野村克也とは?

のむら‐かつや【野村克也】


野村克也

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野村克也

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野村 克也(のむら かつや、1935年昭和10年〉6月29日2020年令和2年〉2月11日[1][2])は、京都府竹野郡網野町(現・京丹後市)出身[3]プロ野球選手(捕手)・コーチ監督野球解説者野球評論家。夫人は野村沙知代


注釈

  1. ^ 野村は後年、自分は巨人の大ファンで巨人に入りたかったが、巨人には甲子園で活躍した一学年上の藤尾茂捕手が入団したばかりだったためレギュラーになれないと思って巨人の受験を断念し、捕手層が薄く高齢化していた南海ならば一軍のレギュラーになりやすいと考えたから南海のテストを受けたのだ。と主張するようになった[20]。また産経新聞の取材に対しては「たまたま、『南海ホークス新人募集』という広告が新聞の片隅に出ていた。行ってみよう、と。まさか受かるとは思わなかった」とも主張した[11]
  2. ^ ともに最終戦、最終打席で近鉄山本重政から打ったものだった。
  3. ^ 後期は阪急戦に1勝もできず13戦全敗し、惨敗した試合ではベンチで笑みを浮かべるなど真剣勝負を疑われかねない態度も見せたため一部で物議を醸し、「死んだふり」などと揶揄された。勝敗は二の次で相手方の作戦やサインプレーの研究に終始していたという。
  4. ^ 選手たちは冷房の効いた電話交換室を休憩所代わりにしていたため、電話の内容が聞こえていた。携帯電話、メールがない時代であり、プライベートな会話まで丸わかりになっていた。
  5. ^ このとき同僚になった松沼博久は野村の配球に強い印象を受けたと語っている。
  6. ^ a b 1981年から1982年までTBSテレビ・TBSラジオのプロ野球解説者を務めたことについては、次の資料を参照[55]
  7. ^ この年、同一カード3連戦で3連敗は1度もなし。
  8. ^ イチロー以外にも中嶋聡捕手も徹底的にマークし打ち崩して捕手交代に追いやった。
  9. ^ 1976年に71歳で太平洋クラブ(現・埼玉西武)の監督として契約したレオ・ドローチャーを含めると3人目である。ドローチャーは契約後病に倒れ、実際に指揮を執ることはなかった。なお、野村の辞任後に70歳で中日監督に復帰した高木守道を含め、70代の日本人プロ野球監督は2015年現在でも3人しかいない。
  10. ^ 約1年前に王貞治が甲子園球場で600号を放った際の観客は3万3,000人いた。
  11. ^ 他には王貞治、佐々木誠がいる。
  12. ^ 2005年6月28日巨人対ヤクルト戦ラジオ中継(栗山英樹とのダブル解説)[184]
  13. ^ ヤクルト監督退任後はNHK解説者就任が内定していたが、阪神監督就任に伴い消滅。
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出典

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