野中広務とは?

野中広務

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/29 05:46 UTC 版)

野中 廣務(のなか ひろむ、1925年大正14年)10月20日 - 2018年平成30年)1月26日[1] )は、日本政治家




注釈

  1. ^ ただし、国政進出後からは公言したことはなかった。
  2. ^ 角岡伸彦は著書『はじめての部落問題』で『野中広務 差別と権力』からこの事件の記述を引用し、「野中が小泉首相も出席した総務会で差別発言を指弾したにもかかわらず、不幸にも、麻生(福岡8区選出)はその直後、部落差別の担当官庁である総務省の大臣に就任した。泥棒が警察官になるようなもので、これほど不適切な大臣登用はない。麻生は後に、衆議院総務委員会でこの問題を追及されたとき、「そのような発言をしたことは全くありません」と事実を否定している。ではなぜ、野中に指弾された総務会の席上で「何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」のか、不可解である。その後、この問題発言は、うやむやになってしまった。しかし、部落出身という理由による総理大臣就任阻止の動きがあったとすれば、未遂ではあるが、有権者の代表である国会議員による“就職差別”である。」と解説している。
  3. ^ 『週刊ポスト』は第40巻第44号で「本誌は01年の総裁選当時、大勇会のA議員から“麻生発言”をめぐる混乱の顛末について証言を得ていた。A議員によれば、麻生発言がなされたとされる大勇会の会合の翌日、麻生氏側のB議員が自民党幹事長室に呼ばれたという。「そこには険しい表情をした野中氏が待っていて、前日の会合の議事録のようなメモを突きつけ『麻生が何をいったか全部わかっている。オレは絶対に許さない』と通告したB議員は真っ青になって派閥に戻り、経緯を報告した」という内容だった。」と報じている。
  4. ^ 先日、多民族共生人権教育センターの総会が開かれ、その記念講演で野中広務さんに来て頂きました。野中さんは「まさか、私が大阪人権センターに呼んで頂けるとは」と言っておられました。その懇親会の席で、私は『野中広務 差別と権力』(魚住昭著)に書かれている麻生太郎の差別発言について「あれは本当なんですか」と直接聞きました。実は部落解放同盟の中央大会でも、このことについて意見が出され、「解放同盟としては現在、事実確認ができていない」と答えていたからです。野中さんは「差別発言は本当です。次の選挙では、私は麻生の地元に入る。解放同盟も行動を起こすべきだ」と言われました。彼は、自身と部落解放同盟には考え方の違いはあるとした上で、部落差別が未だ根深いという認識は一致できるとして「差別をなくしていくためにも部落解放運動の中で、もっとエセ同和の問題に取り組んで欲しい。できたら自分の問題(麻生発言)も取り組んで欲しい」と言われました。部落解放同盟大阪府連合会書記長、北口末広近畿大学教授『大阪市人権協会mews』NO.22, 2005年6月15日
  5. ^ 野中は『老兵は死なず 野中広務全回顧録』等の著書では強制連行された朝鮮半島の「人びと」や「人たち」としている。

出典

  1. ^ a b “野中元官房長官死去、92歳”. jiji.com (時事通信社). (2018年1月26日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2018012601113&g=obt 2018年1月26日閲覧。 
  2. ^ 魚住昭 2004, pp. 49-51.
  3. ^ 魚住昭 2004, pp. 56-59.
  4. ^ 魚住昭 2004, pp. 65-67.
  5. ^ a b c 野中広務「今、日本を憂う」『野中広務・元自治相 (特別参加): 全国知事リレー講座 : 大学新時代 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)読売新聞2004年7月5日[リンク切れ]
  6. ^ 魚住昭 2004, pp. 143-144. 京都新聞の元政経部長笹井慈朗によると、野中が「反蜷川の闘士」として売り出した後も、彼と蜷川との信頼関係は続いていたという
  7. ^ 世界人権問題研究センター(編集)。上田正昭(監修)『京都人権歴史紀行』人文書院,1998年,66から68頁
  8. ^ 文藝春秋2018年二月号、~竹下から安倍まで~ 総理17人のベスト3 御厨貴後藤謙次、168頁
  9. ^ 海野謙二『野中広務ー素顔と軌跡ー』
  10. ^ 『野中広務 権力の興亡 90年代の証言』
  11. ^ 石原氏、村山元首相、野中元官房長官…超ベテラン「円卓会議」 - MSN産経ニュース” (日本語). 石原氏、村山元首相、野中元官房長官…超ベテラン「円卓会議」. 産経デジタル (2013年6月30日). 2013年6月30日閲覧。
  12. ^ 青木英一 (2013年7月1日). “円卓会議:超党派政治家集結、仙谷氏が参加−−東京 /徳島- 毎日jp(毎日新聞)” (日本語). 円卓会議:超党派政治家集結、仙谷氏が参加−−東京 /徳島. 毎日新聞社. 2013年7月1日閲覧。
  13. ^ “野中広務氏に正三位”. 朝日新聞. (2018年2月14日). https://www.asahi.com/articles/DA3S13358091.html 2018年2月17日閲覧。 
  14. ^ 「教員一覧」『平安女学院│大学・短期大学部│平安女学院大学・短期大学について│教員一覧平安女学院
  15. ^ 「野中広務客員教授」『野中 広務 客員教授平安女学院
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  19. ^ 野中氏の自民復党を決定…民主政権下、自ら離党
  20. ^ 『私は闘う』
  21. ^ 『老兵は死なず 野中広務全回顧録』。この体験談は、1997年4月11日の衆議院特別委員会でも前置きとして語った。
  22. ^ 松田賢弥『闇将軍 野中広務と小沢一郎の正体』
  23. ^ なお、『しんぶん赤旗』は、2012年にも加藤紘一に慰安婦について、2013年にも古賀誠に憲法についてインタビューを行っている。
  24. ^ 野田聖子「選択的夫婦別姓制度」2001年11月6日
  25. ^ 文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋2018年二月号、~竹下から安倍まで~ 総理17人のベスト3 御厨貴/後藤謙次、171頁
  26. ^ 「野中氏、首相を叱る 沖縄の痛み分からぬ政治に憤慨 戦争は絶対にやってはならない TBS番組」、しんぶん赤旗、2015年2月16日
  27. ^ 「時事放談」、TBS、2015年2月15日放送
  28. ^ テレ朝NEWS 野中広務氏 政権運営「相当危険な状態」と懸念(2014/02/19 19:07)
  29. ^ a b 魚住昭 2004, pp. 384-386,391-393
  30. ^ 都市共生社会研究分野主催シンポジウム『今こそ部落問題を語る—特別措置法の功罪について考える—
  31. ^ 第162回国会 総務委員会 第3号平成十七年二月二十二日(火曜日)
  32. ^ 『週刊現代』49巻1号、講談社、2007年1月13日。ただし「河野さんも言っている」という主張と異なる記述を2009年出版の「差別と日本人」ではしている
  33. ^ 「石炭六法は終わるが、旧産炭地が置かれた状況は変わらない。同和対策や在日朝鮮人の問題など政治的な責任はなくならない」
  34. ^ 鈴木宗男・上杉隆と藤本の対談「総裁選『迷走』の根源」(『週刊朝日』2008年9月26日号 p.24)
  35. ^ ダイヤモンド・オンライン『週刊 上杉隆』【第46回】2008年09月25日
  36. ^ 閣僚差別発言への要望書
  37. ^ 麻生総務大臣の「部落差別」発言について
  38. ^ 麻生総務大臣への申し入れ全文
  39. ^ 『週刊朝日』2008年9月26日号 p.24
  40. ^ 連載差別表現 第156回 日の丸・君が代問題をめぐるひとつのエピソード
  41. ^ 丹波マンガン記念館
  42. ^ ふらっと—特集 戦後60年と人権 野中広務さん
  43. ^ 民団新聞2006年12月6日、<在日から見える社会>
  44. ^ 対北朝鮮輸入禁止等に伴う緊急対策会議
  45. ^ 平成11年版海上保安白書
  46. ^ 海上警察機関による実力行使,廣瀬肇,周辺諸国との新秩序形成に関する調査研究事業報告書 -海上保安国際紛争事例の研究 第1号-
  47. ^ 能登半島沖の不審船事案と防衛庁の対応
  48. ^ 瀧野隆浩 『自衛隊指揮官』 講談社、2002年1月
  49. ^ 瀧野隆浩 『自衛隊指揮官』 講談社〈講談社+α文庫〉、2005年8月
  50. ^ 『老兵は死なず 野中広務全回顧録』
  51. ^ 産経新聞 1998年4月7日
  52. ^ NHK『日曜討論』 1999年12月5日
  53. ^ 中国共産党対外連絡部長 自民党の野中元幹事長らと会談
  54. ^ “後援会員が「殺した」と告白 南京占領71周年で野中氏”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年12月13日). http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008121301000404.html 2014年2月18日閲覧。 
  55. ^ a b “野中広務氏、中国の尖閣番組で謝罪 「不幸な事件、大変申し訳ない」”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2012年9月22日). http://www.j-cast.com/2012/09/22147334.html?p=all 2014年2月18日閲覧。 
  56. ^ 中国建国記念レセプション 日本の議員50人出席もあいさつなし - MSN産経ニュース
  57. ^ http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20760.html
  58. ^ a b http://s.japanese.joins.com/article/226/185226.html?servcode=A00&sectcode=A10
  59. ^ 野中を語る言葉には事欠かない。「叩き上げ」「剛腕」「強面」「喧嘩上手」「権力志向」「気配り」「義理人情」「闇将軍」「キングメーカー」「情報収集能力」……。海野謙二編著『野中広務—素顔と軌跡』のうち「はじめに」より
  60. ^ 野中広務さん死去 孤独な闘士、最後まで貫く 毎日新聞2018年1月27日 編集委員伊藤智永
  61. ^ 海野謙二『野中広務—素顔と軌跡』
  62. ^ 野中広務氏「官房機密費、毎月5千万〜7千万円使った」 朝日新聞
  63. ^ 時事通信2003年6月16日
  64. ^ 田中ひでおのメールマガジンー園部・三洋苑
  65. ^ 『私は闘う』、p.231.
  66. ^ 『私は闘う』、pp.232-233.
  67. ^ 『私は闘う』、pp.233-234.
  68. ^ 魚住昭 2004.
  69. ^ 野中広務『私は闘う』
  70. ^ 園部まちなか散策ウォーキングに参加する。
  71. ^ 魚住昭 2004, p. 83.





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