | 通称「伊勢志摩サミット」 |
43 | 2017年5月26日・27日 | ![]() |
タオルミーナ | |
44 | 2018年6月8日・9日 | ![]() |
シャルルボワ | |
45 | 2019年8月24日 - 26日 | ![]() |
ビアリッツ | |
46 | 2020年6月10日 - 12日(中止)[49] | ![]() |
キャンプデービッド | 6月に行われるはずだったが、新型コロナウイルスの世界的大流行のため延期となった[50]。その後、ワシントン近郊での開催を検討[51]されたが実現出来ず、11月、アメリカの政権交代(ドナルド・トランプ→ジョー・バイデン)が確実となり、また新型コロナウイルスの蔓延も収まらず結局開催されなかった。これは1975年に「G6」として開催されて以来初の事態[52]。 |
47 | 2021年6月11日 - 13日[53] | ![]() |
コーンウォール・カービス湾 | |
- | 2022年3月24日 | ![]() |
ブリュッセル | ロシアによるウクライナ侵攻に関しての緊急開催 |
48 | 2022年6月26日 - 28日 | ![]() |
エルマウ | |
49 | 2023年5月19日 - 21日 | ![]() |
広島市 | 通称「広島サミット」 |
50 | 2024年6月13日 - 15日 | ![]() |
ファザーノ | |
51 | 2025年6月15日 - 17日 | ![]() |
カナナスキス | |
52 | 2026年6月 | ![]() |
エビアン |
出席者
G7(G8)リーダー

第1回は日本、アメリカ、フランス、イギリス、西ドイツ、イタリアの6か国首脳によるG6、第2回から第23回までは6か国にカナダを加えたG7[注釈 4]、第24回から第39回までは7か国にロシアを加えたG8。西ドイツは1990年にドイツ再統一が起こったため、第17回からは統一ドイツとして出席している。
1998年から2013年まで、G8は以下の8名で構成された。
日本国内閣総理大臣
アメリカ合衆国大統領
カナダ首相
フランス共和国大統領
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国首相兼第一大蔵卿兼国家公務員担当大臣
ドイツ連邦共和国連邦首相
イタリア共和国閣僚評議会議長
ロシア連邦大統領(2014年参加資格停止)
2014年のロシアによるクリミア侵攻をもってロシアが参加資格停止となったので、それ以降はG7に戻って今日に至っている。
なお第6回(1980年)のみ日本からは外務大臣の大来佐武郎が出席した。サミット直前に内閣総理大臣の大平正芳が急死し、大平の後継総理は第36回衆議院議員総選挙、第12回参議院議員通常選挙の衆参同日選挙が終了するまで決定されなかったためである(鈴木善幸が就任するまで、内閣官房長官の伊藤正義が内閣総理大臣臨時代理を務めた)。
歴代出席者の一覧
太字は議長国の首脳。[54]
回 | 開催年 | ![]() |
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---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1975年 | 三木 | フォード | - | ジスカールデスタン | ウィルソン | シュミット | モロ | - |
2 | 1976年 | 三木 | フォード | P・トルドー | ジスカールデスタン | キャラハン | シュミット | モロ | - |
3 | 1977年 | 福田赳 | カーター | P・トルドー | ジスカールデスタン | キャラハン | シュミット | アンドレオッティ | - |
4 | 1978年 | 福田赳 | カーター | P・トルドー | ジスカールデスタン | キャラハン | シュミット | アンドレオッティ | - |
5 | 1979年 | 大平 | カーター | クラーク | ジスカールデスタン | サッチャー | シュミット | アンドレオッティ | - |
6 | 1980年 | 大来(外相) | カーター | P・トルドー | ジスカールデスタン | サッチャー | シュミット | コシガ | - |
7 | 1981年 | 鈴木 | レーガン | P・トルドー | ミッテラン | サッチャー | シュミット | スパドリーニ | - |
8 | 1982年 | 鈴木 | レーガン | P・トルドー | ミッテラン | サッチャー | シュミット | スパドリーニ | - |
9 | 1983年 | 中曽根 | レーガン | P・トルドー | ミッテラン | サッチャー | コール | ファンファーニ | - |
10 | 1984年 | 中曽根 | レーガン | P・トルドー | ミッテラン | サッチャー | コール | クラクシ | - |
11 | 1985年 | 中曽根 | レーガン | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | クラクシ | - |
