公職追放とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > > 法概念 > 追放 > 公職追放の意味・解説 

こうしょく‐ついほう〔‐ツイハウ〕【公職追放】


公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/05 21:48 UTC 版)

公職追放(こうしょくついほう)は、政府の要職や民間企業の要職につくことを禁止すること。狭義には、日本第二次世界大戦降伏後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の指令により、特定の関係者が公職に就くことを禁止された占領政策をいい、本項で扱う。


注釈

  1. ^ 池田勇人佐藤栄作鈴木俊一などが40代で次官に就任したのはそうした経緯がある。
  2. ^ 石田和外など。特に、治安維持法執行など思想弾圧の責任を取った・取らされた裁判官は皆無。
  3. ^ 公職追放令は該当者の三親等内の親族と配偶者は指定があった日から10年間は対象の職への就任が禁止される規定があったが、公選公職については規制対象外であったため、立候補することができた。
  4. ^ 岡崎久彦は、「石橋が追放されるとなれば、占領軍の機嫌を損じれば戦時中獄中にいた共産党員以外は日本人誰一人安全でないということになり、脅しの効果は決定的なものがあった」と述べている[7]

出典

  1. ^ 高尾栄司 2019, p. 233.
  2. ^ 高尾栄司 2019, p. 233‐234.
  3. ^ "公職追放". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2023年3月31日閲覧
  4. ^ 内閣総理大臣吉田茂・内務大臣大村清一 1947.
  5. ^ 『朝日新聞』1951年7月18日朝刊1面。
  6. ^ 「一万余名を追放解除」『日本経済新聞』昭和25年10月14日1面
  7. ^ 岡崎 2003, p. 297.
  8. ^ 『日本アナキズム運動人名事典』150頁。『近代日本社会運動史人物大事典 1』789-790頁。
  9. ^ 松本烝治関係文書|憲政資料(憲政資料室)|リサーチ・ナビ|国立国会図書館”. 憲政資料(憲政資料室)|リサーチ・ナビ|国立国会図書館 (2023年9月20日). 2023年12月21日閲覧。
  10. ^ 沢井 2013.
  11. ^ 『十八時の音楽浴』早川書房・解説(石川喬司


「公職追放」の続きの解説一覧

公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 14:14 UTC 版)

市川房枝」の記事における「公職追放」の解説

戦時中大日本報国言論会理であったため、1947年昭和22年)から1950年昭和25年)まで公職追放となる。市川は公職追放になった最初女性だったが、1950年昭和25年10月13日には追放解除された。同年11月9日には新日本婦人同盟臨時総会において、団体の名称が日本婦人有権者同盟改称され市川会長復帰1953年昭和28年4月25日まで)。その後は、公娼制度復活反対売春禁止再軍備反対などの運動にも取り組んだ

※この「公職追放」の解説は、「市川房枝」の解説の一部です。
「公職追放」を含む「市川房枝」の記事については、「市川房枝」の概要を参照ください。


公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 16:18 UTC 版)

来栖三郎 (外交官)」の記事における「公職追放」の解説

1942年には、日米開戦に伴い2回に渡り運航され日米戦時交換船帰国する1945年2月退官し、戦後GHQにより公職追放される。1951年追放解除となるが、1954年死去した

※この「公職追放」の解説は、「来栖三郎 (外交官)」の解説の一部です。
「公職追放」を含む「来栖三郎 (外交官)」の記事については、「来栖三郎 (外交官)」の概要を参照ください。


公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/20 16:28 UTC 版)

小牧実繁」の記事における「公職追放」の解説

小牧は公職追放対象の噂があり、1945年昭和20年12月26日高等官一等従四位任じられ翌日27日京都帝国大学依願退職した。1946年昭和21年3月勲三等瑞宝章授与され同年11月30日中央公職適否判定委員会において小牧追放指定を受ける(1951年昭和26年8月追放解除)。追放解除比叡山延暦寺より「比叡山編纂比叡山文化総合研究会会員として依頼され同年10月刊行した

※この「公職追放」の解説は、「小牧実繁」の解説の一部です。
「公職追放」を含む「小牧実繁」の記事については、「小牧実繁」の概要を参照ください。


公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 02:08 UTC 版)

連合国軍最高司令官総司令部」の記事における「公職追放」の解説

戦争大政翼賛会関与した見做された者は、政府機関など特定の職に就くことを禁止され軍人戦時中に軍へ協力的認定され政治家思想家などの三親等内親族と血縁者同職就職禁止されるなど公職追放が行われた。政治家思想家旧軍人にとどまらず中央官僚から地方教職員まで失職し影響25万人とする説もあり、この公職追放直後の期間では日本中央政府地方自治体事実上機能停止した戦中まで戦意高揚映画製作した東宝など映画界影響受けている。しかし、後に首相となる吉田茂鳩山一郎軋轢をはじめ、追放日本人同士権力争い利用された面もある。また、後のサンフランシスコ平和条約締結などを目指すため、国務省政策確定部長ジョージ・ケナンワシントン総司令部意思疎通を図るため来日し1948年10月大統領許可得て以下のことが提言された。 占領政策重点改革から経済復興目指すこと 追放緩和し遠からず中止すること 占領軍経費縮小すること 日本軍戦前行った行為対す賠償漸次中止すること 講和条約締結急がせること 講和条約懲罰的であってならないこと 沖縄依然として長期駐留をすること 日本の警察力を強化すること これにより旧軍閥や政治家復帰し、後に鳩山一郎石橋湛山政治界戻ってくることになった追放については連合国内でも批判があり、アメリカ国内も本来目的の「軍国主義者などの日本政界からの追放」を超えた影響及ぼしたとして、占領政策批判を受けるなど、トルーマン大統領マッカーサー連合国最高司令官確執へつながるとする者もいる。

※この「公職追放」の解説は、「連合国軍最高司令官総司令部」の解説の一部です。
「公職追放」を含む「連合国軍最高司令官総司令部」の記事については、「連合国軍最高司令官総司令部」の概要を参照ください。


公職追放

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 23:01 UTC 版)

石橋湛山」の記事における「公職追放」の解説

戦勝国アメリカ勇気ある要求をした石橋は、国民から“心臓大臣”と呼ばれるアメリカ嫌われ1947年昭和22年)に第23回衆議院議員総選挙静岡2区中選挙区)から当選したが、公職追放令をもってGHQにより公職追放された。この公職追放は吉田茂が関わっていると云われた。1951年昭和26年)の追放解除後は、吉田政敵であった自由党鳩山派幹部として打倒吉田動いた。この時期立正大学から懇請されて、学長就任した

※この「公職追放」の解説は、「石橋湛山」の解説の一部です。
「公職追放」を含む「石橋湛山」の記事については、「石橋湛山」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「公職追放」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「公職追放」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



公職追放と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「公職追放」の関連用語

公職追放のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



公職追放のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの公職追放 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの市川房枝 (改訂履歴)、来栖三郎 (外交官) (改訂履歴)、小牧実繁 (改訂履歴)、連合国軍最高司令官総司令部 (改訂履歴)、石橋湛山 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2024 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2024 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2024 GRAS Group, Inc.RSS