石塚三郎
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石塚 三郎(いしづか さぶろう、明治10年(1877年)[1]8月15日 - 昭和33年(1958年)11月23日)は、日本の政治家・歯学者。衆議院議員(2期)。新潟県平民[2]。
- ^ 石塚の戸籍簿上の生年は1876年であるが、石塚本人は公的書類への記載を除き、自分の生年は明治10年であると言い通した。その理由は判然としない。
- ^ a b c d 『人事興信録. 7版』(大正14年)い一九六
- ^ 既刊の伝記等ではこのエピソードをその3年前に母シカが野口に充てた帰国嘆願の自筆の手紙に次いで紹介するものもあるが、野口が日本の関係者に宛てた書簡類の分析から石塚撮影の「シカの肖像写真が野口の帰国を“決意”させた」とまでは言いきることはできない、とする見解もある。
- ^ 石塚三郎『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
- ^ a b 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』63頁
- ^ a b 『堤義明と国土計画』神代雄二, 神谷雄二、1987年、p120
- ^ 立石泰則 著『淋しきカリスマ堤義明』64頁
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