福岡孝弟とは?

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福岡孝弟 ふくおか たかちか

福岡孝弟の肖像 その1
天保6年2月5日大正8年3月7日 (1835~1919

高知生まれ維新前は、高知藩を代表して、後藤象二郎とともに国事奔走大政奉還実現させた。新政樹立後は、参与として、制度事務掛、議事体裁取調御用学校御用掛などを命じられ、五箇条の誓文起草にも関与した。明治3年(1870)高知藩庁に転じ、藩政改革尽力5年(1872)新政府に再出仕し、文部大輔司法大輔歴任するが、6年(1873)の政変(征韓論争)に際し職を辞し、下野13年(1880)元老院議官として政府復帰文部卿参議参事院議長宮中顧問官枢密顧問官などを務めた。17年(1884)子爵

キーワード 官僚, 政治家
著作等(近代デジタルライブラリー収載
  1. 水萍賞鑒録. [1], [2] / 福岡孝弟編 青山清吉, 明22.7 <YDM70102>
  2. 水萍処鑑蔵目録 / 福岡孝弟編 杉原次郎, 明35.11 <YDM70103>

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

福岡孝弟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/12 15:22 UTC 版)

福岡 孝弟[1](ふくおか たかちか、天保6年2月5日1835年3月3日) - 大正8年(1919年3月7日)は、日本の幕末から明治時代土佐藩士、政治家。五箇条の御誓文を加筆、政体書を起草した人物である。通称は藤次、雅号は南蘋。栄典勲一等子爵




  1. ^ 墓碑、戸籍謄本などによる(「福岡孝弟の墓」)。
  2. ^ 由利の文章と、孝弟の文章を混ぜて作成された。
  3. ^ 参議大山巌福岡孝弟佐々木高行元老院議長佐野常民特旨ヲ以テ勲一等ニ叙ス・附岩倉右大臣大山福岡佐々木三参議親授式執行』 アジア歴史資料センター Ref.A15110025200 
  4. ^ 『官報』第307号、明治17年7月8日。
  5. ^ 官報』第1928号「叙任及辞令」1889年11月30日。
  6. ^ 『平成新修旧華族家系大成 下巻』434頁。
  7. ^ 人事興信所編『人事興信録』第7版、1925年、ふ68頁。


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