東映とは?

東映株式会社

事業区分 インターネットサービス コンテンツ・ゲーム制作配信
代表者 岡田
本社所在地 104-8108
東京都 中央区 銀座3-2-17
企業URL http://japan.zdnet.com/company/20013254/
設立年月日 1949年10月01
上場区分 上場
従業員数 311
決算期 3月
資本金 1,177,092,928 円


※「ZDNet Japan 企業情報に関するお問い合わせこちら

東映

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/28 14:50 UTC 版)

東映株式会社(とうえい)は、日本映画の製作、配給、興行会社。2013年現在、直営の映画館2館、2つの撮影所東映東京撮影所東映京都撮影所)を保有。テレビ朝日ホールディングスの大株主で、同時にテレビ朝日ホールディングスが東映の筆頭株主になっている[注 1]




注釈

  1. ^ 2013年現在、東映は朝日新聞社に次いで第2位のテレビ朝日株の16%を保有し、テレビ朝日は東映株の11%を保有。また系列局の朝日放送も2006年に東映が売却した自社保有株を0.5%取得している。
  2. ^ 東急電鉄と阪急電鉄はお互いの子会社がライバルであり、特に百貨店やプロ野球球団では長年のライバル関係にあった。
  3. ^ 1988年4月~1989年3月期売上高960億円(映画製作配給226億円、興行127億円、テレビ147億円、ビデオ195億円、教育27億円、観光不動産238億円)[47]。1991年4月~1992年3月期売上高1022億円(映画製作配給258億円、興行106億円、テレビ184億円、ビデオ249億円、教育29億円、観光不動産293億円) [48]
  4. ^ 共同配給の『野性の証明』(21.8億円)は日本ヘラルド映画に計上されている。
  5. ^ ダルタニアスを除き東北新社とともに制作協力。

出典

  1. ^ a b c d e f g h 教科書 2016, pp. 179-189.
  2. ^ a b c d e f 沿革”. 東映. 2019年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月18日閲覧。数字で見る東映”. 東映. 2019年2月18日閲覧。)。History of TOEI - Facebook
  3. ^ a b c d e あかんやつら――東映京都撮影所血風録 | 春日太一 | 評者 鈴木毅鈴木毅(進駸堂書店中久喜本店)
  4. ^ a b 田中純一郎 『映画なんでも小事典』 社会思想社現代教養文庫 1015〉、1980年、48-51頁。
  5. ^ 岡田茂 『クロニクル東映 1947-1991』2、東映、1992年、1-8頁。
  6. ^ a b 三鬼陽之助 『日本財界人物伝全集五島慶太伝』第十五巻第八回、東洋書館、1954年、166-170頁。
  7. ^ a b c 塩沢一彦 (1995年8月14日). “〔映画百年〕(32)東映の設立 時代劇解禁が恵の風に(連載)”. 読売新聞夕刊 (読売新聞社): p. 7 
  8. ^ 第40回 五島慶太(その三)稼いだカネは「映画」に投入---時代劇によって東映を復活させた
  9. ^ a b c d e f g h 岡田茂(映画界の巨人)インタビュー 映画界へ 聞き手・福田和也 (PDF)”. メッセージ.jp. BSフジ (2005年5月15日). 2018年9月28日閲覧。(archive)金田信一郎 「岡田茂・東映相談役インタビュー」『テレビはなぜ、つまらなくなったのか スターで綴るメディア興亡史』 日経BP社、2006年、211-215頁。ISBN 4-8222-0158-9NBonlineプレミアム : 【岡田茂・東映相談役】テレビとXヤクザ、2つの映画で復活した(Internet Archive)
  10. ^ 岡田茂追悼上映『あゝ同期の桜』中島貞夫トークショー(第1回 / 全3回)『私と東映』 x 中島貞夫監督 (第2回 / 全5回)
  11. ^ a b c d e f g 東映昭和映画傑作選 - U-NEXT
  12. ^ a b “太秦最後のカツドウ屋(中)東映、反骨のエネルギーを語る(ひと脈々)怪獣だけが映画じゃない、時代劇が銀幕の黄金時代を築いた (戦後の履歴書)”. 日本経済新聞夕刊 (大阪: 日本経済新聞社): p. オムニバス関西29頁. (2010年9月9日) 
  13. ^ 「しのぎに来たヤクザさえも撃退」伝説のアウトロー映画集団東映の血風録
  14. ^ 『映画産業における寡占の形成と衰退 ―日米における「撮影所システムの黄金時代」の比較を通じて―』 (PDF) 前田耕作・細井浩一 立命館大学紀要 2012年3月 9-11頁。
  15. ^ 関根忠郎、山田宏一、山根貞男『惹句術 映画のこころ 増補版』ワイズ出版、1995年、p.70.
  16. ^ 山根貞男、米原尚志『仁義なき戦いをつくった男たち 深作欣二と笠原和夫』NHK出版、2005年、p.71
  17. ^ a b c d e 『私と東映』× 神先頌尚氏インタビュー(第3回 / 全4回)
  18. ^ a b c 泊 懋氏(元東映アニメーション会長)が語る映画の時代とテレビの時代
  19. ^ 八田伸拓 (2000年12月18日). “俳優・東千代之介さん(惜別)”. 朝日新聞夕刊 (朝日新聞社): p. 5 
  20. ^ 由原木七朗「由原木七朗の日本映画スケッチ(82) (秘)エピソードでつづるあの男優この女優 萬屋錦之介 その四 東映"城"との対決」、『週刊明星』、集英社、1979年5月13日号、 168-169頁。
  21. ^ 鈴木義昭『新東宝秘話 泉田洋志の世界』プラザ、2001年、pp.234-235
  22. ^ a b c 歴史|東映株式会社〔任侠・実録〕(Internet Archive)
  23. ^ 東映任俠映画を生み出した名監督・名プロデューサーたち - 隔週刊 東映任侠映画傑作DVDコレクション - DeAGOSTINIコラム|東映京撮・盟友対談② 高倉健、菅原文太と付き合った暴力団幹部は「逃げ切り世代」。それより若い「反社」の今後、どうなる?
  24. ^ a b 「高倉健」のお骨を口に入れ“アチチ”と火傷した「東映会長」
  25. ^ 山根貞男、米原尚志『仁義なき戦いをつくった男たち 深作欣二と笠原和夫』NHK出版、2005年、p.154
  26. ^ “私の履歴書 松岡功(20)外部の力 百恵・友和コンビ誕生 ホリプロと組み「伊豆の踊子」”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2016年6月21日). https://www.nikkei.com/article/DGKKZO03821270Q6A620C1BC8000/ 2018年12月30日閲覧。 
  27. ^ a b c d 「東宝・松岡功インタビュー 『東宝の映画基本戦略は揺がない』」、『AVジャーナル』、文化通信社、1992年12月、 26頁。「自由化目前で"末期症状"の映画界」、『経済展望』1964年3月15日号、経済展望社、 31頁。
  28. ^ a b 楊紅雲 (2004年). “任侠映画路線における東映の成功 ―テレビに対抗した映画製作(1963-1972年)を中心に― (PDF)”. 多元文化 第4号. 名古屋大学. pp. 192-201. 2018年4月16日閲覧。
  29. ^ 『私と東映』 x 沢島忠&吉田達トークイベント(第2回 / 全2回)岡田茂追悼上映『あゝ同期の桜』中島貞夫トークショー(第2回 / 全3回)『私と東映』× 神先 頌尚氏インタビュー(第3回 / 全4回)佐藤忠男(編) 『日本の映画人 -日本映画の創造者たち-』 日外アソシエーツ、2007年、122頁。ISBN 978-4-8169-2035-6中原早苗 『女優魂 中原早苗』 ワイズ出版、2009年、176頁。ISBN 9784898302354
  30. ^ Variety1974年12月18日付。
  31. ^ 「本家ブルース・リーをしのぐ千葉真一」 報知新聞、1974年12月27日朝刊
  32. ^ 『SPORTS CITY』第1巻第2号、鎌倉書房、1981年8月、 32頁。
  33. ^ 中村カタブツ 『極真外伝 〜極真空手もう一つの闘い〜』 ぴいぷる社、1999年、172 - 186頁。ISBN 4893741373
  34. ^ 大高宏雄『仁義なき映画列伝』鹿砦社、2002年、p.217.
  35. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、p.178.
  36. ^ a b 中条省平 (2011年3月6日). “BOOK ナビ フィクション”. 東京新聞朝刊読書3面 (中日新聞東京本社): p. 9 
