ぎょうせい‐かいかく〔ギヤウセイ‐〕【行政改革】
行政改革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/20 17:08 UTC 版)
行政改革(ぎょうせいかいかく)は、国や地方公共団体の行政組織及び運営を改革することである。略称は行革。行政組織の改革やその過程を行政機構改革[1]、行政組織の在り方のみならず、財政改革を含めた場合を総合改革ないしは行財政改革と呼ぶことがある。また、行財政改革よりも広義で効率性・効果性・健全性を重視した改革を行政経営改革と呼ぶことがある[2]。
日本
歴史
近代日本の行政改革の歴史は、それこそ明治維新とともに始まったと言える。明治天皇は1879年(明治12年)に節倹の聖旨出して過度な財政支出を戒め、内閣制度発足時にも伊藤博文が作成した「官紀五章」にも「繁文を省くこと、冗費を節すること」が掲げられている。更に1893年(明治26年)には帝国議会に艦船の新造を認めてもらうために官吏の給与一部返上と行政整理を約束した和衷協同の詔が出されている。日露戦争後の社会構造の変化や財政難が問題視されるようになると、歴代内閣は次から次に行政の効率化と経費削減のための方針を掲げ、前者の一部は実現される(農商務省の分割や厚生省の新設など)が、後者に関しては官僚たちの強い抵抗があってほとんど実現できなかった。
大東亜戦争の戦時体制下においては、戦局にすばやく対応するために内閣総理大臣への権限強化や国家戦略を担う総合国策機関の設立などが構想され、そのための法制も一部で整備された。
地方行政においては1943年(昭和18年)に都道府県の上位機関として地方行政協議会(1945年〈昭和20年〉から地方総監府)が設立されて権限を集約、広域行政化が進められた[3] が、いずれも大きな成果が得られぬまま終戦を迎えた。
戦後も経済復興と財政難への対応から行政組織の再編や行政手続の見直しなどが行われたが、大きく整理の検討が本格化するのは高度経済成長期に入ってからである。
- 1961年(昭和36年)11月9日 第一次臨時行政調査会(第1次臨調)設置。会長佐藤喜一郎。1964年(昭和39年)9月解散。
- 1981年(昭和56年)3月16日 第二次臨時行政調査会(第2次臨調)設置。会長土光敏夫。1983年(昭和58年)3月解散。
中曽根行革
- 1983年(昭和58年)7月1日 第1次臨時行政改革推進審議会(第1次行革審)設置。会長土光敏夫。1986年(昭和61年)6月解散。
- 1987年(昭和62年)4月 第2次臨時行政改革推進審議会(第2次行革審)設置。会長大槻文平。1990年(平成2年)4月解散。
中曽根行革以降
橋本行革
別名『火だるま行革』と言われた。
- 1996年 橋本龍太郎首相により行政改革会議が、設置される。
- 1997年(平成9年)全閣僚による「公共工事コスト縮減対策関係閣僚会議」(以下、関係閣僚会議)が設置される。
- 1997年(平成9年)「公共工事のコスト縮減対策に関する行動指針」が、関係閣僚会議で策定される。対象期間は平成9年度から11年度末まで。
- 1998年(平成10年)1月行政改革推進本部の下に規制緩和委員会を設置[4]。
- 1998年(平成10年)6月中央省庁等改革基本法が、成立する。
橋本行革以降
中央省庁再編 - 小泉改革
- 2001年(平成13年)1月 中央省庁等改革基本法に基づき、中央省庁再編が行われ1府12省庁に移行される。
- 2001年(平成13年)3月 規制改革委員会の廃止[4]。
- 2001年(平成13年)4月 内閣府に総合規制改革会議を設置[4]。
- 2004年(平成16年)「今後の行政改革の方針」が、閣議決定される。「規制改革・民間開放推進会議」を設置。
- 2006年(平成18年)簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律(行政改革推進法)が成立する。6月23日、同法に基づき内閣に行政改革推進本部が設置される。
安倍内閣 - 麻生内閣
民主党政権
民主党を中心とする政権では、行政改革は原則として「行政刷新」の語が使われていた。
安倍政権
主な課題
歴代の行政改革担当たる国務大臣
行政改革(中央省庁改革、中央省庁再編、霞が関改革)を行うため、総務庁全体の所管行政を見る総務庁長官とは別に中央省庁改革等担当閣僚として新設された[12][13]。
正式名称は「中央省庁の再編を中心とする行政改革を推進するため行政各部の所管する事務の調整」を担当する国務大臣となっている[14][15][16][17]。略称として「行政改革担当大臣」「中央省庁改革等担当大臣」「中央省庁等改革担当大臣」「中央省庁再編担当大臣」などと呼ばれていた[18][19]。
- 一覧
| 氏名 | 内閣 | 就任日 | 退任日 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 国務大臣(中央省庁の再編を中心とする 行政改革を推進するため 行政各部の所管する事務の調整担当) |
||||||||
| 武藤嘉文 | 第2次橋本内閣 | 1996年11月7日 | 1997年9月11日 | |||||
| 佐藤孝行 | 第2次橋本改造内閣 | 1997年9月11日 | 1997年9月22日 | |||||
| 小里貞利 | 1997年9月22日 | 1998年7月29日 | ||||||
| 太田誠一 | 小渕内閣 | 1998年7月29日 | 1999年1月14日 | |||||
| 小渕第1次改造内閣 | 1999年1月14日 | 1999年10月5日 | ||||||
| 続訓弘 | 小渕第2次改造内閣 | 1999年10月5日 | 2000年4月5日 | |||||
| 第1次森内閣 | 2000年4月5日 | 2000年7月4日 | ||||||
| 第2次森内閣 | 2000年7月4日 | 2000年12月5日 | ||||||
以上の大臣はいずれも総務庁長官を兼務。中央省庁再編後は行政改革担当大臣が行政改革の職務を務める。
行政改革担当大臣
脚注
- ↑ “行政機構改革”. 日本大百科全書 (2017年7月19日). 2023年11月29日閲覧。
- ↑ 横山幸司『コロナ時代を生き抜く 自治体経営論』サンライズ出版 2022 p27
- ↑ 内地九地区創設、広域行政を実現(昭和18年6月29日 朝日新聞 『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p577 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
- 1 2 3 4 “行政改革推進本部、規制改革委員会”. 首相官邸. 2010年5月10日閲覧。
- ↑ “行政委託型公益法人等改革の視点と課題”. 非営利法人研究学会. 2009年12月5日閲覧。
- ↑ “平成19年1月26日に、内閣に「規制改革推進本部」を設置”. 首相官邸. 2010年5月10日閲覧。
- ↑ “規制改革推進本部会合開催状況”. 首相官邸. 2010年5月10日閲覧。
- ↑ “規制改革会議は、平成22年3月31日をもって終了しました。および、規制改革推進本部(平成22年3月30日廃止)”. 内閣府. 2010年5月10日閲覧。
- ↑ “「行政刷新会議の設置について」等の廃止について” (PDF). 首相官邸 (2012年12月26日). 2016年11月15日閲覧。
- ↑ “行政改革推進本部の設置について” (PDF). 首相官邸 (2013年1月29日). 2016年11月15日閲覧。
- ↑ “行政改革推進会議の開催について” (PDF). 首相官邸 (2013年1月29日). 2016年11月15日閲覧。
- ↑ “第二次橋本内閣発足に当たっての記者会見(橋本龍太郎)”. データベース (1996年11月8日). 2026年5月20日閲覧。
- ↑ “総務庁長官辞任に際しての記者会見(橋本龍太郎)”. データベース (1996年9月22日). 2026年5月20日閲覧。
- ↑ “人事異動 内閣”. 官報 (1996年11月8日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “人事異動 内閣”. 官報 (1999年10月5日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “人事異動 内閣”. 官報 (2000年4月6日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “人事異動 内閣”. 官報 (2000年7月5日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “医療情報室レポート No. 6” (PDF). 福岡市医師会 (1998年10月30日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ 『全国官公界名鑑』同盟通信社、2002年2月発行、ま行 87頁
関連項目
外部リンク
- 行政改革推進本部
- 中央省庁等改革基本法- e-Gov法令検索
- 平成17年12月24日閣議決定 行政改革の重要方針 - ウェイバックマシン(2006年4月25日アーカイブ分) (PDF)
- 地方公共団体の行政改革 - 総務省
- 行政改革推進室
- 『行政改革』 - コトバンク
行政改革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 14:06 UTC 版)
守谷市では、人事費の抑制の為に人事評価制導入による職員定数削減を行っている。その結果、2000年(平成12年)には約410名ほどであった市職員数が2008年(平成20年)現在では約355名となっている。
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「行政改革」の例文・使い方・用例・文例
- 政府は行政改革を実行する権限を与えられている
- 行政改革
- 新政府は数多くの行政改革をもたらすものと期待された。
- 首相は行政改革を提案した。
- 行政改革の結果起こる混乱.
- 行政改革が現内閣の一枚看板だ.
- 首相の行政改革も空念仏に終わりそうだ.
- 委員たちは行政改革に大いに情熱を燃やした.
- 臨時行政改革推進審議会という調査審議機関
- 臨時行政改革推進審議会という調査審議機関の会議
- コモンコーズという,行政改革のための市民団体
- スクラップアンドビルド方式という,行政改革の方式
- 地方自治体が行う行政改革
- 企業内で行政改革を行うこと
- 行政改革の一環として,同庁は2003年4月に(日本)郵政公社となる。
- すべての候補者が「行政改革」を提案した。
- 新内閣には女性閣僚が2人いる。稲(いな)田(だ)朋(とも)美(み)行政改革担当大臣と森雅(まさ)子(こ)少子化対策担当大臣だ。
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