冷戦とは?

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東西冷戦

読み方:とうざいれいせん
別名:冷戦
英語:Cold War

第二次世界大戦後まもなく、世界各国米国中心とする資本主義国とソビエト連邦中心とする社会主義国大きく二分されて生じた対立関係

東西冷戦は、1945年ヤルタ会談端緒とし、1989年マルタ会談で冷戦終結宣言されるまで、40年以上にわたった。東西ドイツ朝鮮ベトナムなどは東西冷戦によって分断国家となった。朝鮮半島は冷戦終結後も韓国北朝鮮分裂したままとなっている。

れい せん [0]冷戦cold war

直接的武力を用いず、経済外交情報などを手段として行う国際的対立抗争。特に、第二次大戦後アメリカ中心とする資本主義陣営と、当時ソ連中心とする社会主義陣営との激し対立をいう。冷たい戦争。コールドウォー。


【冷戦】(れいせん)

Cold War

第二次世界大戦後ソビエト社会主義共和国連邦(現ロシア連邦)を中心とした共産主義国家東側陣営)とアメリカ合衆国中心とした資本主義国家西側陣営)によるイデオロギーなどの対立である。

アメリカバーナード・バルーク政治家企業家)が、実際に戦争は起こっていないが熾烈軍拡競争第三国における主導権争いなどにより極度緊張状態延々と続くこの状態Cold War表現したことから、以降それを直訳した冷戦という言葉が広まった。
その後1989年に始まった東欧諸国市民蜂起による民主化運動東欧革命)をきっかけとして東側陣営瓦解し、またなし崩し的にソビエト連邦各国分裂したため冷戦は終結した。

発端

イデオロギー対立第一次世界大戦中に起きたロシア革命までさかのぼることになるが、「超大国」の対立という構図は、1945年第二次世界大戦末期行われヤルタ会談以降体制である「ヤルタ体制」からはじまる。
このことから「冷戦」の始まりヤルタ会談とされている。

ヤルタ会談ではドイツ分割や、ソ連の対日参戦朝鮮半島分割さらには千島列島樺太ソ連による占領などが取り決められた。
ここから米英ソ連との間で相互不信芽生え欧州戦後処理をめぐり、対立徐々に大きくなっていった
さらに1946年チャーチルによる「鉄のカーテン演説」などで対立顕在化し、本格的に冷戦の開始宣言が出されたとされる事象1947年の「トルーマン・ドクトリン」やアメリカによるヨーロッパ復興政策である「マーシャル・プラン」とされている。
内戦下であったギリシャトルコ援助するという「トルーマン・ドクトリン」は米ソ対立を明確にした。

そして連合国占領下にあったドイツでは1948年1949年にかけて、米英仏の通貨改革抗議したソ連が、米英仏が占領する西ドイツの「飛び地」・西ベルリン一帯封鎖するという、いわゆるベルリン封鎖が行われた。
この封鎖により物資電気水道ガスなどは全く西ベルリン行き届かなくなり、西ベルリン市民は「飢餓」の危機に瀕した。
アメリカは、ここで西ベルリン放棄すればほかの西側諸国危機感与えかねない考え大規模空輸作戦実施
この「ベルリン封鎖」は米英仏とソ連との間で一触即発危機迎えたが、封鎖開始から一年後封鎖解除された。
しかしこれにより、ドイツ分裂避けられない事態になり、1949年米英仏の占領地帯に「ドイツ連邦共和国いわゆる西ドイツ」が建国され、ソ連占領地帯に「ドイツ民主共和国いわゆる東ドイツ」が建国され、ドイツ米ソ陣営それぞれ取り込まれた。

また同年アメリカ西欧12カ国と「北大西洋条約機構」(NATO)を成立させ、ソ連はこれに対抗し、1955年東欧7カ国と「ワルシャワ条約機構」を成立させた。
これにより東西ヨーロッパ米ソ陣営二分された。

朝鮮半島では南北朝鮮北緯38度線を境に、米ソそれぞれに分割占領され、南では親米国家である「大韓民国」(韓国)が成立し、北では「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)が成立した。

1950年代

1950年6月北朝鮮武力による朝鮮統一を図り、北朝鮮軍38度線越境朝鮮戦争1950年開戦1953年休戦)が始まった。
この戦争民族間の戦争から世界巻き込む国際紛争発展し、米ソ代理戦争となった。

このころアメリカ独占1949年ソ連原爆保有ににより崩れた。
それどころかソ連原爆威力アップさせた水素爆弾開発し、優位アメリカからソ連に移った。

1953年ソ連指導者スターリン死去朝鮮戦争休戦第1次インドシナ戦争終結をむかえ、アメリカ側は緊張緩和受け入れ姿勢見せ1955年に「ジュネーブ会談」が開かれた
この緊張緩和は「雪解け」と呼ばれ、世界から歓迎された。

