堤徳三とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 堤徳三の意味・解説 

堤徳三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/28 07:00 UTC 版)

堤 徳三[1](つつみ とくぞう[2][3]1904年明治37年〉[注 1] - 没年不明)は、日本音楽家実業家。堤商店会長[3]

経歴

東京府士族・堤徳蔵の長男[4][5]1926年慶應義塾大学卒業[4][5]。江南産業[1][4]、堤不動産、新橋興業[2]各社長、堤商事代表取締役[1][4]。堤商店取締役[4][5]・同社長・同会長[2]結核予防会評議員、東京砂糖取引所理事[2]などをつとめる[注 2]

人物

族籍は東京府士族会社重役であった[4][5]。住所は東京市大森区南千束[4][5]、東京都千代田区一番町[2][3]で東京都港区在籍[3]。別宅は神奈川県三浦郡逗子町小坪[5]

家族・親族

堤家
親戚

脚注

注釈

  1. ^ 出生した月日は『人事興信録 第18版 下』には「3月2日[2]」、『人事興信録 第25版 下』には「2月3日[3]」とある。
  2. ^ 堤徳三について『帝国信用録 第34版』には「職業・食料品雑貨、店舗又は住所・芝新橋、開業年月・昭14」とある[6]

出典

  1. ^ a b c d 『日本紳士録 第46版』東京ツの部313頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年5月24日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 『人事興信録 第18版 下』つ28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年4月28日閲覧。
  3. ^ a b c d e 『人事興信録 第25版 下』つ64頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年4月28日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第14版 下』ツ41頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月15日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第13版 下』ツ42頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年5月24日閲覧。
  6. ^ 『帝国信用録 第34版』東京府ツ226頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年5月27日閲覧。

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第46版』交詢社、1942年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。
  • 帝国興信所『帝国信用録 第34版』帝国興信所、1943年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第18版 下』人事興信所、1955年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第25版 下』人事興信所、1969年。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  堤徳三のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「堤徳三」の関連用語

堤徳三のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



堤徳三のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの堤徳三 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS