司馬遼太郎とは?

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しばりょうたろう -れうたらう 【司馬遼太郎】 ○


司馬遼太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/22 07:49 UTC 版)

司馬 遼󠄁太郎(しば りょうたろう、1923年大正12年)8月7日 - 1996年平成8年)2月12日)は、日本の小説家ノンフィクション作家評論家。本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。筆名の由来は「司馬遷(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。




  1. ^ 終戦時点での司馬の年齢は正確には22歳で、正確な年齢を記述している著作もある
  2. ^ 日本軍の損失、戦死者7,696人、行方不明者(捕虜も含む)1,021人、負傷者8,647人、合計17,364人に対して、ソ連軍とモンゴル軍の損失は、戦死者9,983人、負傷者16,662人、合計26,645人とソ連・モンゴル軍の損失の方が大きかった
  3. ^ 司馬はソ連情報公開直後に書かれた、アルヴィン・D. クックス著『ノモンハン―草原の日ソ戦 1939〈上・下〉』を読み、来日したクックスと対談し「ノモンハン事件はいつも古くて新しいですね」「書くよりも読者の側に回ってよかったと思いました。いい本でした」と感想を述べている
  4. ^ 司馬もエッセイ集『司馬遼太郎の考えたこと』『軍神・西住戦車長』ではマレー作戦シンガポールの戦いを日本の戦車が武名をあげた唯一の例として、戦車らしいものをもたなかったイギリス軍相手に無人の野をゆくように突進し、島田豊作少佐率いる1個中隊18輌の戦車がイギリス軍2個師団を壊滅させたと記述している
  1. ^ 生涯井伏作品を愛読している。『別冊アサヒグラフ 井伏鱒二の世界』(朝日新聞社、1992年)にも井伏論を寄せている。
  2. ^ 司馬 1998, p. 250.
  3. ^ M1 Garand Serial Numbers By Month and Year
  4. ^ The Remington M1903 Rifles
  5. ^ Mauser Kar98k Rifle
  6. ^ The Lee-Enfield Rifle in World War II
  7. ^ The Russian Mosin Nagant Page
  8. ^ 司馬 1998, p. 9.
  9. ^ 司馬 1998, pp. 7-8.
  10. ^ 司馬 1998, p. 7.
  11. ^ 司馬 1993, pp. 283-284.
  12. ^ 青木は後に『中外日報』編集局長、西本願寺の雑誌『大乗』の編集長を歴任。『梟の城』は、青木の伝手で『中外日報』に連載されている。
  13. ^ 1994年2月14日日本経済新聞夕刊
  14. ^ 多くの選者が無視し、一人がもっともな理由で痛烈に否定し、一人がそれ以上の激しさで推賞した。それが海音寺であった(中公文庫 『歴史の世界から 改版』 中央公論新社 ISBN 978-4122021013、211p)。
  15. ^ プロポーズの場所は大阪市電の電停であった(中公文庫 『歴史の中の日本 改版』 中央公論新社 ISBN 978-4122021037)。
  16. ^ この時期までは、産経新聞社『新聞記者司馬遼󠄁太郎』(文春文庫、2013年)、後輩の三浦浩『青春の司馬遼󠄁太郎』(朝日文庫、2000年)に詳しい。
  17. ^ 李登輝は同世代の愛読者であった。この対談は内外の注目を起こした。なお1989年には韓国ソウルで、当時韓国大統領だった盧泰愚と対談した(『文藝春秋』1989年8月号)。
  18. ^ 東京新聞コラム「筆洗」(2007年4月30日)。なお、同コラムに書かれている半藤一利は、司馬の遺志を継ぐ意味も込めて、司馬の死後に『ノモンハンの夏』を著した。下記『清張さんと司馬さん』では司馬の心情を推量している。
  19. ^ 渡辺については、『レトリックス—大衆文芸技術論』収録の「神の自意識-司馬遼󠄁太郎」を参照。
