中島信行とは?

中島信行 なかじま のぶゆき

中島信行の肖像 その1
弘化3年8月15日明治32年3月26日 (1846~1899)

高知生まれ。政治家。父は高知藩郷士尊王攘夷運動参加脱藩後、海援隊に入る。戊辰戦争では会津攻撃に加わる。維新後新政府に出仕明治7年(1874)神奈川県令9年(1876)元老院議官となる。14年(1881)自由党結成際し副総裁就任20年(1887)保安条例により東京から追放される。23年(1890)第1回衆議院議員選挙当選初代衆議院議長となる。その後再び政府復帰26年(1893)イタリア駐在特命全権公使27年(1894)貴族院議員勅選。妻は女性民権岸田俊子

キーワード 政治家
著作等(近代デジタルライブラリー収載
  1. 刑法講解 / 中島信行著 同盟書房, 明15.5 <YDM35708>

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中島信行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/05 10:25 UTC 版)

中島 信行(なかじま のぶゆき、弘化3年8月15日1846年10月5日) - 1899年3月26日[1])は、日本の政治家。男爵通称は作太郎。長男は中島久万吉。最初の妻は陸奥宗光の妹の中島初穂(1877年死去)で、後妻は女性解放運動家の岸田俊子




  1. ^ 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年、p.343
  2. ^ 外務省調査部第一課編『明治元年外国官関係略歴録』外務省調査部第一課、〔19--〕年、p.41
  3. ^ 守部喜雅著『日本宣教の夜明』いのちのことば社、2009年
  4. ^ ヨハネの福音書8章32節
  5. ^ 高野勝夫(1998年)118ページ
  6. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 明治45年2月』衆議院事務局、1912年、p.8
  7. ^ 『第1回帝国議会衆議院議事速記録号外』明治23年11月25日議長副議長選挙会
  8. ^ 『官報』第2788号、明治25年10月11日、p.106
  9. ^ 『貴族院要覧 〔明治31年3月編〕』貴族院事務局、1898年、p.233
  10. ^ 『官報』第3880号、明治29年6月6日。
  11. ^ 『会津戊辰戦増補白虎隊女子軍高齢者の健闘』や西郷頼母の著作『栖雲記・一雨の名残り』で薩摩藩の中島信行が、後に会津藩の中林包明に述べた話として伝えられている。
  12. ^ 合田一道『日本史の現場検証』(1998年)、157ページ


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