この頃ソ連宇宙開発にも着手し、1957年世界初人工衛星スプートニク1号」の打ち上げ成功し、またロケット技術転用して、ICBM実験成功した。
これらのことは西側諸国大きな衝撃与えいわゆるスプートニク・ショック」が起きた。

1960年代

1961年アメリカ大統領ジョン・F・ケネディ就任すると、アメリカソ連強硬姿勢示しソ連指導者ニキータ・フルシチョフはこれに対抗し、いわゆるベルリンの壁」を構築した。
続いてソ連は数10Mt級の水爆実験連続して行いソ連優位示した。
また、ソ連1959年共産革命が起きたキューバミサイル基地設け対すケネディ大統領ミサイル搬入阻止するために、キューバ海域海上封鎖するという措置をとった。いわゆるキューバ危機」である。
これにより米ソ間の核戦争寸前までにいたったが、ソ連譲歩により、危機は収まった。

キューバ危機後、米ソ互いに歩み寄った。「デタント」の時代である。
これは東側陣営中ソ間が対立し、西側陣営内でフランスド・ゴール政権が独自の路線をとり始めたためである。
加えアメリカベトナムにおいて「ベトコン」に手を焼き米ソは冷戦の休戦強いられた

1970年代

1969年西ドイツ首相就任したヴィリー・ブラントは、東欧共産主義諸国との関係改善推し進める東方外交」を展開。
これにより1970年東西ドイツ初の首脳会談実現させ、ソ連とは同年に「ソ連西ドイツ武力行使条約」を結び、ポーランドとは国境承認条約を結んだ。
そして1972年には「東西ドイツ基本条約」を結び、東西ドイツ互いに国家として承認した。

これを受け、米ソ間でも1972年に、戦略兵器制限交渉いわゆるSALT」の合意成立し、アメリカ長い間対立していた中国とも同年ニクソン訪中により、1979年国交回復につながった。

欧州では1975年ヘルシンキにおいて、東西欧州35カ国が集まり、「ヨーロッパ全協会議が行われ、緊張緩和最高潮達した。

1980年代~終結

1981年ロナルド・レーガンアメリカ大統領就任すると、1979年からアフガニスタン侵攻していたソ連非難米ソ間は再び嫌悪になった。いわゆる新冷戦」の時代である。
しかし、1982年ソ連指導者だったブレジネフ死去した後、1985年指導者就任したミハイル・ゴルバチョフは「ペレストロイカ」つまり改革路線を進め、また、国内外への情報公開グラスノスチ)も進め、アフガンからも撤退した。
これに対し、アメリカ態度軟化し、1987年中距離核戦力全廃条約調印した。
さらに1989年ジョージ・H・Wブッシュアメリカ大統領就任し、軍縮動きを急速に進展ていった
同年、「東欧革命」が起こり東欧共産主義政権崩壊し、地中海マルタ島での「マルタ会談」で、冷戦終結共同宣言が出され、冷戦は終結した。


冷戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/11 18:05 UTC 版)

冷戦(れいせん、: Cold War: Холодная война)もしくは冷たい戦争(つめたいせんそう)は、第二次世界大戦後の世界を二分した西側諸国アメリカを盟主とする資本主義自由主義陣営と、東側諸国ソ連を盟主とする共産主義社会主義陣営との対立構造。米ソ冷戦東西冷戦とも呼ばれる。


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  2. ^ ジョージ・オーウェル, "あなたと原子爆弾", Tribune 1945年10月19日
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  19. ^ http://jp.wsj.com/US/node_303940
  20. ^ スハルト政権以降も軍の装備などの面でソビエトの支援を受けた。
  21. ^ 中華人民共和国や北朝鮮が物質的な支援を行い、ソビエト自体は傍観の姿勢を取った。
  22. ^ 以下の記述、例示する文献の選定については、Robert J. McMahon, The Cold War: A Very Short Introduction. (Oxford University Press, 2003); Michael Kort, The Colubia Guide to the Cold War. (Columbia University Press, 1998); 麻田貞雄「冷戦の起源と修正主義研究――アメリカの場合」『国際問題』第170号(1974年)などを参照している。
  23. ^ また、冷戦史研究は、第二次世界大戦中の戦時外交研究にも影響を与えることとなった。マーク・ストーラーは1940年代後半に始まる戦時外交研究が、冷戦起源論の解釈と密接な関係を持ったことを指摘している。Mark A. Stoler, "A Half Century of Conflict: Interpretations of U.S. World War II Diplomacy." in Michael Horgan (ed.), America in the World: the Historiography of American Foreign Relations since 1941, (Cambridge University Press, 1995).
  24. ^ なお、ソ連の行動の動機としてイデオロギー的なものを重視するか、地政学的・安全保障的なものに重視するかについては解釈に差があった。後述のファイスは前者、グレーブナーは後者に属する
  25. ^ Norman A. Graebner, Cold War Diplomacy: American Foreign Policy, 1945-1960. (Van Nostrand, 1962); Herbert Feis, From Trust to Terror: The Onset of the Cold War, 1945-1950. (W W Norton, 1970);Louis J. Halle, The Cold War as History, (Harper & Row, 1967)(太田博訳『歴史としての冷戦――超大国時代の史的構造』(サイマル出版会, 1970年); Dean G. Acheson, Present at the Creation: My Years in the State Department.(Norton, 1969). (吉沢清次郎訳『アチソン回顧録(1・2)』恒文社, 1979年)
  26. ^ William A. Williams, The Tragedy of American Diplomacy, (The World Publishing Company, 1958).(高橋章・松田武有賀貞訳『アメリカ外交の悲劇』御茶の水書房, 1986年); Walter LaFeber, America, Russia, and the Cold War, 1945-1966. (Wiley, 1967); Lloyd C. Gardner, Architects of Illusion: Men and Ideas in American Foreign Policy, 1941-1949. (Quadrangle Books, 1970).
  27. ^ Gabriel Kolko and Joyce Kolko, The Limits of Power: the World and United States Foreign Policy, 1945-1954.(Harper & Row, 1972).
  28. ^ 一例として、Robert J. Maddox, The New Left and the Origins of the Cold War. (Princeton University Press, 1973).
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  30. ^ John Lewis Gaddis, The United States and the Origins of the Cold War, 1941-1947. (Columbia University Press, 1972)
  31. ^ Bruce R. Kuniholm, The Origins of the Cold War in the Near East: Great Power Conflict and Diplomacy in Iran, Turkey, and Greece. (Princeton University Press, 1980);William Taubman, Stalin's American Policy: from Entente to Detente to Cold War. (Norton, 1982).
  32. ^ Geir Lundestad, “Empire by Invitation? The United States and Western Europe, 1945-1952”, Journal of Peace Research, 23:3, (1986)。しばしばルンデスタッド自身、ポスト修正主義学派に分類されている。
  33. ^ Vojtěch Mastný, The Cold War and Soviet Insecurity: the Stalin Years. (Oxford University Press, 1996). (秋野豊広瀬佳一訳『冷戦とは何だったのか――戦後政治史とスターリン』柏書房, 2000年);Vladislav Zubok, Constantine Pleshakov, Inside the Kremlin's Cold War: from Stalin to Khrushchev.(Harvard University Press, 1996).
  34. ^ Dmitrii A. Volkogonov, Триумф и трагедия: политический портрет И.В. Сталина. (2. vols, Изд-во Агентства печати Новости , 1989)(生田真司訳『勝利と悲劇――スターリンの政治的肖像(上・下)』(朝日新聞社, 1992年)
  35. ^ John Lewis Gaddis, We Now Know: Rethinking Cold War History, (Oxford University Press, 1997). (赤木完爾・斉藤祐介訳『歴史としての冷戦――力と平和の追求』慶應義塾大学出版会, 2004年)。ルンデスタッドは現在のギャディスを「新しい伝統学派」に属すると位置づけている。Geir Lundestad, “The Cold War Acoording to John Gaddis”. Cold War History 6:4 (2006).
  36. ^ Anders Stephanson, “Rethinking Cold War History.”Review of International Studies, 24:1 (1998);藤原帰一「冷戦の終わりかた―合意による平和から力の平和へ」東京大学社会科学研究所編『20世紀システム(6)機能と変容』(東京大学出版会、1998年)。
  37. ^ Donald Cameron Watt, “Rethinking the Cold War: a Letter to the British Historian”. The Political Quarterly 49:4 (1978)
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  39. ^ UNC Press - The New Cold War History
  40. ^ John E. Haynes and Harvey Klehr, Venona: Decoding Soviet Espionage in America.(Yale University Press, 2000)
    中西輝政監訳『ヴェノナ―解読されたソ連の暗号とスパイ活動』PHP研究所, 2010年/改訂版・扶桑社、2019年。ISBN 978-4-594-08307-6
    Kenneth Osgood, Total Cold War: Eisenhower's Secret Propaganda Battle at Home and Abroad. (University of Kansas, 2006).



冷戦

出典:『Wiktionary』 (2020/02/24 15:38 UTC 版)

名詞

 れいせん

  1. 世界史アメリカ合衆国盟主とする反共主義陣営と、ソビエト連邦盟主とする共産主義陣営との二対立状態。
  2. 比喩的に)武力用いないが、烈しく敵対している状態。表立って争うわけではないが、心理的に険悪な状態。

発音

れ↗ーせん

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