  37. ^ “アプローチ'69読者とともに”. スポーツニッポン (東京: スポーツニッポン新聞社): p. 10. (1969年11月23日) 
  38. ^ 浅野潜 『吶喊 映画記者―持続と信義』 ブレーンセンター、2002年、17頁。ISBN 4-8339-0420-9
  39. ^ 菅原文太さん死去で思い出す東映フライヤーズ身売り話 岡田社長の懐深さが染みた夜
  40. ^ a b 〝画になる〟北海道は映画人を刺激する|財界さっぽろ
  41. ^ “東映社長岡田茂氏―不動産にもらつ腕(談話室)”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. 13. (1985年5月2日) 
  42. ^ a b スケバン、ハレンチ!「東映不良性感度映画」を特集-映画秘宝 - シネマトゥデイ
  43. ^ a b 大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.29
  44. ^ “ JUNK FILM by TOEI ” が、8月23日(木)より「Amazon Prime Videoチャンネル」にてサービス開始!!【今だから明かす あの映画のウラ舞台】偉人編(上) “経済界のフィクサー”暗躍で柴田恭兵主演「福沢諭吉」実現へ (1/2ページ) Californian Grave Digger ~極私的ロック映画セレクション(日本映画編)~
  45. ^ a b 「『鉄道員』は日本映画界を蘇らせるか、岡田茂・東映会長が吠える!」、『経済界』1999年8月17日号、経済界、 42頁。
  46. ^ a b c 水野 (1989年6月29日). “企業業績この業界(9)映画―不動産事業展開に活路、ニューメディア進出”. 日経金融新聞 (日本経済新聞社): p. 19 
  47. ^ 「フラッシュ映画 東宝、東映が増収増益」、『AVジャーナル』、文化通信社、1989年11月、 22頁。
  48. ^ 「東映69期1022億円」、『AVジャーナル』、文化通信社、1992年9月、 24–25。
  49. ^ a b 脇田巧彦・川端靖男・斎藤明・黒井和男「映画・トピック・ジャーナル東映が映画会社単独として初の年間売上げ1000億円を達成/東宝も好決算をまとめ、松竹はまずまずの決算に。」、『キネマ旬報』1989年7月上旬号、キネマ旬報社、 148-149頁。
  50. ^ 脇田巧彦・川端靖男・斎藤明・黒井和男「映画・トピック・ジャーナル」、『キネマ旬報』1992年6月下旬号、キネマ旬報社、 167頁。
  51. ^ 文化通信社編著『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』ヤマハミュージックメディア、2012年、p.144
  52. ^ a b c 「東映が新レーベル発足 外国映画の配給を復活」『キネマ旬報』2011年9月上旬号、p.135
  53. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年 東映会長・岡田茂』財界研究所、2001年、p.183
  54. ^ 竹田聡 (2003年7月3日). “ぴあフィルムフェス25周年―映画界の人材バンクに(感動を創る)”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. 21 
  55. ^ “第1回ぴあ展1977”. http://pff.jp/jp/old/festival/history.html#1977 
  56. ^ 梅林敏彦『シネマドランカー 荒野を走る監督たち』仮縫室、1978年、p.31、p.131
  57. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、p.184、p.357
  58. ^ 高部務、若月祐二『もうひとつの「おくりびと」 滝田洋二郎監督の原光景』東邦出版、2009年、p.95
  59. ^ 「あなたは魔界を信じますか? 角川春樹 山田風太郎 特別対談」、『パンフレット魔界転生』、角川春樹事務所 / 東映、1981年6月6日、 21頁。
  60. ^ 『シネアルバム 日本映画1982 1981年公開日本映画全集』佐藤忠男山根貞男責任編集、芳賀書店、1982年、ISBN 4-8261-0088-4 pp.62-64
  61. ^ a b c 『シネアルバム 日本映画1982 1981年公開日本映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1982年、ISBN 4-8261-0088-4 p.88
  62. ^ 大高宏雄『日本映画逆転のシナリオ』WAVE出版、2000年、pp.74-75
  63. ^ a b c 1980年代の映画 2016, pp. 175-176.
  64. ^ 『日本映画逆転のシナリオ』p.200-201.
  65. ^ 「コナン」の東宝vs「相棒」の東映 2大映画会社の給与は?|日刊ゲンダイ
  66. ^ 「東映・日下部プロデューサー『激突』を語る時代劇アクションの原点返えり」、『AVジャーナル』、文化通信社、1988年12月、 26頁。
  67. ^ a b c d e 遠藤繁 (1998年6月2日). “迷走松竹(下) 外部制作路線に転換―『ジブリ』獲得、復活のカギ。”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. 3 
  68. ^ “加速する『国際化』 (89映画展望・ここがポイント下)”. 朝日新聞夕刊 (朝日新聞社): p. 9. (1989年1月4日) 
  69. ^ a b c d “美学捨てた東宝笑う、映画、一強二弱鮮明に―外部と組みヒット連発。”. 日経産業新聞 (日本経済新聞社): p. 16. (1999年2月14日) 
  70. ^ 「文化通信情報 『利休』『ガンヘッド』など来年邦画の作品群」、『AVジャーナル』、文化通信社、1988年11月、 6頁。
  71. ^ 「特別対談李鳳宇大高宏雄日本映画は本当に元気か?」『キネマ旬報』2017年1月上旬号、pp.52-53
  72. ^ “東映:新レーベル「東映トライアングル」発足 ジャッキーの大作など30年ぶりに外国映画配給へ”. 毎日新聞デジタル. (2011年8月11日). オリジナルの2011年8月14日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110814081247/http://mantan-web.jp/2011/08/11/20110811dog00m200027000c.html 2011年8月12日閲覧。 