12 | 1986年 | 中曽根 | レーガン | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | クラクシ | - |
13 | 1987年 | 中曽根 | レーガン | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | ファンファーニ | - |
14 | 1988年 | 竹下 | レーガン | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | デミータ | - |
15 | 1989年 | 宇野 | ブッシュ(41代) | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | デミータ | - |
16 | 1990年 | 海部 | ブッシュ(41代) | マルルーニー | ミッテラン | サッチャー | コール | アンドレオッティ | - |
17 | 1991年 | 海部 | ブッシュ(41代) | マルルーニー | ミッテラン | メージャー | コール | アンドレオッティ | ゴルバチョフ(ソ連大統領・ゲスト参加) |
18 | 1992年 | 宮澤 | ブッシュ(41代) | マルルーニー | ミッテラン | メージャー | コール | アマート | - |
19 | 1993年 | 宮澤 | クリントン | キャンベル | ミッテラン | メージャー | コール | チャンピ | - |
20 | 1994年 | 村山 | クリントン | クレティエン | ミッテラン | メージャー | コール | ベルルスコーニ | - |
21 | 1995年 | 村山 | クリントン | クレティエン | シラク | メージャー | コール | ディーニ | - |
22 | 1996年 | 橋本 | クリントン | クレティエン | シラク | メージャー | コール | プローディ | - |
23 | 1997年 | 橋本 | クリントン | クレティエン | シラク | ブレア | コール | プローディ | エリツィン |
24 | 1998年 | 橋本 | クリントン | クレティエン | シラク | ブレア | コール | プローディ | エリツィン |
25 | 1999年 | 小渕 | クリントン | クレティエン | シラク | ブレア | シュレーダー | ダレマ | エリツィン |
26 | 2000年 | 森 | クリントン | クレティエン | シラク | ブレア | シュレーダー | アマート | プーチン |
27 | 2001年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | クレティエン | シラク | ブレア | シュレーダー | ベルルスコーニ | プーチン |
28 | 2002年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | クレティエン | シラク | ブレア | シュレーダー | ベルルスコーニ | プーチン |
29 | 2003年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | クレティエン | シラク | ブレア | シュレーダー | ベルルスコーニ | プーチン |
30 | 2004年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | マーティン | シラク | ブレア | シュレーダー | ベルルスコーニ | プーチン |
31 | 2005年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | マーティン | シラク | ブレア | シュレーダー | ベルルスコーニ | プーチン |
32 | 2006年 | 小泉 | ブッシュ(43代) | ハーパー | シラク | ブレア | メルケル | プローディ | プーチン |
33 | 2007年 | 安倍 | ブッシュ(43代) | ハーパー | サルコジ | ブレア | メルケル | プローディ | プーチン |
34 | 2008年 | 福田康 | ブッシュ(43代) | ハーパー | サルコジ | ブラウン | メルケル | ベルルスコーニ | メドヴェージェフ |
35 | 2009年 | 麻生 | オバマ | ハーパー | サルコジ | ブラウン | メルケル | ベルルスコーニ | メドヴェージェフ |
36 | 2010年 | 菅直 | オバマ | ハーパー | サルコジ | キャメロン | メルケル | ベルルスコーニ | メドヴェージェフ |
37 | 2011年 | 菅直 | オバマ | ハーパー | サルコジ | キャメロン | メルケル | ベルルスコーニ | メドヴェージェフ |
38 | 2012年 | 野田 | オバマ | ハーパー | オランド | キャメロン | メルケル | モンティ | メドヴェージェフ (首相) |
