加瀬俊一_(1925年入省)とは?

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加瀬俊一 (1925年入省)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/01 07:24 UTC 版)

加瀬 俊一(かせ としかず、1903年明治36年)1月12日 - 2004年平成16年)5月21日)は、日本外交官、外交評論家。第二次世界大戦前後に活躍し、国際連合加盟後初の国連大使や外務省顧問、内閣総理大臣顧問などを歴任した。外交評論家の加瀬英明は息子であり、オノ・ヨーコは姪。




注釈

  1. ^ 晩年はロマンスグレーの白髪長髪で、メディアへの露出が高かった。
  2. ^ 戦後加瀬の下で勤務する経験を持った菊地清明(元国連大使)は、加瀬が英文でよどみなく電文を起案する姿に感銘を受けたことを回想している。政策研究大学院大学C.O.E.オーラル・政策研究プロジェクト編『菊地清明オーラルヒストリー(下)』(政策研究大学院大学、2004年)。
  3. ^ 高碕の通訳として随行した岡田晃(元外務省アジア局中国課長)の証言による。岡田晃『水鳥外交秘話』(中央公論社、1983年)、宮城大蔵『バンドン会議と日本のアジア復帰』(草思社、2001年)を参照。
  4. ^ なお、国連加盟時の国連代表部特命全権大使ということで、加瀬が初代の特命全権大使と誤解されている場合もあるが、実際の初代特命全権大使は加瀬の前任の沢田廉三である。
  5. ^ ただし、加瀬の著作は史資料とつき合わせると事実の誤認や、自らの役割を過大評価していると思われる文章も少なくなく、その価値の評価は曖昧な点がある。

出典

  1. ^ 竹内修司『幻の終戦工作 ピース・フィラーズ 1945年夏』文春新書、2005年、p16
  2. ^ 共同通信ロンドン支局取材班編『ノーベル賞の舞台裏』(ちくま新書 2016年)


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