軽井沢とは?

かるいざわ〔かるゐざは〕【軽井沢】


かるいざわ かるゐざは 【軽井沢】

(「かるいさわ」とも) 長野県中東部の地名。もと中山道の旧宿場町明治中期以後避暑地となる。


軽井沢

作者幸田露伴

収載図書露伴小説 第4冊
出版社岩波書店
刊行年月1988.4


軽井沢

読み方:カルイサワ(karuisawa)

所在 秋田県雄勝郡羽後町


軽井沢

読み方:カルイサワ(karuisawa)

所在 静岡県田方郡函南町


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 秋田県大館市


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 山形県上山市


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 福島県河沼郡柳津町


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 千葉県鎌ケ谷市


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 新潟県長岡市


軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 長野県北佐久郡軽井沢町

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

軽井沢

読み方:カルイザワ(karuizawa)

所在 長野県(JR長野新幹線ほか)

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軽井沢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/07 15:37 UTC 版)

軽井沢(かるいざわ)は、長野県東信地方佐久地域にある地名である。一般的に長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢地区(ウィキ座標旧軽井沢メインストリートも参照)、あるいは軽井沢町全体を指す。日本有数の避暑地別荘地として名高い。明治時代イギリス系カナダ人宣教師が開拓し、キリスト教のほか、欧米各国から流入した文化が色濃く残されている。