39 | 2013年 | 安倍 | オバマ | ハーパー | オランド | キャメロン | メルケル | レッタ | プーチン |
40 | 2014年 | 安倍 | オバマ | ハーパー | オランド | キャメロン | メルケル | レンツィ | (参加資格停止) |
41 | 2015年 | 安倍 | オバマ | ハーパー | オランド | キャメロン | メルケル | レンツィ | (参加資格停止) |
42 | 2016年 | 安倍 | オバマ | J・トルドー | オランド | キャメロン | メルケル | レンツィ | (参加資格停止) |
43 | 2017年 | 安倍 | トランプ | J・トルドー | マクロン | メイ | メルケル | ジェンティローニ | (参加資格停止) |
44 | 2018年 | 安倍 | トランプ | J・トルドー | マクロン | メイ | メルケル | コンテ | (参加資格停止) |
45 | 2019年 | 安倍 | トランプ | J・トルドー | マクロン | ジョンソン | メルケル | コンテ | (参加資格停止) |
46 | 2020年 | 安倍 | トランプ | J・トルドー | マクロン | ジョンソン | メルケル | コンテ | (参加資格停止) |
47 | 2021年 | 菅義 | バイデン | J・トルドー | マクロン | ジョンソン | メルケル | ドラギ | (参加資格停止) |
48 | 2022年 | 岸田 | バイデン | J・トルドー | マクロン | ジョンソン | ショルツ | ドラギ | (参加資格停止) |
49 | 2023年 | 岸田 | バイデン | J・トルドー | マクロン | スナク | ショルツ | メローニ | (参加資格停止) |
50 | 2024年 | 岸田 | バイデン | J・トルドー | マクロン | スナク | ショルツ | メローニ | (参加資格停止) |
51 | 2025年 | 石破 | トランプ | カーニー | マクロン | スターマー | メルツ | メローニ | (参加資格停止) |
記録
- コールは1983年から1998年にかけて出席、メルケルは2006年から2021年にかけて出席。
- 最多主催回数 - 3回 シルヴィオ・ベルルスコーニ(イタリア)
- イタリアで開催された1994年、2001年、2009年サミットはいずれも議長を務めた。
- 連続年同一出席者 - 3年
その他
近年では、G8メンバー以外にも様々な政治のリーダーが会合に参加している。どの国家を招待するかについては、基本的にはそのときの議長国の判断による。
例えば中国の国家主席(中国共産党総書記)、オーストラリアの首相、インドの首相、ブラジルの大統領、メキシコの大統領、南アフリカの大統領、ウクライナの大統領、韓国の大統領[55]などが招待されたことがある。しかし議長国の一存次第なので彼らは必ず呼ばれるとは限らない。
このうちオーストラリア、インド、韓国についてはサミットのメンバーに加えるべきという意見がある。2020年にはこの年のサミット(中止となった)の議長国だった米国大統領のドナルド・トランプがオーストラリア、インド、ロシア、韓国をメンバーに加える構想を打ち出したが、日本、カナダ、イギリス、ドイツが反対した[56]。2021年のコーンウォールサミットの議長国の英国首相ボリス・ジョンソンもオーストラリア、インド、韓国の首脳を同年のサミットに招待するとともに、この3か国をメンバーに加えることを提案したが日本が反対した[57]。
また国際機関の長として、国連事務総長やEUの大統領および委員長が出席する。このうちEUの大統領と委員長はEUを代表してG8の本会合にも参加する。これ以外に経済分野では国際通貨基金専務理事が参加する。
拡大会合参加国・機関
以下、2024年の第50回先進国首脳会議における拡大会合の参加国。
- アジア -
アラブ首長国連邦、
インド、
トルコ、
ヨルダン
- アフリカ -
アルジェリア、
チュニジア、
ケニア、
モーリタニア、
アフリカ連合
- 中南米 -
アルゼンチン、
ブラジル
- ヨーロッパ -
ウクライナ、
バチカン
- 国際機関 - アフリカ開発銀行、経済協力開発機構、国際通貨基金、
国際連合、世界銀行
シェルパ
側近達が集まって予備会合を持つことがあるが、こちらは「シェルパ会議」の別名で呼ばれる。サミットが首脳の地位を山頂にたとえることが発端となったことになぞらえ、同行者の意味で随員はシェルパと呼ばれる。シェルパは3名で構成されることが決まっており、日本においては首席シェルパは経済担当外務審議官が務める。
加盟国首脳(2025年現在)
主要国首脳会議にまつわる事柄
首脳の写真撮影の立ち位置
サミットにおいて恒例となった写真撮影では首脳の立ち位置は毎回変化しているが、この立ち位置にはルールがある。
中央に開催国(議長国)の首脳を配し、国家元首(大統領)か否(首相)かと在任期間の長い順に議長に近い順に左右に並ぶ(平成年間の日本は首相の交代が多かったため端に位置することが多い。一方で、比較的在任期間の長かった中曽根康弘や小泉純一郎、安倍晋三は中央付近に並ぶこともある)[58]。また、アメリカ合衆国で開催される場合ではこのルールはあまりこだわることはなく、議長であるアメリカ大統領との関係で立ち位置が決まることもあった。
