貴族院_(日本)とは?

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貴族院 (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/21 15:30 UTC 版)

貴族院(きぞくいん)は、明治憲法下の日本における帝国議会の上院である[1]1890年明治23年)11月29日から1947年昭和22年)5月2日まで設置されていた。貴院と略称された。両院制(二院制)をともに構成する衆議院とはあくまで同格の関係にあったが、予算先議権下院にあたる衆議院が持っていた[2]




注釈

  1. ^ 例外として、第1議会(明治23年12月1日)に山階宮晃親王が登院し、第88議会(昭和20年9月1日召集、同4日開会、会期2日間、ただし、閉院式は同6日)に東久邇宮稔彦王が内閣総理大臣として登院している。
  2. ^ 事業を法人化して役員報酬を得たり、配当を受けたりする資本家は含まれなかった。『事典 昭和戦前期の日本』 39頁。
  3. ^ a b 尹徳栄子爵(朝鮮貴族)、朴泳孝侯爵(朝鮮貴族)、李軫鎬(朝鮮総督府官僚)と辜顕栄(台湾出身)はこの枠ではなく、一般の勅選議員として貴族院議員になった。『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』100、124、160、178頁。
  4. ^ 1945年12月8日に死去していた。
  5. ^ 1945年9月2日死去。『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』230頁。
  6. ^ のちに、伊藤は立憲政友会を結党する。詳細は伊藤博文の項参照のこと。
  7. ^ ただし、最大会派の研究会の会派拘束は厳格で、政党の党議拘束以上の厳しさがあり、会派の内外から批判の対象となっていた。
  8. ^ a b ただし、首相辞任後衆議院に転出し当選。
  9. ^ ただし、以前に衆議院議員歴あり。
  10. ^ 在任中貴族院の廃止により、衆議院に転出し当選した。

出典

  1. ^ a b コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) "貴族院"
  2. ^ a b c d e f g 『事典 昭和戦前期の日本』 37頁。
  3. ^ a b c d e f g h i 『事典 昭和戦前期の日本』 38頁。
  4. ^ 『貴族院規則第53条において議事日程変更の動議をなすの権を議員に与えたるは議院法第26条に矛盾せざるや』、ピゴット。伊藤博文編『秘書類纂』、秘書類纂刊行会(1933年1936年)、(NDL)
  5. ^ 内藤一成『貴族院』2008年、同成社Pⅱ
  6. ^ 古屋哲夫 第五五回帝国議会 貴族院・衆議院解説
  7. ^ 内藤一成『貴族院』 p72
  8. ^ 議員伯爵壬生基修君、伯爵島津忠亮君、伯爵大村純雄君ノ資格ニ對スル異議『貴族院資格審査判決例』 (貴族院事務局, 1925)
  9. ^ 『事典 昭和戦前期の日本』 38-39頁。
  10. ^ a b 『事典 昭和戦前期の日本』 39頁。
  11. ^ 内藤一成『貴族院』2008年、同成社、p246
  12. ^ 『議会制度百年史 院内会派編 貴族院・参議院の部』1996年、編集衆議院・参議院、p1
  13. ^ 『事典 昭和戦前期の日本』 224-225頁。
  14. ^ 内藤一成『貴族院』2008年、同成社、pp198-200


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