樺太とは? わかりやすく解説

からふと【樺太】

読み方:からふと

サハリン日本語名。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/07 11:27 UTC 版)

樺太(からふと)、樺太島(からふととう、ロシア語: Сахалин)は、ユーラシア東方、オホーツク海の南西部にある島。広義の日本列島に含む場合もある。南北約948km、東西の幅最大約160kmで南北に細長い。面積76,400km2は世界第22位で21位の北海道(78,073km2)より若干小さく、ロシア最大の島でもある。


注釈

  1. ^ 小樽航路のみ休止中[9]
  2. ^ 樺太の石炭産業の起源については、「十九世紀中旬、ロマノフ朝東シベリア総督が、樺太に送り込んだ囚人の一部を炭坑夫として労働させ、ごく小規模な炭鉱経営を開始したと考えられている(出典:太陽出版『絵で見る樺太の歴史』78ページ)
  3. ^ ウィマムとは藩主や役人にお目見えすること。
  4. ^ 同時期の欧州オランダには、榎本武揚澤太郎左衛門赤松則良西周ら幕府の留学生団がいたが、竣功した開陽丸と共に同年10月25日にオランダを発っている。
  5. ^ 樺太も含めた場合、北海地方という。
  6. ^ 但し、日本外務省は、樺太は日露和親条約で日露混住の地と決められたと説明している(出典:外務省国内広報課発行『われらの北方領土2006年版』6ページ)
  7. ^ 但し、『北方領土問題資料集』南方同胞援護会発行(1966年6月)4ページでは「カラフト島は是迄の通り両国の所領」とされたと記載。

出典

  1. ^ 「樺太―カラフト」を知る ニッポン 領土問題の原点 侵奪―回復ー放棄―不法占拠―そして? (別冊正論25)12頁
  2. ^ 西鶴定嘉説
  3. ^ 中川裕; 北原次郎太; 永山ゆかり; バヤリタ; ブリガ; 児倉徳和; 久保智之; 西田文信 他 『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たちⅡ』白水社、2012年。ISBN 9784560086162 
  4. ^ 同上、及び 田村すず子 『アイヌ語沙流方言辞典』草風館、1996年。ISBN 9784883230938  、ほか多数
  5. ^ 海保嶺夫 『北方史史料集成』〈第4巻〉北海道出版企画センター、1998年。ISBN 9784832898028 
  6. ^ 國東利行 『廻国僧正光空念師宝永元年松前・蝦夷地納経記』北海道出版企画センター、2010年。ISBN 9784832810099 
  7. ^ 岩崎奈緒子「史料紹介 天理大学付属天理図書館所蔵 加模西葛杜加国風説考」『北海道・東北史研究』第3号、北海道・東北史研究会、2006年12月、 NAID 40015350264
  8. ^ 「ニッポン 領土問題の原点!!「樺太-カラフト」を知るの15頁の上段4行目。侵奪―回復―放棄―不法占拠―そして?【発行所:産経新聞社 発売所:日本工業新聞社】
  9. ^ a b c 建設産業部サハリン課. “サハリンへの旅”. 稚内市. 2019年10月21日閲覧。
  10. ^ 『樺太の炭坑』(Website "樺太大百科")http://kam-r.sub.jp/ainu/karafutohyakka.html
  11. ^ 上野金太郎編『北洋材十年史』1970年 全国北洋材協同組合連合会 p.34 記録編
  12. ^ 『官報』第3877号「宮廷録事」、大正14年7月25日(NDLJP:2956025/2
  13. ^ 笠原六郎 沼田善夫「からふとのりんぎょう」『新版 林業百科事典』第2版第5刷 p103-104 日本林業技術協会 1984年(昭和59年)発行
  14. ^ 西鶴定嘉 「樺太史の栞」
  15. ^ 蓑島栄紀「9~11・12世紀における北方世界の交流」『専修大学社会知性開発研究センター古代東ユーラシア研究センター年報』第5号、専修大学社会知性開発研究センター、2019年3月、 121-152頁、 doi:10.34360/00008309NAID 120006785689
  16. ^ 函館市史 通説編1 通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 第1章 安東氏及び蠣崎氏 第2節 安東氏の支配
  17. ^ 十三湊から解き明かす 北の中世史 - JR東日本
  18. ^ 海保嶺夫 エゾの歴史 117,149-152頁 ISBN 978-4-0615-9750-1
  19. ^ 木村裕俊 「道南十二館の謎」95-98,137-138頁 ISBN 978-4-8328-1701-2
  20. ^ 函館市史 通説編1 通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 第1章 安東氏及び蠣崎氏 第3節 中世期の商品流通
  21. ^ 五所川原市の地域経済循環分析 安東氏の活動範囲は北海道や樺太のほか大陸にも及んでいたという。
  22. ^ 十三湊遺跡”. 五所川原観光情報局(公式ウェブサイト). 五所川原観光協会. 2018年6月10日閲覧。
  23. ^ 木村裕俊 「道南十二館の謎」111頁 ISBN 978-4-8328-1701-2
  24. ^ 榎森進 『アイヌ民族の歴史』 草風館、2015年、46頁。
  25. ^ 木立 随学 日持上人開教の事績-津軽十三湊をめぐって - 日蓮宗 現代宗教研究所 『十三往来』の原文掲載あり
  26. ^ 『熊石町史』熊石町発行(1987年9月)
  27. ^ 池添博彦、「北蝦夷地紀行の食文化考 北夷分界余話について 帯広大谷短期大学紀要 1993 年 30 巻 p. A51-A60, doi:10.20682/oojc.30.0_A51
  28. ^ 前田 孝和、「旧樺太時代の神社について -併せて北方領土の神社について-」『年報 非文字資料研究』 2015年 11号 p.1-36, 神奈川大学日本常民文化研究所 非文字資料研究センター
  29. ^ 前田孝和「05 樺太の神社の終戦顛末」『非文字資料研究』 2012年 27号 p.10-15, 神奈川大学日本常民文化研究所 非文字資料研究センター, NAID 120006628435
  30. ^ 樺太詰松田伝十郎の山丹交易改革 稚内市
  31. ^ 田島佳也、「近世期~明治初期、北海道・樺太・千島の海で操業した紀州漁民・商人」『知多半島の歴史と現在(16) 』 2015年 19巻, ISSN 0915-4833,日本福祉大学知多半島総合研究所, NAID 120005724562
  32. ^ 秋田俊一 樺太南部を中心とした栖原家家譜「北海道の歴史と文化」(北海道史研究協議会編)
  33. ^ a b 上村英明「『北海道』・『沖縄』の植民地化とその国際法の論理--アジアにおける「先住民族」形成の一事例 (PDF) 」 『プライム』第12号、明治学院大学国際平和研究所、2000年3月、 55-82頁、 ISSN 13404245NAID 40005050706
  34. ^ 榎森進、「「日露和親条約」がカラフト島を両国の雑居地としたとする説は正しいか」『東北文化研究所紀』2013年 l45号 p.1-22, NCID AN00167466, 東北学院大学東北文化研究所
  35. ^ 『新北海道史』第二巻通説一 p.764
  36. ^ 敦賀屋文書(鳥井家文書)
  37. ^ のち最後の箱館奉行(並)。
  38. ^ a b 秋月俊幸、「明治初年の樺太 日露雑居をめぐる諸問題」『スラヴ研究』 1993年 40巻 p.1-21, 北海道大学スラブ研究センター, NAID 110000189426
  39. ^ 樺太ニ施行スヘキ法令ニ關スル法律 - Wikisource
  40. ^ 中野文庫 - 樺太ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律
  41. ^ 樺太庁施政三十年史 上巻、88-89頁。
  42. ^ 明治41年内務省告示第29号(『官報』第7425号、明治41年3月31日)(NDLJP:2950772/23
  43. ^ 大正7年法律第39号(『官報』第1709号、大正7年4月17日)(NDLJP:2953822/3
  44. ^ 勅令第124号(『官報』第2323号、大正9年5月3日)(NDLJP:2954436
  45. ^ 知られざる本土決戦 南樺太終戦史 藤村建雄 ISBN 978-4769816362
  46. ^ 中山隆志 『一九四五年夏 最後の日ソ戦』 中央公論新社〈中公文庫〉、2001年、179頁。
  47. ^ 「樺太引揚げ氏名わかる きょう午後横浜港に」『日本経済新聞』昭和40年9月15日.15面
  48. ^ 榎森進 『アイヌ民族の歴史』 草風館、2015年、64頁
  49. ^ エゾの歴史 海保嶺夫 ISBN 978-4061597501 初版96年(2006年 講談社学術文庫版 103-104頁)
  50. ^ 古代の日本 第九巻、東北・北海道、角川書店 ISBN 4045220097
  51. ^ 稚内史 第三章 松田伝十郎と間宮林蔵の樺太踏査
  52. ^ 池添博彦、「北蝦夷地紀行の食文化考 北夷談について」『帯広大谷短期大学紀要』 1995年 32巻 p.33-48, doi:10.20682/oojc.32.0_33
  53. ^ 稚内史 第四章 間宮林蔵の第二回樺太踏査と西蝦夷地測量
  54. ^ 池添博彦、「北蝦夷地紀行の食文化考 北夷分界余話について」『帯広大谷短期大学紀要』 1993年 30巻 p.A51-A60, doi:10.20682/oojc.30.0_A51
  55. ^ 松浦美由紀, 池添博彦、「北蝦夷地紀行の食文化考 東韃地方紀行および北蝦夷餘誌について」『帯広大谷短期大学紀要』 1994年 31巻 p.1-12, doi:10.20682/oojc.31.0_1
  56. ^ 榎森進、「「日露和親条約」がカラフト島を両国の雑居地としたとする説は正しいか」『東北文化研究所紀』2013年 l45号 p.1-22, NCID AN00167466, NAID 120005732776, 東北学院大学東北文化研究所
  57. ^ 竹野学、「保障占領下北樺太における日本人の活動 (1920-1925)」『經濟學研究』 2013年 62巻 3号 p.31-48, 北海道大学大学院経済学研究科, NAID 120005228387
  58. ^ Vladimir Datsyshen,"The Russian-Japanese relations in Northern Sakhalin during the Japanese occupation (1920-1925)", Yearbook Japan, Institute of Oriental Studies of the Russian Academy of Sciences, 2014
  59. ^ 稚内観光協会 1月16日閲覧。
  60. ^ 北方領土問題に関するQ&A”. 外務省. 2020年3月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月31日閲覧。
  61. ^ a b c 北方領土問題に関するQ&A(関連質問)”. 外務省. 2020年3月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月31日閲覧。
  62. ^ 阿部照哉畑博行編『世界の憲法集 〔第二版〕』(有信堂、1998年8月発行)の「18 ロシア連邦」(宮地芳範が訳出及び解説を執筆)の「ロシア連邦憲法」第3章(連邦体制)第65条(ロシア連邦の主体)第1項によれば、サハリン州がロシア連邦を構成する主体となっている。
  63. ^ サハリン州憲章(1996年施行)第3条第1項によれば、「サハリン州の領土には、サハリン島とそれに隣接する領土、小クリル列島を含む千島列島の領土、ならびにロシア連邦の国際的条約と連邦法によってその境界が定められる内水と領海が入る。」と規定されている。
  64. ^ 譚璐美 (2021年10月18日). “中国が考える本当の領土?「国恥地図」実物を入手”. 東洋経済オンライン. オリジナルの2021年10月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211019025517/https://toyokeizai.net/articles/-/462344?page=2 
  65. ^ 譚璐美 (2021年10月18日). “中国が考える本当の領土?「国恥地図」実物を入手”. 東洋経済オンライン. オリジナルの2021年10月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211019033035/https://toyokeizai.net/articles/-/462344?page=3 
  66. ^ 譚璐美 (2021年10月18日). “中国が考える本当の領土?「国恥地図」実物を入手”. 東洋経済オンライン. オリジナルの2021年10月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211018055711/https://toyokeizai.net/articles/-/462344?page=4 
  67. ^ 1 中国残留邦人の状況 (平成30年8月31日現在)”. 2018年9月23日閲覧。


「樺太」の続きの解説一覧

樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/20 06:55 UTC 版)

市町村の歴史」の記事における「樺太」の解説

樺太庁南樺太)では、1915年大正4年6月28日公布同年8月1日施行の樺太ノ郡町編制ニ関スル件(大正4年勅令101号)により町村ができたが、内地町村異なり自治権はなかった。 1929年昭和4年3月27日公布同年7月1日施行の樺太町村制昭和4年法律第2号)により、従来町村そのまま新制度下の町移行した町村自治権得て北海道と同様一級町村二級町村区別ができた。 1937年昭和12年3月23日公布同年6月25日施行の樺太市制昭和12年法律第1号)により、豊原町豊原市となった

※この「樺太」の解説は、「市町村の歴史」の解説の一部です。
「樺太」を含む「市町村の歴史」の記事については、「市町村の歴史」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 09:38 UTC 版)

国鉄C12形蒸気機関車」の記事における「樺太」の解説

恵須取鉄道未成線恵須取 - 塔路間)の建設用に1941年昭和16年)に用意されたC12 1 - 4のうち、導入後樺太庁鉄道譲渡されC12 11943年昭和18年4月1日、樺太の内地編入に伴い樺太庁鉄道鉄道省編入されたためC12 265となり、残りの3両 (C12 2 - 4) は1944年昭和19年9月1日恵須取鉄道鉄道省への譲渡に伴い買収されC12 271 - 273となったこのほか大谷 - 内間の樺太人造石油内渕鉄道に1両が製造されてC1211となり、のちにC121改番されている。これらは1945年昭和20年)、日本太平洋戦争敗戦するとともにソビエト連邦接収され以後消息明らかでなく、C12 265, 271 - 273書類上は1946年昭和21年3月31日付で廃車となっている。

※この「樺太」の解説は、「国鉄C12形蒸気機関車」の解説の一部です。
「樺太」を含む「国鉄C12形蒸気機関車」の記事については、「国鉄C12形蒸気機関車」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 22:54 UTC 版)

引揚者」の記事における「樺太」の解説

樺太侵攻においては8月22日に樺太からの引揚船小笠原丸第二号新興丸泰東丸などを国籍不明潜水艦攻撃し沈没1700名以上が死亡した三船殉難事件発生した国籍不明潜水艦はのちにソ連軍L-19であることが発覚した。なおソ連軍潜水艦L-19原因不明だが沈没している。

※この「樺太」の解説は、「引揚者」の解説の一部です。
「樺太」を含む「引揚者」の記事については、「引揚者」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/26 09:52 UTC 版)

旧外地の高等教育機関」の記事における「樺太」の解説

下の学校ソ連対日参戦により廃校となった樺太医学専門学校 樺太師範学校 樺太青年師範学校

※この「樺太」の解説は、「旧外地の高等教育機関」の解説の一部です。
「樺太」を含む「旧外地の高等教育機関」の記事については、「旧外地の高等教育機関」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 02:48 UTC 版)

旧外地の自治体歌」の記事における「樺太」の解説

樺太島歌 - 1938年昭和13年制定 作詞本間一咲 作曲山田耕筰 樺太庁の庁歌。

※この「樺太」の解説は、「旧外地の自治体歌」の解説の一部です。
「樺太」を含む「旧外地の自治体歌」の記事については、「旧外地の自治体歌」の概要を参照ください。


(旧)樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 03:21 UTC 版)

都道府県関連の楽曲一覧」の記事における「(旧)樺太」の解説

過去の庁歌 樺太島歌 - 1938年昭和13年制定作詞本間一咲 作曲山田耕筰 旋律著作権保護期間満了樺太庁内地県民歌相当する庁歌として制定されたが、1949年昭和24年)に行政組織としての樺太庁と共に廃止札幌市北海道庁旧本庁舎2階にある樺太関係資料館のパネル展示紹介されている。

※この「(旧)樺太」の解説は、「都道府県関連の楽曲一覧」の解説の一部です。
「(旧)樺太」を含む「都道府県関連の楽曲一覧」の記事については、「都道府県関連の楽曲一覧」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 01:03 UTC 版)

ソビエト連邦による戦争犯罪」の記事における「樺太」の解説

詳細は「樺太の戦い (1945年)を参照 終戦後1945年8月16日早朝、第365海軍歩兵大隊と第113狙撃旅団第2大隊が、艦砲射撃海軍機援護下で塔路港に上陸開始、塔路の町も焼失阿部庄松塔路町長らはソ連海軍歩兵との停戦交渉向かったが、武装解除住民呼び戻し要求され人質に取られ、後に射殺され遺体となって発見された。上恵須取避難する民間人は、無差別な機銃掃射を受けて死傷者続出した。上恵須取の町も8月17日午後に空襲を受けて焼失8月20日日本側時間午前6時頃(ソ連側記録によると午前7時半頃)、警備艦敷設艦各1隻に護衛されソ連軍船団が、真岡上陸開始日本軍8月16日郊外へ兵を引き上げ武装解除待ちの状態であり、市街地攻撃目標にされたのは民間人だった。ソ連軍町長下町重役たちを占領当日海岸に連行し銃殺町長重傷だったが辛くも生還することができたという。日本軍派遣した停戦軍使らも射殺される異常事態であったまた、真岡近郊では裸の若い女性遺体転がっているのも目撃されており、真岡郵便電信局事件発生8月22日未明知取町停戦成立していたにもかかわらず豊原白昼空襲受けた豊原駅には白旗掲げられ避難民があふれる広場救護所には赤十字対空標示があったが、何度も攻撃され100名以上が死亡400戸が焼失全ての民家屋根には大きな白旗取り付けられたがソビエト軍猛爆撃を行った同月22日にはソ連太平洋艦隊第一潜水艦艦隊所属L-19L-12の2隻の潜水艦が、避難民乗せた引き揚げ船雷撃し、1700名以上が殺害された三船殉難事件)。国籍秘した潜水艦沈没した船から海に投げ出され人々機銃掃射でとどめを刺した民間人死者三船殉難含め3,500-3,700人と推定されるが、正確な人数不明

※この「樺太」の解説は、「ソビエト連邦による戦争犯罪」の解説の一部です。
「樺太」を含む「ソビエト連邦による戦争犯罪」の記事については、「ソビエト連邦による戦争犯罪」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 21:21 UTC 版)

北緯50度線」の記事における「樺太」の解説

詳細は「50度線を参照 1905年から1945年まで北緯50度線大日本帝国樺太庁ソビエト連邦サハリン州との間の国境となっていた。第二次世界大戦終戦後は樺太(サハリン全土ソビエト連邦ソ連崩壊後ロシア)が実効支配している。

※この「樺太」の解説は、「北緯50度線」の解説の一部です。
「樺太」を含む「北緯50度線」の記事については、「北緯50度線」の概要を参照ください。


樺太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 09:08 UTC 版)

旧制中等教育学校の一覧 (旧外地)」の記事における「樺太」の解説

樺太の旧制中等学校は、ソ連対日参戦およびソ連軍の樺太占領によりすべて壊滅廃校となった。 以下の学校一覧1945年昭和20年4月1日現在のもので、北海道立教育研究所北海道教育史 地方編2』(1957年)の記載を主に参考とした。

※この「樺太」の解説は、「旧制中等教育学校の一覧 (旧外地)」の解説の一部です。
「樺太」を含む「旧制中等教育学校の一覧 (旧外地)」の記事については、「旧制中等教育学校の一覧 (旧外地)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「樺太」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

樺太

出典:『Wiktionary』 (2021/08/16 09:27 UTC 版)

固有名詞

 からふと

  1. サハリン

「樺太」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「樺太」の関連用語

樺太のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



樺太のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
国立公文書館 アジア歴史資料センター国立公文書館 アジア歴史資料センター
All rights reserved/Copyright(c) Japan Center for Asian Historical Records
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの樺太 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの市町村の歴史 (改訂履歴)、国鉄C12形蒸気機関車 (改訂履歴)、引揚者 (改訂履歴)、旧外地の高等教育機関 (改訂履歴)、旧外地の自治体歌 (改訂履歴)、都道府県関連の楽曲一覧 (改訂履歴)、ソビエト連邦による戦争犯罪 (改訂履歴)、北緯50度線 (改訂履歴)、旧制中等教育学校の一覧 (旧外地) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA) and/or GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblioに掲載されている「Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ)」の記事は、Wiktionaryの樺太 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA)もしくはGNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2023 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2023 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2023 GRAS Group, Inc.RSS