転語
主要国首脳会議がサミットと呼ばれていることから、トップ同士の集まりのことを「サミット」と形容することがある(例:市町村サミット。首長会は普段は全国市長会と全国町村会に分かれている)。
ギャラリー
-
ブリュッセルサミット(2014年)
-
エルマウサミット(2022年)
脚注
注釈
- ^ ドイツ・フランス・イタリアの3国は更にEU加盟国
- ^ “サミットとは | サミット情報 | 伊勢志摩サミット”. www.mofa.go.jp. 2023年2月6日閲覧。
- ^ 参加資格の停止であって、メンバーから除外ではない。
- ^ 1991年の第17回ロンドンサミットにはソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフがゲスト参加した。
出典
- ^ “「G7」と「G8」と「G20」の違いとは?意外と知らない成り立ちと加盟国”. dime.jp. 2021年8月17日閲覧。
- ^ a b “G7サミット開かれる → 民主主義の先進7カ国を覚えよう|一色清の「このニュースって何?」|朝日新聞EduA”. www.asahi.com. 2021年8月17日閲覧。
- ^ McHugh, David (2019年8月23日). “After 45 years, G-7 endures despite the Trump tweets”. AP 2021年6月4日閲覧。
- ^ “G20とは何ですか? G7とは何ですか? : 日本銀行 Bank of Japan”. www.boj.or.jp. 2021年8月17日閲覧。
- ^ “Report for Selected Countries and Subjects”. 国際通貨基金. 2021年6月13日閲覧。
- ^ “World Economic Outlook Database”. 国際通貨基金 (2017年10月). 2021年6月13日閲覧。
- ^ Research Institute – Global Wealth Databook 2018[リンク切れ]
- ^ “The G7: Frequently Asked Questions”. France Diplomacy – Ministry for Europe and Foreign Affairs (2019年8月26日). 2021年6月12日閲覧。
- ^ “G7対中議論 日本期待もジレンマ”. 産経新聞. 2021年8月17日閲覧。
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- ^ “データで見る国際秩序(1) ~「G7の結束」は必然か、経済力と軍事力のパワー・シフト~ | 石附 賢実 | 第一生命経済研究所”. www.dlri.co.jp. 2021年8月17日閲覧。
- ^ WWFジャパン. “生物多様性と気候変動の観点から見たG7コーンウォールサミット”. WWFジャパン. 2021年8月17日閲覧。
- ^ “G7サミット、途上国の経済活動再開を後押し 背後に中国への対抗心”. 毎日新聞. 2021年8月17日閲覧。
- ^ “What is the G7?” (英語). G7 UK Presidency 2021. 2021年6月12日閲覧。
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- ^ “男女格差、日本は120位でG7で最下位 政治・経済分野の遅れが影響し最低水準に:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2021年8月17日閲覧。
- ^ “「日本こそがアジアで正真正銘の先進国」と言われるのは一体なぜか=中国報道 (2020年5月5日)”. エキサイトニュース. 2020年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月20日閲覧。
- ^ “サミットに注目! そもそもなぜこの7カ国? | 就活ニュースペーパーby朝日新聞 - 就職サイト あさがくナビ”. asahi.gakujo.ne.jp. 2020年6月20日閲覧。
- ^ “G7サミットに象徴される帝国主義時代とたいして変わっていない統治の仕組み[橘玲の世界投資見聞録]”. 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン. 2020年6月20日閲覧。
- ^ G7首脳会談 「ロシアのG8参加停止」を採択 G7と対立 「新たな冷戦時代」に突入2018-11-02閲覧
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- ^ 「G7拡大を」トランプ発言に日本困惑 避けたい米中対立激化 守りたいアジア代表枠
