西郷従道とは? わかりやすく解説

さいごう‐つぐみち〔サイガウ‐〕【西郷従道】

読み方:さいごうつぐみち

[1843〜1902]軍人政治家薩摩(さつま)の人。隆盛の弟。はじめ陸軍属し台湾出兵行ったが、のち、海軍大将海相内相などを歴任晩年元帥となった

西郷従道の画像

西郷従道―大西郷兄弟物語

作者豊田穣

収載図書豊田穣文学戦記全集 第15巻
出版社光人社
刊行年月1994.4


西郷従道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/24 07:17 UTC 版)

西郷 従道(さいごう じゅうどう / つぐみち[1]旧字体: 西鄕 從道󠄁1843年6月1日天保14年5月4日) - 1902年明治35年)7月18日)は、日本政治家[2]。最終階級元帥海軍大将陸軍中将栄典従一位大勲位功二級侯爵。名前は「つぐみち」だが、西郷家では「じゅうどう」が正訓となっている[3][4]。兄の西郷隆盛が「大西郷」と称されるのに対し、従道は「小西郷」と呼ばれている[3]


注釈

  1. ^ 貴族院の事務局に提出された履歴書並びに貴族院要覧に基づく。
  2. ^ 終戦まで海軍省が保管整理し、戦後厚生省に移管されていた旧・海軍軍人の奉職履歴書正本から、同省の協力を得て所要の事項を転記したもの。
  3. ^ 本書は参考文献として他箇所にも随時使用している。

出典

  1. ^ (1) 衆議院参議院編『議会制度百年史 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年(平成2年)、p.18[注釈 1]。(2)『日本海軍史 第9巻 将官履歴(上)』財団法人海軍歴史保存会、1995年(平成7年)、p.27[注釈 2]
  2. ^ 朝日日本歴史人物事典「西郷従道」
  3. ^ a b 佐々木隆(2002)p.96
  4. ^ 『平成新修 旧華族家系大成 上巻』(1996年(平成8年))p.624
  5. ^ 西郷従宏(1997)[注釈 3]
  6. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年、6頁。
  7. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』(吉川弘文館2010年)p.132
  8. ^ a b c d e f g h i j k l 西郷従道」 アジア歴史資料センター Ref.A06051166000 
  9. ^ 『太政官日誌』1873年(明治6年)、第152号
  10. ^ 官報』第993号「叙任及辞令」1886年(明治19年)10月20日。
  11. ^ 『官報』第3746号「叙任及辞令」1895年(明治28年)12月21日。
  12. ^ 『官報』第5712号「叙任及辞令」1902年(明治35年)7月19日。
  13. ^ 『官報』第307号「叙任及辞令」1884年(明治17年)7月8日。
  14. ^ 『官報』第1928号「叙任及辞令」1889年(明治22年)11月30日。
  15. ^ 『官報』第3631号「授爵・叙任及辞令」1895年(明治28年)8月6日。
  16. ^ 『官報』第4363号「叙任及辞令」1898年1月21日。
  17. ^ 『官報』第5673号「授爵・叙任及辞令」1902年(明治35年)6月4日。
  18. ^ 『官報』第1205号「叙任及辞令」1887年(明治20年)7月6日。
  19. ^ 『官報』第1211号「叙任及辞令」1887年(明治20年)7月13日。
  20. ^ 『官報』第1265号「叙任及辞令」1887年(明治20年)9月14日。
  21. ^ 『官報』第1211号「叙任及辞令」1887年(明治20年)7月13日。
  22. ^ 『官報』第1282号「叙任及辞令」1887年(明治20年)10月5日。
  23. ^ 『四十五年記者生活 松井広吉 著』
  24. ^ 『命を棄てて』p.185
  25. ^ 『日本その日その日』(Japan Day by Day)石川欣一訳、第11章
  26. ^ スポニチアネックス(2018年(平成30年)1月5日)
  27. ^ Mayuko Saigo 西郷真悠子 (@315don315don) - X(旧Twitter) -(2014年10月25日 18時05分15秒 - )


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西郷従道

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翔ぶが如く」の記事における「西郷従道」の解説

陸軍少将西郷実弟桐野たちのように西郷渡韓一件には一切かかわらず国家のために大久保側に就いた明治7年台湾出兵においてその手腕を発揮し西南戦争時は陸軍代理として政府留守預かった。しかし兄の死を知り一切の職を辞する決意をする。大久保翻意され駐イタリア全権公使打診されるが、大久保暗殺により沙汰やみとなった大久保遭難時はいち早く現場駆け付け遺体抱きかかえて大久保邸に届けるなど、大久保への情誼が非常に厚い。

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