  73. ^ 星野直樹「映画に賭ける男」『真剣勝負に生きる』大川博士、ダイヤモンド社、1967年、pp.153-156.
  74. ^ 山根貞男、米原尚志『仁義なき戦いをつくった男たち 深作欣二と笠原和夫』NHK出版、2005年、p.102
  75. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン全史1946-1996』キネマ旬報社、1984年初版、1997年4版、p.70
  76. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、p.84.
  77. ^ 工藤栄一、ダーティ工藤『光と影 映画監督工藤栄一』ワイズ出版、2002年、p.108
  78. ^ a b 中島貞夫『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』河野真悟編、ワイズ出版、2004年、p.153
  79. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、p.291.
  80. ^ 『別冊映画秘宝VOL.2 アイドル映画30年史』洋泉社、2003年、p.72
  81. ^ 佐藤忠男『日本映画史3 1960-1995』岩波書店、1995年、p.135
  82. ^ 高橋惠子 (2012年12月7日). “引退撤回、そして大映が倒産”. 東スポWeb (東京スポーツ). http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/59663/ 2013年4月6日閲覧。 
  83. ^ 山根貞男『日本映画の現場へ』筑摩書房、1989年、p.17.
  84. ^ 佐藤忠男、山根貞男責任編集『シネアルバム 日本映画1983 1982年公開映画全集』芳賀書店、1983年、p.85
  85. ^ 大高宏雄『興行価値』鹿砦社、1996年、p.159.
  86. ^ 日本雑学研究会『誰かについしゃべりたくなる話のネタ・雑学の本』幻冬舎、2000年、p.53
  87. ^ 木村大作、金澤誠『誰かが行かねば、道はできない 木村大作と映画の映像』キネマ旬報社、2009年、p.158
  88. ^ 中島貞夫『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』ワイズ出版、2004年、p.130
  89. ^ 古田尚輝『鉄腕アトムの時代 映像産業の攻防』世界思想社、2009年、pp.82-84.
  90. ^ 田中純一郎『日本映画発達史IV 史上最高の映画時代』中央公論社、1980年、pp.272-273.
  91. ^ 『東映十年史』東映株式会社、1962年、pp.254-261.
  92. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、p.148.
  93. ^ 能村庸一『テレビ時代劇史 ちゃんばらクロニクル1953-1998』東京新聞出版局、1999年、p.194.
  94. ^ 『テレビ時代劇史』p.148
  95. ^ 『テレビ時代劇史』p.106
  96. ^ 『テレビ時代劇史』p.324
  97. ^ テレビ朝日 火曜時代劇を9月で打ち切り J-CASTニュース 2007年2月2日
  98. ^ 「1975年度日本映画/外国映画業界総決算」、『キネマ旬報1976年昭和51年)2月下旬号、キネマ旬報社、1976年、 111 - 118頁。
  99. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』 キネマ旬報社〈キネマ旬報ムック〉、2012年5月、332頁。ISBN 978-4873767550
  100. ^ 「1976年度日本映画/外国映画業界総決算」、『キネマ旬報1977年昭和52年)2月下旬号、キネマ旬報社、1977年、 109 - 123頁。
  101. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』 キネマ旬報社〈キネマ旬報ムック〉、2012年5月、342頁。ISBN 978-4873767550
  102. ^ 「1977年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1978年昭和53年)2月下旬号、キネマ旬報社、1978年、 118 - 125頁。
  103. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン全史: 1946-2002』 キネマ旬報社、2003年、223頁。ISBN 4-87376-595-1
  104. ^ 「1978年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1979年昭和54年)2月下旬号、キネマ旬報社、1979年、 118 - 125頁。
  105. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン全史: 1946-2002』 キネマ旬報社、2003年、230-231頁。ISBN 4-87376-595-1
  106. ^ 「1979年度日本映画・外国映画業界総決算」、『キネマ旬報1980年昭和55年)2月下旬号、キネマ旬報社、1980年、 122 - 124頁。
  107. ^ 「1980年度日本映画・外国映画業界総決算」、『キネマ旬報1981年昭和56年)2月下旬号、キネマ旬報社、1981年、 116 - 119頁。
  108. ^ 1980年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  109. ^ 「1981年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1982年昭和57年)2月下旬号、キネマ旬報社、1982年、 118 - 125頁。
  110. ^ 1981年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  111. ^ 「1982年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1983年昭和58年)2月下旬号、キネマ旬報社、1983年、 112 - 118頁。
  112. ^ 1982年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  113. ^ 「1983年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1984年昭和59年)2月下旬号、キネマ旬報社、1984年、 110 - 116頁。