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- ^ “日本政府、G7の枠広げる英国の提案に反対-外交公電で懸念示す”. Bloomberg.com. 2021年8月17日閲覧。
- ^ “G7首脳 オンライン会合 ウクライナに防空システム供与へ調整 | NHK”. NHK NEWS WEB. 2023年2月6日閲覧。
- ^ G7の「凋落ぶり」ばかりが目立った広島サミット。GDPも人口も影響力も、すでに「少数派」なので… | Business Insider Japan
- ^ “「トランプ一強」立ちすくむG7 中東・ウクライナ停戦へ関与できず”. 日本経済新聞 (2025年6月18日). 2025年6月18日閲覧。
- ^ 米議会、ロシアのG7復帰に反対 ParsToday2019年12月4日
- ^ トランプ米大統領、6月のG7首脳会議をテレビ会議で実施へ ロイター2020年3月20日
- ^ “トランプ氏、G7サミットの通常開催検討 「正常化の象徴に」”. 産経新聞. (2020年5月21日) 2020年5月27日閲覧。
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、|newspaper=
引数が重複しています。 (説明)⚠ - ^ G7サミット、通常開催せず 75年以来初、協調発信逃す 共同通信2020年12月29日
- ^ “UK to host G7 Summit in Cornwall”. Prime Minister's Office, 10 Downing Street (2021年1月23日). 2021年1月25日閲覧。
- ^ “過去のサミット一覧表(25回まで掲載)”. www.mofa.go.jp. 外務省 (2024年3月). 2024年12月26日閲覧。
- ^ G7広島サミットが閉幕 ゼレンスキー氏が討議に参加、岸田氏が成果を説明 BBC 2024年3月27日
- ^ ドイツがG7の拡大に反対「現状が合理的」 韓国「合意必要」 聯合ニュース2020年7月27日
- ^ 日本政府、G7の枠広げる英国の提案に反対-外交公電で懸念示す Bloomberg 2021年1月27日
- ^ “サミット集合写真、実はシンプルな立ち位置ルール”. 日本経済新聞 (2016年5月26日). 2017年11月7日閲覧。
関連書籍
- 嶌信彦『首脳外交 先進国サミットの裏面史』文春新書、2000年。 ISBN 9784166600830。
- 高瀬淳一『サミット 主要国首脳会議』芦書房、2010年。 ISBN 9784755611520。
- 高瀬淳一『サミットがわかれば世界が読める』名古屋外国語大出版会、2018年。 ISBN 9784908523014。
関連項目
外部リンク
サミット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 13:46 UTC 版)
「あんさんぶるスターズ!」の記事における「サミット」の解説
ES首脳会談。各事務所の代表と補佐役が会談する場。『P機関』が監督兼議長であり、中立の仲介役となる。代表と補佐役は必ずしも固定ではなく、事務所の所長が代表とは限らない。
※この「サミット」の解説は、「あんさんぶるスターズ!」の解説の一部です。
「サミット」を含む「あんさんぶるスターズ!」の記事については、「あんさんぶるスターズ!」の概要を参照ください。
「サミット」の例文・使い方・用例・文例
- 世界の主要な政府首脳がサミットに集結した
- それでは私たちはサミットでお会いしましょう。
- サミットって、主要国首脳会議のことなんですか?
- 世界中の人々がサミットの会談に注目している。
- サミット参加国は、自由貿易問題を協議事項のトップにおいています。
- サミットが終わって、ミッテラン大統領は、その声明に自分は反対であると言った。
- サミットが開かれるのはこの部屋です。
- 首脳会談, サミット.
- 選挙騒ぎで東京サミットの記事は新聞の片隅に押しやられた.
- サミットの向上のために、あなたのエネルギーを節約する
- 冠またはサミットを作るか、提供するさま
- シェルパの登山家のガイドで、エドモンド・ヒラリー卿と一緒にいるエベレスト山のサミットに達する1番目のうちのひとりであった(1914年−1986年)
- 第28回主要国首脳会議(サミット)が6月26,27日にカナダのカナナスキスで開かれた。
- 次回のG8サミットは2003年6月,フランスで開かれる。
- 持続可能な開発に関する世界首脳会議(環境開発サミット)が,8月26日から9月4日まで,南アフリカ共和国のヨハネスブルクで開かれた。
- ヨハネスブルク・サミットの成果と,私たちの惑星である地球の未来は,まだ私たちの手の中にある。
- サミット声明で拉(ら)致(ち)問題に言及
- サミット文書で拉致問題が言及されたのは,今回が初めてである。
- 世界の食糧危機に関するサミットが開催される
- 世界の食糧価格の急騰について討議するため,3日間のサミットが先日,イタリア・ローマにある国連食糧農業機関の本部で開催された。
- サミットのページへのリンク