箕作元八とは?

みつくり‐げんぱち【箕作元八】

[1862~1919歴史学者岡山生まれ菊池大麓(だいろく)の弟。動物学を修めたが、のち歴史学に転じ、西洋史研究東大教授。著「西洋史講話」「フランス大革命史」。


箕作元八

読み方みのつくり げんぱち

史学家。津山蘭学者箕作秋坪の四子。東京外語学校で英語を学び明治18年帝国大学理科大学を卒業翌年ドイツ留学しロイズマン教授につき動物学研究、更にハイデンブルグ及びベルリン大学史学理学等を修め帰国する。後仏国に留学帰朝して帝国大学文科教授となる。川柳及び俳句善くし南亭と号する大正8年1919)歿、58才。

箕作元八

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/24 00:00 UTC 版)

箕作 元八(みつくり げんぱち、文久2年5月29日1862年6月26日)- 大正8年(1919年8月9日)は、美作国岡山県津山生まれの日本男性歴史学者


脚注

  1. ^ 龍は進経太の長女[8]。経太は十六の長男でみつの兄[6][8]

出典

  1. ^ a b c d e 「学問の歩きオロジー わが故郷の偉人たち (3) - 現代につながる巨星たちの系譜」、100頁。
  2. ^ 水原紫織 (2020年1月). 『もう1人の「明治天皇」箕作奎吾』. ヒカルランド , p.21
  3. ^ 『官報』第2106号、「叙任及辞令」1919年08月12日。NDLJP:2954219
  4. ^ 『官報』第2107号、「叙任及辞令」1919年08月13日。NDLJP:2954220
  5. ^ a b c d e f g h i j k 「学問の歩きオロジー わが故郷の偉人たち (3) - 現代につながる巨星たちの系譜」、102頁。
  6. ^ a b 『人事興信録 第2版』甲1337頁。
  7. ^ 『人事興信録 第2版』甲1260頁。
  8. ^ a b 『人事興信録 第9版』シ113頁。
  9. ^ 人事興信所 1915, み46頁.


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