  114. ^ 1983年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  115. ^ 「1984年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1985年昭和60年)2月下旬号、キネマ旬報社、1985年、 114 - 120頁。
  116. ^ 1984年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  117. ^ 「1985年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1986年昭和61年)2月下旬号、キネマ旬報社、1986年、 122 - 128頁。
  118. ^ 1985年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  119. ^ 「1986年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1987年昭和62年)2月下旬号、キネマ旬報社、1987年、 124 - 131頁。
  120. ^ 1986年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  121. ^ 「1987年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1988年昭和63年)2月下旬号、キネマ旬報社、1988年、 191 - 192頁。
  122. ^ 1987年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  123. ^ 「1988年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1989年平成元年)2月下旬号、キネマ旬報社、1989年、 167 - 172頁。
  124. ^ 1988年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  125. ^ 「1989年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1990年平成2年)2月下旬号、キネマ旬報社、1990年、 175 - 176頁。
  126. ^ 1989年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  127. ^ 「1990年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1991年平成3年)2月下旬号、キネマ旬報社、1991年、 143 - 144頁。
  128. ^ 1990年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  129. ^ 「1991年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1992年平成4年)2月下旬号、キネマ旬報社、1992年、 143頁。
  130. ^ 1991年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  131. ^ 「1992年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1993年平成5年)2月下旬号、キネマ旬報社、1993年、 148頁。
  132. ^ 1992年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  133. ^ 「1993年度日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1994年平成6年)2月下旬号、キネマ旬報社、1994年、 155 - 156頁。
  134. ^ 1993年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  135. ^ 「1994年度日本映画・外国映画業界総決算--経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報1995年平成7年)2月下旬号、キネマ旬報社、1995年、 155頁。
  136. ^ 1994年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  137. ^ 「1995年日本映画・外国映画業界総決算」、『キネマ旬報1996年平成8年)2月下旬号、キネマ旬報社、1996年、 160頁。
  138. ^ 1995年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  139. ^ 「1996年日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1997年平成9年)2月下旬号、キネマ旬報社、1997年、 156頁。
  140. ^ 「1997年日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1998年平成10年)2月下旬号、キネマ旬報社、1998年、 168 - 169頁。
  141. ^ 1997年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  142. ^ 「1998年日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報1999年平成11年)2月下旬号、キネマ旬報社、1999年、 175 - 176頁。
  143. ^ 1998年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  144. ^ 「1999年日本映画・外国映画業界総決算 日本映画」、『キネマ旬報2000年平成12年)2月下旬号、キネマ旬報社、2000年、 154頁。
  145. ^ 1999年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  146. ^ 「2000年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2001年平成13年)2月下旬号、キネマ旬報社、2001年、 150 - 151頁。
  147. ^ 2000年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  148. ^ 「2001年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2002年平成14年)2月下旬号、キネマ旬報社、2002年、 138 - 139頁。
