佐藤栄作とは?

佐藤榮作

佐藤榮作
総理在職期間
[第1次]昭39.11. 9~昭42. 2.17831
[第2次]昭42. 2.17~昭45. 1.141,063日
[第3次]昭45. 1.14~昭47. 7. 7906日
在職通算日数2,798
総理就任時年齢:63歳・65歳・68歳

佐藤栄作

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/20 10:13 UTC 版)

佐藤 栄作佐藤 榮作、さとう えいさく、1901年明治34年〉3月27日 - 1975年昭和50年〉6月3日)は、日本鉄道官僚政治家




注釈

  1. ^ 友人として急速に接近するのは、お互いに政界入りしてからである。池田が死亡した際、佐藤が葬儀委員長を務めている[7]
  2. ^ 2候補から金をもらうことを「ニッカ」、3候補から金をもらうことを「サントリー」、すべての候補(オール)から金をもらいながらそのいずれにも投票しなかった(パー)ことを「オールドパー」といった。いずれもウィスキーの銘柄(ニッカウヰスキーサントリー角瓶オールド・パー)にかけたもの。
  3. ^ 池田勇人242票、佐藤栄作160票、藤山愛一郎72票、灘尾弘吉1票。
  4. ^ 公務員や公共企業体職員へのストライキ権付与の議論については先送りとなり、三木内閣でのスト権ストまで持ち越されることとなる。
  5. ^ 佐藤の親台姿勢を物語るものとして、台湾國立故宮博物院には、佐藤夫妻が寄贈した唐三彩の「三彩天王増長天像」が展示され、「元日本國首相佐藤榮作氏及令夫人寄贈」と記されている。
  6. ^ 浅利は佐藤のブレーンとしてマスコミ対策や外交についての相談役をしていた[37]
  7. ^ 佐藤自身は日記刊行を持ちかけられると「僕は120歳まで生きるから」とはぐらかしていたが、佐藤家と交渉し没後約20年を経て実現した。原本紛失(首相就任前の数年分)により未収録がある。なお堀越作治『戦後政治裏面史 「佐藤栄作日記」が語るもの』(岩波書店、1998年)がある。著者は朝日新聞社政治部記者・編集局次長などを務めた。
  8. ^ ステネルセンのコメントはノルウェーのアフテンポステン紙からの引用[60]
  9. ^ 高坂は、佐藤ブレーン(前述の通り受賞記念の演説に際しても、原稿草案の助言をする等、政策の相談者だった)の一人として、後年ある月刊誌の座談会で「この受賞は、吉田茂・池田勇人・佐藤栄作3人が、行ってきた戦後政策全体に対する評価としての面が大きい(大意)」と、弁護する見解を述べている。
  10. ^ 佐藤とキッシンジャーのこの会談の内容は、2008年(平成20年)に早稲田大学客員教授・春名幹男フォード大統領図書館で確認した記録に残されている[63]

出典

  1. ^ a b 史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2019年12月26日閲覧。
  2. ^ 日本人で唯一の平和賞 佐藤栄作元総理大臣|チコちゃん×NHKニュース ノーベル賞ってなんでえらいの?”. NHK NEWS WEB (2019年10月1日). 2019年12月3日閲覧。
  3. ^ 山田, p. 23.
  4. ^ 岩川隆 1984, p. 19.
  5. ^ 山田, p. 27.
  6. ^ 岩川隆, pp. 18-19.
  7. ^ 山田, p. 42.
  8. ^ 山田, pp. 44-45.
  9. ^ 山田, pp. 45-46.
  10. ^ 山田, pp. 65-66.
  11. ^ 山田, pp. 67-69.
  12. ^ 山田, p. 85.
  13. ^ 山田, pp. 96-102.
  14. ^ 岩川, p. 65.
  15. ^ 『大阪大空襲と市営交通事業』公営交通研究所、31-32頁(『続東区史』別巻(1979年)からの引用)。
  16. ^ a b 福永, p. 123.
  17. ^ 福永, p. 67.
  18. ^ 福永, pp. 68-69.
  19. ^ 福永, pp. 125-126.
  20. ^ ティム・ワイナー「CIA秘録」文藝春秋
  21. ^ 福永, pp. 123-124.
  22. ^ “「日中戦争なら核報復を」佐藤首相、65年訪米時に”. 朝日新聞. (2008年12月22日). オリジナルの2008年12月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081224011848/http://www.asahi.com/politics/update/1221/TKY200812210172.html 
  23. ^ “核密約文書、佐藤元首相邸に…初の存在確認”. 読売新聞. (2009年12月22日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091222-OYT1T00775.htm [リンク切れ]
  24. ^ https://www.nishinippon.co.jp/item/o/560181/
  25. ^ 福永, p. 124.
  26. ^ 福永, p. 126.
  27. ^ 文藝春秋2011年十月特別号、150-152頁、政界三強鼎談、今学ぶべきは誰の内閣は、政権交代二年でこの体たらく憂国三銃士が吠える、石原慎太郎・野中広務亀井静香・司会後藤謙次
  28. ^ 第4章 国際連合における活動とその他の国際協力
  29. ^ (4)第68回国会における佐藤内閣総理大臣施政方針演説
  30. ^ 日本前首相披露中日交往過程中的另一面”. 人民網 (2004年7月6日). 2017年10月10日閲覧。
  31. ^ NHK BS1スペシャル「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」2017年9月24日
  32. ^ “日中関係打開めざした「保利書簡」 「いぶし銀の調整役」保利茂(7)”. 日本経済新聞. (2011年10月30日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2401G_V21C11A0000000/ 2017年10月10日閲覧。 
  33. ^ Listening:<メディアの戦後史>佐藤栄作首相の退陣会見 新聞嫌い、記者に「出ろ」”. 毎日新聞 (2017年4月13日). 2020年4月16日閲覧。
  34. ^ 朝日新聞昭和四十七年六月十七日夕刊
  35. ^ 「『政界の団十郎』佐藤栄作」、文春写真館「本の話 web」2009年2月2日号、2014年3月19日閲覧
  36. ^ 竹下登 『政治とは何か 竹下登回顧録』(講談社、2001年1月)、第9章2節 "「話がちがう、出て行け」" pp.249-450 ISBN 4-06-210502-0
  37. ^ a b 佐藤栄作首相「新聞記者は出ていけ」発言の真相 浅利氏、「責任の半分は私に・・・」と明かしていた”. J-CASTニュース (2018年7月18日). 2020年1月22日閲覧。
  38. ^ 真光寺田布施町観光協会Facebook
  39. ^ 山田, p. 123.
  40. ^ 岩川, p. 58.
  41. ^ 岩川, pp. 94-95.
  42. ^ 岩川, p. 187.
  43. ^ a b 中曽根, p. 66.
  44. ^ 中曽根, p. 93.
  45. ^ Nomination Database Nobusuka Kishi (2015年現在、1964年分まで公開). ノーベル賞公式サイト. 2015年4月30日閲覧。
  46. ^ Nomination Database Country of nominee is: JAPAN (2015年現在、1964年分まで公開). ノーベル賞公式サイト. 2015年5月4日閲覧。
  47. ^ 『政治とは何か 竹下登回顧録』 87-89頁
  48. ^ 上坂冬子『宰相夫人の昭和史』。
  49. ^ 魚住昭渡辺恒雄メディアと権力』
  50. ^ 佐藤栄作 (1998). 佐藤栄作日記〈第2巻〉. 朝日新聞社. p. 293 
  51. ^ 岩見隆夫『陛下の御質問』より、(新版・文春文庫、2005年)
  52. ^ 村上聖一. “民放ネットワークをめぐる議論の変遷―発足の経緯、地域放送との関係、多メディア化の中での将来―”. NHK放送文化研究所 年報2010 第54集. pp. 25,30. 2019年12月25日閲覧。
  53. ^ 阿部 2003, pp. 197-198.
  54. ^ 佐藤寛子 1985.
  55. ^ 佐藤B作 プロフィール 松竹映画男はつらいよ公式サイト
  56. ^ 内藤陽介『外国切手に描かれた日本』光文社新書、2003年。
  57. ^ 尾瀬あきらぼくの村の話 1巻』講談社東京都、1992年、33頁。ISBN 978-4-06-328305-1。「第1話 白い馬」
  58. ^ 共同通信ロンドン支局取材班編『ノーベル賞の舞台裏』(ちくま新書 2016年)
  59. ^ 吉武 2010, pp. 37, 38, 43.
  60. ^ a b 朝日新聞2001年9月5日付(共同通信配信)
  61. ^ 『核を求めた日本』は、2010年10月3日夜に放送
  62. ^ a b 『三島由紀夫の死と日本の核武装』、WILL2011年2月号
  63. ^ a b c d 「『核の先行使用』放棄探る――佐藤元首相が提案、米は拒絶」(朝日新聞、2016年3月14日号 1面・3面)
  64. ^ 『20世紀全記録 クロニック』小松左京堺屋太一立花隆企画委員。講談社、1987年9月21日、p1089。
  65. ^ 「佐藤栄作切りつけた犯人送検」朝日新聞 昭和29年9月13日夕刊 3面
  66. ^ 山田, p. 15.
  67. ^ 岩川, p. 19.
  68. ^ 『岸信介傳』25、26頁
  69. ^ ようこそ、田布施町郷土館へ”. 田布施町. 2015年2月6日閲覧。





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「佐藤栄作」の関連用語

佐藤栄作のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



佐藤栄作のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2020 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
首相官邸首相官邸
Copyright (C) 2020 首相官邸 All rights reserved.
内閣制度と歴代内閣
株式会社思文閣株式会社思文閣
Copyright(c)2020 SHIBUNKAKU Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの佐藤栄作 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS