副島種臣とは?

そえじまたねおみ そへじま- 【副島種臣】 ○

1828~1905政治家佐賀藩出身通称二郎。号、蒼海維新の際の功によって明治政府参与参議外務卿征韓論唱え下野。のち枢密院顧問官内務大臣豪快な書でも知られる。

副島種臣 そえじま たねおみ

副島種臣の肖像 その1
文政11年9月9日明治38年1月31日 (1828~1905)

佐賀生まれ。官僚、政治家。父は佐賀藩士で国学者藩校致遠館教授勤めたあと、フルベッキ師事英学修める維新後新政府に出仕し、福岡孝弟とともに政体書起草明治4年(1871)外務卿就任マリア・ルース号事件折衝にあたる。6年(1873)征韓論争に敗れ、下野翌年愛国公党設立に加わり、板垣退助後藤象二郎らと民撰議院設立建白書政府提出。のち宮中出仕し、宮中顧問官枢密顧問官枢密院副議長歴任第1次松方内閣内相もつとめた。

キーワード 政治家
著作等(近代デジタルライブラリー収載
  1. 副島先生蒼海閑話 / 副島種臣(蒼海)述 ; 片淵琢編 研学会, 明31.3 <YDM102363>
  2. 精神教育 / 副島種臣述 ; 川崎又次郎編 ; 佐々木哲太郎国光社, 明31.6 <YDM10719>
  3. 副島伯閑話 / 副島種臣著 ; 片淵琢編 広文堂, 明35.4 <YDM6943>

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

副島種臣


副島種臣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/01 23:05 UTC 版)

副島 種臣(そえじま たねおみ、文政11年9月9日1828年10月17日) - 明治38年(1905年1月31日)は、江戸時代後期の武士佐賀藩士・参政)、教育者明治時代政治家外交官官吏書家漢詩人大陸浪人文人侍講兼侍講局総裁、参与兼制度事務局判事、参議大学御用掛、内務大臣(第4代)、枢密院副議長(第2代)、外務卿(第3代)、外務事務総裁、清国特命全権大使宮中顧問官興亜会会長、東邦協会会頭、愛国公党発起人等を歴任。位階勲等正二位勲一等伯爵




  1. ^ 安岡2012、230頁。
  2. ^ 安岡2012、233頁。
  3. ^ 安岡2012、1頁。
  4. ^ 佐賀県立美術館2006、138頁。
  5. ^ 安岡2012、2頁。
  6. ^ 安岡2012、3頁。
  7. ^ 安岡2012、7頁。
  8. ^ 安岡2012、10頁。
  9. ^ 安岡2012、13頁。
  10. ^ 「肥前には大憤発大兵を出し全く挙国御奉公之事に候、皆以副島・大木・江藤等之大尽力に起る事かと感伏之事に候」 『岩倉具視関係文書』,4項
  11. ^ 安岡2012、19頁。
  12. ^ 安岡2012、31頁。
  13. ^ 安岡2012、42頁。
  14. ^ 安岡2012、53頁。
  15. ^ 安岡2012、73頁。
  16. ^ 安岡2012、92頁。
  17. ^ 安岡2012、93頁。
  18. ^ 安岡2012、115頁。
  19. ^ 『琉球処分』,第一冊
  20. ^ 安岡2012、126頁。
  21. ^ 『樺太基本年表』 1971年, 299項
  22. ^ 安岡2012、148頁。
  23. ^ 『折田年秀日記』
  24. ^ 安岡2012、159頁。
  25. ^ 安岡2012、165頁。
  26. ^ 安岡2012、178頁。
  27. ^ 東京日日新聞』6月23日
  28. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)16頁
  29. ^ 安岡2012、35頁。
  30. ^ 『前原一誠伝』、752項
  31. ^ 『懐旧九十年』 岩波文庫
  32. ^ 安岡2012、103頁。
  33. ^ 『文學界』2003年, 第1~2号
  34. ^ 『佐々木日記』,6巻,251項
  35. ^ 安岡2012、155頁。
  36. ^ 渡辺幾治郎『明治天皇の聖徳 重臣』
  37. ^ 安岡2012、192頁。
  38. ^ 『副島種臣建言』,岩倉具視関係文書,宮内庁書陵部所蔵,元田永孚文書
  39. ^ 安岡2012、215頁。
  40. ^ 『巨人頭山満翁』,371項
  41. ^ 安岡2012、217頁。
  42. ^ 安岡2012、217頁。
  43. ^ 安岡2012、218頁。
  44. ^ 安岡2012、219頁。
  45. ^ 帝への朝貢は途絶え、山は草と古木に覆われた。天子は憂慮する、臣下が安らぐことはできるのだろうかと
  46. ^ 『文學界』,2001年,第55巻
  47. ^ 福本誠 『清廷の大謁見」 中央公論 明治39年11月号
  48. ^ 『使清日記』,5月26日
  49. ^ 死去する少し前に、全体の4分の1にも達していないと語っている(椎根和『オーラな人々』「草森紳一」の章、茉莉花社、2009年)。
  50. ^ 『官報』第994号「叙任及辞令」1886年10月21日。
  51. ^ 『官報』第1134号「叙任及辞令」1887年4月14日。
  52. ^ 『官報』第2647号「叙任及辞令」1892年4月28日。
  53. ^ 『官報』第5688号「叙任及辞令」1902年6月21日。
  54. ^ 『官報』第316号「叙任及辞令」1884年7月18日。
  55. ^ 『官報』第1928号「叙任及辞令」1889年11月30日。
  56. ^ 『官報』第6475号「叙任及辞令」1905年2月2日。
  57. ^ 『官報』第554号「賞勲叙任」1885年5月9日。


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