  149. ^ 2001年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  150. ^ 「2002年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2003年平成15年)2月下旬号、キネマ旬報社、2003年、 140 - 141頁。
  151. ^ 2002年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  152. ^ 「2003年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2004年平成16年)2月下旬号、キネマ旬報社、2004年、 161 - 162頁。
  153. ^ 2003年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  154. ^ 「2004年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2005年平成17年)2月下旬号、キネマ旬報社、2005年、 153頁。
  155. ^ 2004年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  156. ^ 「2005年度 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2006年平成18年)2月下旬号、キネマ旬報社、2006年、 178頁。
  157. ^ 2005年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  158. ^ 「2006年 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2007年平成19年)2月下旬号、キネマ旬報社、2007年、 185 - 186頁。
  159. ^ 2006年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  160. ^ 「2007年 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2008年平成20年)2月下旬号、キネマ旬報社、2008年、 165 - 166頁。
  161. ^ 2007年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  162. ^ 「2008年 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2009年平成21年)2月下旬号、キネマ旬報社、2009年、 173 - 174頁。
  163. ^ 2008年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  164. ^ 「2009年 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2010年平成22年)2月下旬号、キネマ旬報社、2010年、 172 - 174頁。
  165. ^ 2009年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  166. ^ 「2010年 日本映画・外国映画 業界総決算 経営/製作/配給/興行のすべて」、『キネマ旬報2011年平成23年)2月下旬号、キネマ旬報社、2011年、 188 - 189頁。
  167. ^ 2010年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  168. ^ 「2011年 日本映画・外国映画 業界総決算」、『キネマ旬報2012年平成24年)2月下旬号、キネマ旬報社、2012年、 202 - 203頁。
  169. ^ 2011年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  170. ^ 「2012年 日本映画・外国映画 業界総決算」、『キネマ旬報2013年平成25年)2月下旬号、キネマ旬報社、2013年、 205 - 206頁。
  171. ^ 2012年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  172. ^ 「2013年 日本映画・外国映画 業界総決算」、『キネマ旬報2014年平成26年)2月下旬号、キネマ旬報社、2014年、 199頁。
  173. ^ 2013年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  174. ^ 「各社2014年の動向を見る」、『キネマ旬報2015年平成27年)3月下旬号、キネマ旬報社、2015年、 88 - 92頁。
  175. ^ 2014年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  176. ^ 「各社2015年の動向を見る」、『キネマ旬報2016年平成28年)3月下旬号、キネマ旬報社、2016年、 74頁。
  177. ^ 2015年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  178. ^ 「各社2016年の動向を見る」、『キネマ旬報2017年平成29年)3月下旬号、キネマ旬報社、2017年、 70頁。
  179. ^ 2016年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  180. ^ 「各社2017年の動向を見る」、『キネマ旬報2018年平成30年)3月下旬号、キネマ旬報社、2018年、 50頁。
  181. ^ 2017年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「東映」の関連用語

東映のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



東映のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ZDNetZDNet
Copyright ASAHI INTERACTIVE, Inc. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの東映 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS