堤康次郎とは?

つつみ‐やすじろう〔‐ヤスジラウ〕【堤康次郎】


堤康次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/29 21:29 UTC 版)

堤 康次郎(つつみ やすじろう、1889年明治22年)3月7日 - 1964年昭和39年)4月26日)は、日本実業家もしくは財界人で、滋賀県選出の衆議院議員として政治家でもあった。西武グループ(旧コクド及び旧セゾングループ)の創業者。第44代衆議院議長滋賀県大津市名誉市民。滋賀県平民[1]正三位勲一等。「ピストル」の異名を持つ。




  1. ^ 『人事興信録. 7版』(大正14年)つ三一
  2. ^ 堤家については麻を取り扱ったりしていた農家であったことは確定的であるが、「代々小地主兼自す作農を主業とし、副業として麻布工場などを経営しており、村では一応旧家に属していた」(永川幸樹著『野望と狂気』33頁)「家業は製麻業であったが、数歩(すうたんぶ)の田畑を所有し、一部は小作に出すなど暮らし向きは豊かな方であった。」(立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』22頁)「いわゆる五反百姓だった。田畑は7だったという説を唱える土地の古老もいたが、いずれにしても貧農である」(猪瀬直樹 著『ミカドの肖像』304頁)などとその暮らし向きについては諸説がある。
  3. ^ 筑井正義『堤康次郎傳』15頁
  4. ^ a b 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』23頁
  5. ^ 『私の履歴書 昭和の経営者群像2』 9頁
  6. ^ 『私の履歴書 昭和の経営者群像2』 12頁
  7. ^ 『私の履歴書 昭和の経営者群像2』 15頁。康次郎自身の回想によると、渋谷で鉄工所を経営したり日本橋蛎殻町三等郵便局長を務めたり(1911年(明治44年))し、後藤毛織の株で6万円(現在の貨幣価値にしておよそ7000万円 永川幸樹著『野望と狂気』84頁)儲けたりしたと言う。
  8. ^ 会員名簿 昭和2年11月』 早稲田大学校友会、1927年、141頁。 
  9. ^ 堤康次郎の青年期と転機の回路(下)内海孝、『東京外国語大学論集』第72号,2006年
  10. ^ 堤は『私の履歴書』の中で「もう自分は世の中に生きている値打ちのない人間だとまで思った。思い悩んだ末考え付いたのがもうけよう、もうけようと考えたのがいけない。自分はもうけなくてもよいからこの世の中のために少しでもできるだけのことをしようという奉仕の心だった。そして最初に考えたのが不毛地の開発事業だった」と書いている。
  11. ^ ちなみに西武鉄道グループの社是は堤家支配が崩壊するまで長きにわたり『感謝 奉仕』であった
  12. ^ 猪瀬直樹 著『ミカドの肖像』
  13. ^ 1921年(大正10年)頃。だが、この湯の花沢分譲地は全く売れなかったと言われている。(『堤康次郎傳』 57頁)
  14. ^ 堤は『私の履歴書』の中で「大体私は人生で最高の仕事は政治だと思っている。金をかけて事業をやってみたところでそれは国全体のある一部分でしかない。国全体を考え、国民全部を幸福にするのはかかって政治にある。それで私は早くから政治を志していた」と書いている
  15. ^ 衆議院事務局編 『第15回衆議院議員総選挙一覧』 衆議院事務局、1926年、77頁。 
  16. ^ 拓務省職員録 昭和7年11月25日現在』 拓務大臣官房秘書課、1932年、17頁。 
  17. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1948年、690頁。 
  18. ^ 第16回国会衆議院会議録第1号、昭和28年5月18日、p.1
  19. ^ 実際保守合同が実現したのは1955年11月。
  20. ^ 第30回衆議院議員総選挙一覧』 衆議院事務局、1964年、298-299頁。 
  21. ^ a b 上之郷利昭『堤義明は語る』 講談社 1989年 ISBN 4-0618-4383-4 126頁
  22. ^ 死後、鎌倉霊園の巨大な墓地で眠っているが、堤家支配時代の西武鉄道グループ社員全員には墓参が義務付けられていた。
  23. ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』73-74頁
  24. ^ 「創業100年企業の血脈」 第二回 西武鉄道 「社員にカレーを振る舞ったピストル堤」 より
  25. ^ 筑井正義著「堤康次郎伝」121頁
  26. ^ 永川幸樹著 「堤義明・男の凄さ」212頁
  27. ^ 永川幸樹著 堤義明男の凄さp235
  28. ^ 三笠書房「堤義明男の凄さ」P122 永川幸樹著
  29. ^ [名言DB https://systemincome.com/18843]
  30. ^ 永川幸樹著『野望と狂気 「西武」の創始者堤康次郎波瀾の生涯』187頁
  31. ^ 永川幸樹著『野望と狂気 「西武」の創始者堤康次郎波瀾の生涯』199 - 200頁
  32. ^ 永川幸樹著『野望と狂気 「西武」の創始者堤康次郎波瀾の生涯』200頁
  33. ^ a b c 『昭和・平成 日本黒幕列伝時代を動かした闇の怪物たち』31頁
  34. ^ a b c 神一行 『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』318頁
  35. ^ 「わが堤一族、血の秘密」(『文藝春秋』昭和六十二年八月号)、立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』56-57頁
  36. ^ a b c d e 永川幸樹著『野望と狂気 「西武」の創始者堤康次郎波瀾の生涯』193頁
  37. ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』56頁
  38. ^ a b c d 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』57頁
  39. ^ a b c 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』40頁
  40. ^ 「堤義明・男の凄さ」81頁 永川幸樹著
  41. ^ a b c d 「日本ユダヤ教総本山・滋賀県」(『文藝春秋』1958年(昭和33年)11月号)、立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』39頁
  42. ^ a b c 堤康次郎の青年期と転機の回路(上)内海孝、『東京外国語大学論集』第71号,2005年12月
  43. ^ a b 雷帝堤康次郎(1889-1964)神奈川県立図書館
  44. ^ a b c d e f g h i j 『人事興信録. 6版』(大正10年)つ二六
  45. ^ 『人事興信録. 7版』(大正14年)な一〇七
  46. ^ a b c 神一行 『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』319頁
  47. ^ 『閨閥: 新特権階級の系譜』神一行、1989年、p282
  48. ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』50頁
  49. ^ 『堤清二: 西武流通グループを築いた男の光と影』安田信治、1985 、p43
  50. ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』54頁
  51. ^ a b c d 神一行 『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』327頁
  52. ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』83頁
  53. ^ 『家の履歴書』梶山寿子、光文社、2012年、p152
  54. ^ 『誰も語りたがらない 鉄道の裏面史』佐藤充、彩図社、2015年、p1982


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