  20. ^ 清水については、彼の初期の短編小説「猿蟹の賦」および「商道をゆく」(講談社文庫の『蕎麦ときしめん』所収)を参照。
  21. ^ 小林 2010, p. 167.
  22. ^ 例えば霍見芳浩「学者が斬る(97)米国の対イラク攻撃と司馬遼󠄁太郎の警告」『エコノミスト』81巻2号(2002年、毎日新聞社養老孟司「没後十年をむかえて 特別寄稿 司馬遼󠄁太郎さんの予言 司馬さんは今の危機を見通していたかのようだ」『文藝春秋』2006年1月号
  23. ^ 2016年3月29日付「朝日新聞」
  24. ^ 小林 2010, p. 147.
  25. ^ a b 司馬 1998, p. 10.
  26. ^ 司馬 1998, p. 51.
  27. ^ 小林 2010, p. 142.
  28. ^ 豊田 1986, p. 114.
  29. ^ 森 2016, p. 280.
  30. ^ a b c 小林 2010, p. 146.
  31. ^ NHK 戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2014年度「知の巨人たち」第4回 二十二歳の自分への手紙〜司馬遼太郎〜
  32. ^ 司馬 2004, pp. 179-180.
  33. ^ 司馬 1980, p. Kindle版523.
  34. ^ 司馬 1998, p. 130.
  35. ^ 半藤一利『プレジデント』1996年9月号 「司馬遼太郎とノモンハン事件」
  36. ^ NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」2018年8月15日初回放送[1]
  37. ^ 豊田 1986, p. 118.
  38. ^ a b コロミーエツ, p. 82.
  39. ^ 豊田 1986, p. 115.
  40. ^ コロミーエツ, p. 109.
  41. ^ コロミーエツ, p. 145.
  42. ^ 葛原 2009, p. 69.
  43. ^ 小林 2010, p. 140.
  44. ^ コロミーエツ, p. 151.
  45. ^ 森 2016, p. 287.
  46. ^ 森 2016, p. 290.
  47. ^ 森 2016, p. 291.
  48. ^ 小林 2010, p. 151.
  49. ^ a b 小林 2010, p. 161.
  50. ^ 佐藤優「知を磨く読書 司馬遼太郎の語られざる本音 」週刊ダイヤモンド 2016年3月19日号
  51. ^ 高橋誠一郎「《風立ちぬ》論Ⅳ――ノモンハンの「風」と司馬遼太郎の志」[2]
  52. ^ 『徳王の見果てぬ夢』 2013年 佐々木健悦 社会評論社 ISBN 978-4-7845-1349-9 pp.216-217
  53. ^ 秦 2012, p. Kindle版1448.
  54. ^ 小林 2010, p. 162.
  55. ^ a b 小林 2010, pp. 134-135.
  56. ^ 司馬 1980, pp. Kindle版1152-1162.
  57. ^ 『NHK人間講座.半藤一利 清張さんと司馬さん』NHK出版 2001年10月、改訂版2002年10月/ 文春文庫、2005年10月
  58. ^ 秦 2012, pp. Kindle版1329-1333.
  59. ^ 司馬 1974, p. 312.
  60. ^ 延吉 2002, p. 298.
  61. ^ 延吉 2002, p. 294.
  62. ^ 司馬 1996, p. 75.
  63. ^ 歴史と人物』増刊「太平洋戦争-終戦秘話」、1983年8月(通巻第150号)
  64. ^ 延吉 2002, p. 301.
  65. ^ ギルバート 2016.
  66. ^ 秦 2012, pp. Kindle版1382-1392.
  67. ^ 司馬 1980, p. Kindle版474.
  68. ^ a b 司馬 1980, p. Kindle版487.
  69. ^ 下田 2014, p. 106.
