皇族議員
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/13 23:45 UTC 版)
満18歳に達した皇太子又は皇太孫と、満20歳に達したその他の皇族男子は自動的に議員となった(貴族院令第2条)。定員は設けられず、歳費も存在しなかった。 貴族院規則4条で「皇族ノ議席ハ議員ノ首班ニ置キ其ノ席次ハ宮中ノ列次ニ依ル」となっていた。ただし、「皇族が政争に巻き込まれることは適正ではない」という考えから、皇族は議会で催される式典などに参列したり、傍聴することはあっても、貴族院議員として日常的に議会内に出入することはなく、登院は帝国議会史上、極めて稀であった。また、皇族男子は陸海軍の軍人を務めることが常でもあった(皇族軍人)ので、「軍人の政治不関与」の建前からも、出席は適正ではないとされた。ただし、憲政史上で立法府はともかく、行政府である内閣では、その長たる内閣総理大臣に皇族の東久邇宮稔彦王(皇籍離脱後:東久邇稔彦)が就任した事例はある(歴代日本の首相で最短任期記録)。 第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)5月23日、当時在任していた皇族議員が全員辞任した後、同年7月3日から10月8日まで賀陽宮治憲王のみがこれを務めたのを最後として貴族院から消滅した。
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