鈴木貫太郎とは?

鈴木貫太郎

鈴木貫太郎
総理在職期間
     昭20. 4. 7~昭20. 8.17133日
総理就任時年齢:77歳

鈴木貫太郎 すずき かんたろう

鈴木貫太郎の肖像 その1

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鈴木貫太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/09 02:43 UTC 版)

鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、1868年1月18日慶応3年12月24日) - 1948年昭和23年)4月17日)は、日本海軍軍人政治家。最終階級海軍大将栄典従一位勲一等功三級男爵




注釈

  1. ^ 財部彪竹下勇小栗孝三郎らが上位となっていた。
  2. ^ たかは瀕死の夫に、霊気術を施していたという[18]
  3. ^ 鈴木貫太郎より後の首相の東久邇宮稔彦王幣原喜重郎吉田茂貴族院議員であり、1947年(昭和22年)に日本国憲法が施行されて以降は内閣総理大臣は国会議員から指名されるとの憲法上の要請によりすべて衆議院議員が務めている。
  4. ^ ただし、一般に江戸時代の終わりは大政奉還とされるが、これは鈴木が生まれる前の1867年11月15日(慶応3年10月14日)である。一方、明治への改元は1868年10月23日(慶応4年9月8日)であるが、改元に際して「慶応4年をもって明治元年とする(正月までさかのぼって改元)」とされたことから、1868年1月25日(慶応4年1月1日)が明治の始まりとなり、鈴木の誕生日の一週間後となる。したがって、厳密には「明治改元前に生まれた最後の総理大臣」である。なお、「大政奉還前に生まれた最後の総理大臣」は平沼騏一郎
  5. ^ 退任時の年齢では大隈重信(満78歳6ヶ月)が最高齢である。
  6. ^ 終戦を遅らせ原爆を投下させたので鈴木には戦争責任がある、との社説もある[53]
  7. ^ 通説では8月9日深夜に始まったとされていたが、『昭和天皇実録』において8月10日午前0時3分開始と確認された。昭和天皇実録:ポツダム宣言受諾、2・26… 分刻み、克明記録 研究手がかりに 毎日新聞 2014年9月9日
  8. ^ 鈴木貫太郎を御祭神とした鈴木神社創建の実現には至っていない。
  9. ^ 小堀は「そもそも、鈴木貫太郎という人に対する直感があったんですね。遠い縁戚に当たっていて、しょっちゅう会うという間柄ではありませんでしたが、人柄にも惹かれていました」と述べている[90]
  10. ^ 海軍兵学校企画課長は兵学校のナンバースリー、艦隊の先任参謀にあたる[96]
  11. ^ 同年8月に大将に昇進しているため、奉納は稲荷祭の2月の初午までと思われる。
  12. ^ 長男(1901-1993)、首相秘書官、戦後は侍従次長等を務めた。著書に『天皇さまのサイン』(毎日新聞社、1962年)、『人間天皇の素顔』(平安書店、1974年)がある。
  13. ^ 山崎は鈴木と縁の深い東葛飾郡の出身。

出典

  1. ^ 敗戦時の首相・鈴木貫太郎の心情に迫る 野田の記念館で企画展2018年8月29日.東京新聞、2018年9月2日閲覧
  2. ^ a b c d e f 三好徹 2003, p. 94.
  3. ^ 半藤一利 2006, p. 51.
  4. ^ 星亮一『出羽重遠伝』光人社NF文庫 123-124頁
  5. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 34.
  6. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 37.
  7. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 41-42.
  8. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 43.
  9. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 46.
  10. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 48-52.
  11. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 54.
  12. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 112-113.
  13. ^ 茶谷誠一『宮中からみる日本近代史』(ちくま新書、2012年)85ページ。
  14. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 113-114.
  15. ^ a b c d e f g 鈴木貫太郎傳 1960, p. 138-141.
  16. ^ a b c d 鈴木貫太郎傳 1960, p. 141.
  17. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 141-143.
  18. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 142-143.
  19. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 143.
  20. ^ a b c 鈴木貫太郎傳 1960, p. 146.
  21. ^ a b c 『堺泉州』13号、「多治速比売神社と鈴木貫太郎」より 2002, p. 79-80.
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  23. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 181.
  24. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 182.
  25. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 179-180.
  26. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 180.
  27. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 180-181.
  28. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 183.
  29. ^ a b c 歴史秘話ヒストリア|2015/02/25(水)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2015年2月26日閲覧。
  30. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 183-184.
  31. ^ a b 三好徹 2003, p. 95.
  32. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 184.
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  39. ^ 志賀直哉『鈴木貫太郎』
  40. ^ 保阪正康 2007, p. 222.
  41. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 285-286.
  42. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 289.
  43. ^ 暗闘(上) 2011, p. 296.
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  45. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 363.
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  47. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 364-365.
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  49. ^ 暗闘(上) 2011, p. 357.
  50. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 366-367.
  51. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 367.
  52. ^ 暗闘(上) 2011, p. 358.
  53. ^ 2006年8月15日付け読売新聞社説
  54. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 368-369.
  55. ^ 暗闘(上) 2011, p. 341.
  56. ^ 暗闘(上) 2011, p. 325-326.
  57. ^ Edward R. Beauchamp, ed (1998). History of Contemporary Japan, 1945-1998. Taylor & Francis. http://books.google.co.jp/books/about/History_of_Contemporary_Japan_1945_1998.html?id=HzHSnX7gIMwC&redir_esc=y 2014年11月3日閲覧。. 
  58. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 413-414.
  59. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 414.
  60. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 451.
  61. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 462-463.
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  63. ^ 半藤一利「横浜警備隊長佐々木大尉の反乱」、『有鄰』第441号、2004年8月10日、 1頁。
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  65. ^ 日本ニュース戦後編第31号(1946年(昭和21年)8月15日)”. 戦争証言アーカイブス. NHK. 2014年11月3日閲覧。
  66. ^ a b 鈴木貫太郎傳 1960, p. 553.
  67. ^ 鈴木貫太郎傳 1960, p. 555.
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  80. ^ 『官報』第3727号「叙任及辞令」1895年11月29日。
  81. ^ 『官報』第6573号「叙任及辞令」1905年5月31日。
  82. ^ 『官報』7005号・付録「叙任及辞令」1906年11月2日。
  83. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
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  87. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。
  88. ^ 『官報』第2968号「授爵・叙任及辞令」1936年11月21日。
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  90. ^ 週刊文春2010年4月22日号
  91. ^ 区長の動静トピックス 平成28年11月20日(日曜)中図書館に中区の魅力紹介コーナーができました”. 堺市中区 (2016年11月25日). 2018年1月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年1月11日閲覧。
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  95. ^ a b 井上成美伝記刊行会編著 『井上成美』 井上成美伝記刊行会、1982年、p418。
  96. ^ 阿川弘之『井上成美』新潮社(新潮文庫)、1992年、p377。
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  98. ^ 2013年2月26日放送の『ニュースウオッチ9』より。







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