注釈

  1. ^ 正式には改名である。発足時は「軽井沢文化人協会」であったが、会員を限定せず多くの人に賛同してもらいたいとして、三笠宮が「人」を取ることを提案した。
  2. ^ 長野県が発表した、1925年から2015年までの100年あたりの気候変動としては、年平均気温で1.54℃の上昇を記録している[18]
  3. ^ 軽井沢の8月が東京の5月下旬〜6月上旬とほぼ同水準の気温であることからして、これは想像に難くない。なお、先人たちが創り上げてきた「避暑地」というイメージのみが先行し、「軽井沢は格段に涼しいはず」「温暖化以前は軽井沢にこんな暑い日はなかったはず」といった一種の神話的様相を呈することが多々ある。
  4. ^ ただし、野鳥には留鳥以外も含まれるため、軽井沢の環境変化のみが、鳥類減少の要因として決定づけられるわけではないことには留意である[29]
  5. ^ イギリス人語学者で、1923年に日本に渡り、1926年から東北帝国大学で講師を務めた。1942年に離日[36]
  6. ^ 川上操六の土地はのちに根津嘉一郎の所有(別荘)となり、戦後は国土計画に買収され、現在の『軽井沢プリンスホテル』となった。川田小一郎の土地は、のちに後述する野澤源次郎に売却され、別荘地開発の大きな基点となった。
  7. ^ イギリス人法学者経済学者で、東京帝国大学で経済学の講師を務めた。
  8. ^ 生没年不明。英国の商人で、会社を経営していたという。1882年英国王立地理学会の特別会員となる。著作は『日本内陸紀行』のみ。1881年6月1日横浜に到着し、9月18日函館を出港するまでの約3か月、日本を旅行して回った。経済的にも恵まれ、教養も深く、当時の日本で活躍していた外国人たちとも交流があった[46]
  9. ^ イギリス人でJ.M.ディクソンの友人。本著書で300枚以上の写真を用いて明治後期の日本の様子を描写した(本著書の前書きより)。
  10. ^ 1916年に細川護立と徳川慶久がそれぞれ野澤源次郎から土地を購入した際の登記簿[56]には、現在の三笠通り付近が既に「山林」と表記されている。
  11. ^ 恐らくラウンドアバウトである現在の六本辻を指していると思われる。
  12. ^ 徳川圀順徳川慶久徳川義親の誰を指しているのかは不明(3人とも軽井沢に別荘を所有)。
  13. ^ 全編を通して軽井沢が舞台・ロケ地となっており、当時の旧軽井沢メインストリート草軽電気鉄道の様子なども確認することができる。またこの映画の舞台として使用された別荘は、かつて旧軽井沢に存在した細川侯爵邸そのものであり、別荘を黒塗りの馬車が往来している様子も描写されている。
  14. ^ 「ゴルフ場」とは『旧軽井沢ゴルフクラブ』のことであり、「ニューグランド」とは、かつて雲場池湖畔に存在した、横浜の『ホテルニューグランド』から夏期限定で出店されたホテル『軽井沢ニューグランドロッジ』のことである。「山腹の道路」は現在の『御水端通り』を指している。
  15. ^ 「高木林」、「雑木林」と同義。
  16. ^ 避暑地草創期においては、共同で山羊などを飼い、畑を耕し、自給自足の生活を送っていた。
  17. ^ 旅籠「つるや(現・つるや旅館)」の主人佐藤仲右衛門の長男であり、軽井沢の総合案内である本著書を執筆。当時19歳。軽井沢に生まれ育ち、商社マンとして外国貿易に従事した後、1950年に帰郷し、軽井沢観光ホテル社長を務めている[67]
  18. ^ 〔のちの軽井沢の変わり様に対して〕わが家の山荘はいまも残っているが、私にとって「ふるさとは遠きにありて思うもの」(原文 : "You can’t go home again")は、どこよりも軽井沢において真実なのである』とある[86]
  19. ^ シチリアワイン「ドゥーカ・ディ・サラパルータ」の醸造家として世界的に著名で、イタリアコムーネサラパルータ」の由来でもある。
  20. ^ 横浜山手町にあり、自動車部品製造メーカー「ボッシュ」と日本で初めて代理店契約を締結するなどの功績を持つ。会社は現存。
  21. ^ 「軽井沢新スタジオ」は現在、レーモンドの弟子であった建築家北澤興一が所有している。
  22. ^ カントリー料理の講師としてテレビ出演経験もある妻ステラと、1953年に『軽井沢ユニオンチャーチ』で結婚式を挙げるなど、軽井沢を愛した人物である。なお、軽井沢生まれの息子クレイグは、『軽井沢ユニオンチャーチ』の代表理事を務めた。
  23. ^ 個人邸としては破格の規模の工事であったため噂された。当の別荘は2017年頃工事機材が撤去され、一応の工事終了となった。
  24. ^ ゆえに1890年代の外国人別荘は、日本人の名義で土地が登記されていた。
  25. ^ この文献は、尾崎行雄が「80歳を越えて」(69頁)書かれたものであるため、1940年頃から1946年までの間に書かれた随筆をまとめたものと判断している[55]
  26. ^ そもそも、軽井沢の地理的特性上「水」環境が悪く生活用水源や水辺レクリエーションが限られていたことも、野尻湖に転居した要因として考えられる[106]
  27. ^ 有島武が明治末期に建設。元々旧軽井沢の三笠地区にあったが、後に『軽井沢タリアセン』内に移築された。なお別荘跡には「有島武郎終焉地碑」が建立されている。
  28. ^ ワルワーラ・ブブノワに同じ。
  29. ^ 芸妓娼妓、またそういった女性による接待が行われる店のこと。
  30. ^ 派手な女性関係で知られた富裕層も、軽井沢では"正式な"家族と和気藹々とした時間を過ごすことから、皮肉を交えて、軽井沢が「正妻の町」と呼ばれることもあるという[120]
  31. ^ だらしなく着物を着くずしている様子の意。
  32. ^ ただしこれらの割合は、普通世帯の世帯員が現在居住している住宅又は住宅以外の建物のほかに住宅を所有(共有の場合を含む)している場合のみを表しており、法人名義の住宅は含まれていないため、実際よりも過小な数値になっている可能性がある。
  33. ^ 写真には「七尾池」と記載されているが、池の形状からして雲場池であり、また奥に見える建物はその外見からかつて雲場池湖畔にあったホテル『軽井沢ニューグランドロッジ』であるため、「七尾池」は当時の雲場池の別名や俗称などと考えられる。
  34. ^ 現在の近衛レーン沿いであり、その別荘跡には未だ「KONOE SANSO」の標識が立っている。
  35. ^ ロンドンハンプトン・コート宮殿で毎年開催されるクラシックカーの世界的祭典。ケント王子は名誉顧問を務める。
  36. ^ 長男の英一は、木琴奏者・作曲家として活動したが、1929年に自身の処女作として発表した(日本人として初めてでもあった)木琴オリジナル曲の題名は、「軽井沢の美人」であった。
  37. ^ 両親から受け継いだ愛宕山にあった別荘の土地の一部を手放して、建設費に充てた。両親が建てた明治期の古い別荘は、老朽化のため同じ場所に新たな別荘として建て替えたが、その後手放し(この建物は現在、作家下重暁子が所有[195])、本文後述の「ハーモニーハウス」の隣地に新たな別荘「メロディハウス」を建てた。「ハーモニーハウス」を含め、3軒のいずれも、カニングハムと親交のあった吉村順三の設計による。
  38. ^ 1931年竣工。元々は旧軽井沢の二手橋付近にあったが、朝吹登水子の意思により2008年に移築された。
  39. ^ 芥川龍之介の軽井沢の滞在日記には、1925年の時点で既に、石垣を積んだ別荘の様子が描写されている。→初出:芥川龍之介『軽井沢の一日 (仮) 』(私的日録, 1925年)。『芥川龍之介全集 第23巻』(岩波書店, 1998年)に所収。以下該当箇所。「自分はH〔堀辰雄〕やS〔萩原朔太郎〕の妹たちと宿〔つるや旅館〕の前の路へはいった。右側が別荘の塀になってい、左側はやはり石垣をつんだ別荘の庭になっている。」「アタゴ山〔愛宕山〕の方へはいった。別荘ばかり並んだ小路だ。(中略)男は皆別荘の低い石垣に腰かけて休んだ。」
  40. ^ この項で他者の著作物の内容を数多く羅列(転載)しているのは、そのほとんどが著作権の消滅した文献のためであり、著作権の消滅していない文献については「引用」の規定に則って記載している。

出典

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