山崎巌とは?

山崎巌

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山崎巌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/05 10:19 UTC 版)

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山崎 巌
やまざき いわお
Iwao Yamazaki.JPG
警視総監在任中の山崎巌
生年月日 (1894-09-16) 1894年9月16日
出生地 日本の旗 日本 福岡県大川市
没年月日 (1968-06-26) 1968年6月26日(73歳没)
出身校 東京帝国大学
所属政党 (自由党→)
(自由民主党)
親族 有吉忠一(義父)
山崎達之輔(兄)
山崎平八郎(甥)
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山崎 巌(やまざき いわお、1894年明治27年)9月16日 - 1968年昭和43年)6月26日)は、日本内務官僚政治家警保局長、警視総監内務次官内務大臣自治大臣国家公安委員会委員長を歴任した。

来歴・人物

福岡県大川市に生まれる。伝習館中学五高を経て、1918年(大正7年)東京帝国大学法学部独法科を卒業し、内務省に入省する。途中、厚生省に移り社会局長に。その後静岡県知事などを務める。内務省に戻り、土木局長、警保局長などを経て、1940年(昭和15年)警視総監に就任する。総監時代には企画院事件などを捜査する。東條内閣では内務次官を務める。彼自身の力量もあったが、兄・達之輔を通じた帝国議会対策を東條英機首相から期待されての起用だった。

終戦後、1945年(昭和20年)東久邇宮内閣で内務大臣。在任中、マッカーサー昭和天皇の訪問を受けた際の写真の掲載禁止を指示したがGHQから命令撤回を指令される。また政治犯釈放に反対し、「天皇制に反対する者は共産主義者であるから今後も治安維持法によって逮捕する」と国体の擁護と同法の維持を主張。「自由の指令」を発したGHQと対立する形になり罷免、公職追放となる。これを契機として東久邇宮内閣も「改革指令の遂行は共産革命を誘発し不可能」として総辞職に至った。

1952年(昭和27年)追放が解除されると、第25回総選挙に戦前政友会の代議士だった達之輔の地盤を引き継いで自由党公認で立候補し当選した。保守合同後は自由民主党緒方派→石井派に所属。1960年(昭和35年)に池田勇人自由民主党総裁選挙で当選すると、池田は山崎を幹事長に起用しようとするが、総裁派閥宏池会大橋武夫が派内の益谷秀次を就けることを強硬に主張したことから、第1次池田内閣の自治大臣兼国家公安委員会委員長となる。しかし同年10月におきた浅沼稲次郎暗殺事件で、国家公安委員長として責任を取らされ辞任した。

1968年(昭和43年)6月26日、73歳で死去。

家族・親族

農林大臣逓信大臣を歴任した衆議院議員山崎達之輔は兄。自由民主党所属の衆議院議員の山崎平八郎は甥。妻は内務省の先輩で横浜市長を務めた有吉忠一の長女[1]日本郵船社長の有吉義弥は義兄(忠一の長男)[2]。元建設事務次官柴田達夫・元日本電信電話公社総裁の米澤滋・川上嘉市の次男で東宝アドセンターの社長を務めた川上流二は義弟(3人とも忠一の娘婿)[2]。嘉市の妻すなわち流二の母は天文学者寺尾寿の後妻の姪[3]

脚注

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  1. ^ 『閨閥』、342-343頁。
  2. ^ a b 『閨閥』、341-344頁。
  3. ^ 東京天文台初代台長寺尾寿の家系図を入手 - 国立天文台・天文情報センター・アーカイブ室新聞 第65号(PDFファイル

参考文献

  • 佐藤朝泰 著 『閨閥 日本のニュー・エスタブリッシュメント立風書房、1981年(昭和56年)10月30日 第1刷発行
公職
先代:
湯沢三千男
唐沢俊樹
日本の旗 内務次官
第47代:1942年 - 1943年
第49代:1944年 - 1945年
次代:
唐沢俊樹
灘尾弘吉

山崎巖

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/04/05 02:16 UTC 版)

山崎 巖




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