梁啓超とは?

りょう‐けいちょう〔リヤウケイテウ〕【梁啓超】

[1873〜1929]中国清末民国政治家学者広東省新会県の人。字(あざな)は卓如。号、任公。康有為師事し、戊戌(ぼじゅつ)の改革参加したが、失敗して日本亡命辛亥(しんがい)革命後、帰国して立憲党基盤進歩党組織司法総長などを歴任。著「清代学術概論」など。リアンチーチャオ


梁啓超

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/08 16:52 UTC 版)

梁 啓超(りょう けいちょう、拼音: Liáng Qǐchāo1873年 - 1929年)は、中国清末民初ジャーナリスト文学者思想家革命家政治家教育者歴史学者、新法学者社会運動家書家。尊称は維新先駆民主国士。字は宏猷卓如任甫、号は任公飲冰室主人。筆名に自由斎主人知新子庸言子憲民中国之新民少年中国之少年軼賜如晦庵主人蓮菂園主滄江哀時客愛国者など。「百科事典」の国師式人物。


  1. ^ a b c d e 馮寶華『梁啓超と日本:福沢諭吉の啓蒙思想との関連を中心に』東京大学比較文学・文化論集. 14号, 1997, pp. 49-62
  2. ^ a b 「「過渡時代論」に見る梁啓超の"過渡"観」若杉邦子、九州大学中国文学論集22,p49-66,1993
  3. ^ 郭連友「梁啓超と吉田松陰」、お茶の水女子大学『「魅力ある大学院教育」イニシアティブ 平成18年度活動報告書 : シンポジウム編』2007年。[1]
  4. ^ 鳥井克之訳 卞崇道「福沢諭吉」 『近代日本の哲学者』 北樹出版 1990年 120項
  5. ^ 小野和子訳『清代学術概論―中国のルネッサンス』
  6. ^ 『荘子・内篇・逍遥遊』:恵子謂荘子曰:“魏王貽我大瓠之種,我樹之成而実五石。以盛水漿,其堅不能自挙也;剖之以為瓢,則瓠落無所容。非不号然大也,吾為其無用而掊之。”荘子曰:“夫子固拙于用大矣!宋人有善為不亀手之薬者,世世以洴澼絖(へいへきこう)為事。”客聞之,請買其方百金。聚族而謀曰:“我世世為洴澼絖,不過数金;今一朝而鬻技百金,請与之。”客得之,以説呉王。越有難,呉王使之将。冬与越人水戦,大敗越人,裂地而封之。能不亀手一也,或以封,或不免于洴澼絖,則所用之異也。今子有五石之瓠,何不慮以為大樽,而浮乎江湖?而憂其瓠落無所容?則夫子猶有蓬之心也夫!


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