  70. ^ 司馬 2004, pp. 183-184.
  71. ^ 司馬 1980, p. Kindle版560.
  72. ^ 加登川 1974, p. 222.
  73. ^ "The Most Effective Jap Tank" from Intelligence Bulletin, July 1945
  74. ^ 加登川 1974, p. 214.
  75. ^ 新浪公司 「99A式“功臣号”挺进朱日和,五代传承两次跨越」2018年07月15日記事
  76. ^ 司馬 1980, p. Kindle版400.
  77. ^ ホワイト 1971, p. 表紙.
  78. ^ 下田 2014, p. 101.
  79. ^ Pacific Wrecks U. S. Army Ordnance Museum (Aberdeen Proving Ground)
  80. ^ 秦 2012, p. Kindle版1392.
  81. ^ 司馬 1980, p. Kindle版922.
  82. ^ a b 秦 2012, p. Kindle版1409.
  83. ^ 秦 2012, p. Kindle版1384.
  84. ^ 司馬遼太郎の全貌――戦車兵だった司馬さん「文藝春秋2016年3月特別増刊号 司馬遼太郎の真髄」
  85. ^ 加登川 1974, p. 229.
  86. ^ 秦 2012, pp. Kindle版1392-14001.
  87. ^ 例えば新潮社は自社のウェブサイトにて司馬の講演テープ
    司馬遼󠄁太郎が語る 第二集 歴史小説家の視点』を「作家、司馬遼󠄁太郎の歴史に対するスタンスを提示した「司馬史観」の原点ともいえる講演」と宣伝しており、この例のほか『司馬史観がわかる本』と命名された司馬を好意的に扱った書籍も存在する。
  88. ^ 詳細は「経済人」、「限定合理性」、「フリードリヒ・ハイエク」などの項を参照。「Category:価値観」の各項目も参照。
  89. ^ 小林よしのりは保守系批判派としては司馬に言及した回数が多いが、代表的なものとしては『戦争論』シリーズ(幻冬舎)、『台湾論』(小学館)を参照のこと。
  90. ^ 読売新聞2004年2月21日13面「現代に生きる日露戦争」
  91. ^ 成田龍一『戦後思想家としての司馬遼󠄁太郎』(筑摩書房)
  92. ^ 鈴木眞哉「司馬遼󠄁太郎先生、お言葉ですが……」(『戦国「常識・非常識」大論争!―旧説・奇説を信じる方々への最後通牒―』洋泉社、2011年)53-88頁
  93. ^ 白石博司「戦史雑感(その4) 歴史書(叙述)と歴史小説」『陸戦研究』平成9年9月号(1997年) 当時幹部学校、戦史教官室長 桑田悦「司馬遼󠄁太郎著『坂の上の雲』対する軍事的批判」『動向』2000年6月号
  94. ^ a b c d e 江上茂『差別用語を見直す』p.54-57
  95. ^ 『竜馬がゆく』文庫版第6巻p.265
  96. ^ [3]
  97. ^ 出典:「地球にひとりだけの人」-『岡本太郎著作集』第5巻月報 講談社(1979年)
  98. ^ 日経ビジネス2005年6月6日号「検証 狙われたフジサンケイグループ 資本のねじれ解消暗闘の13年」。また鹿内に、司馬は「ハイジャッカー」とのニックネームをつけて呼んでいた(週刊ポスト 平成21年6月5日号)
  99. ^ 『リベラルタイム』2007年5月号「永田町仄聞録 だから民主党はダメなのだ」など参照
  100. ^ 『司馬遼󠄁太郎 歴史のなかの邂逅(かいこう)⑧ある明治の庶民』9-10頁
  101. ^ a b 『司馬遼󠄁太郎 歴史のなかの邂逅(かいこう)⑧ある明治の庶民10頁
  102. ^ 『司馬遼󠄁太郎 歴史のなかの邂逅(かいこう)⑧ある明治の庶民』35頁
  103. ^ a b 『司馬遼󠄁太郎 歴史のなかの邂逅(かいこう)⑧ある明治の庶民』11頁
  104. ^ 『司馬遼󠄁太郎 歴史のなかの邂逅(かいこう)⑧ある明治の庶民』13頁
  105. ^ 『朝日新聞』1976年4月6日(東京本社発行)朝刊、22頁。




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