大野伴睦とは?

大野伴睦

読み方おおの ばんぼく

政治家岐阜県生。東京市議を経て衆議院当選重ねる。戦後鳩山一郎支え日本自由党創設参加衆院議長吉田内閣国務相等を務める。自民党結成後は長く副総裁の座を占めた親台湾派として知られる一方日韓国交正常化交渉草分けとして「日韓連携」に努めた。また万木と号して俳句をよくした。昭和39年(1964)歿、73才。

大野伴睦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/17 14:22 UTC 版)

大野 伴睦(おおの ばんぼく、本名:大野 伴睦(おおの ともちか)、1890年(明治23年)9月20日 - 1964年(昭和39年)5月29日)は、日本政治家




注釈

  1. ^ 『歴史劇画 大宰相』でもこのエピソードが描かれている
  2. ^ この密約自体は孫である安倍晋三が「祖父から直接聞いた」とテレビ等で発言しており、その際に岸は「政治家は目的のためになら嘘をついてもかまわない」と語ったという。
  3. ^ このコメントは一般に、自民党内でささやかれていたもので、俗説との説もある。
  4. ^ この過程については諸説あるが、後に川島が「池田総裁を望んだ岸の指示であった」と語ったとされる。後藤基夫内田健三石川真澄『戦後保守政治の軌跡』(岩波書店、1982年)を参照。
  5. ^ 細かな表現には諸説あり

出典

  1. ^ 王希亮「日本遺族会とその戦争観」、『季刊「中帰連」』第2号、中国帰還者連絡会、1997年6月、2010年9月21日閲覧。
  2. ^ 岩見隆夫 『岸信介 昭和の革命家』学陽書房人物文庫 第2部終章2節"岸を刺した男" pp.273-278(1999年4月)ISBN 4-313-75086-X。初出、文芸春秋1977年11月号『満州の妖怪―岸信介研究』、1978年7月号『権力への野望―岸信介研究・戦後篇』。単行本 学陽書房(1979年)、朝日ソノラマ(1994年)。
  3. ^ 渡邉恒雄『政治の密室』(雪華社、1966年)を参照。
  4. ^ 朝日新聞・昭和39年3月14日夕刊記事
  5. ^ 山田栄三『正伝 佐藤栄作』下(新潮社、1987年)を参照。
  6. ^ 伊藤隆御厨貴 編『渡邉恒雄回顧録』(中央公論新社、2000年)を参照。


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