鮫島重雄とは? わかりやすく解説

鮫島重雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/30 16:14 UTC 版)

鮫島重雄

鮫島 重雄(さめしま しげお、嘉永2年9月6日1849年10月21日) - 昭和3年(1928年4月17日)は、日本の陸軍軍人陸軍大将正三位勲一等功二級男爵

経歴

薩摩藩士鮫島藤兵衛の次男として生まれる。

1871年(明治4年)、御親兵として陸軍入り。1873年(明治6年)1月から陸軍教導団に入営し、同6月陸軍伍長1874年(明治7年)3月陸軍士官学校生徒、同9年陸軍少尉試補・東京鎮台附。台湾出兵に際して台湾蕃地征討軍に編入される。1875年(明治8年)3月、陸軍工兵少尉に任官、1877年(明治10年)2月から西南戦争に出征する。4月に工兵中尉に進んで第1旅団参謀を命ぜられるが、同10月帰還する。

1878年(明治11年)2月から工兵第1大隊中隊長に移り、1879年(明治12年)3月参謀本部管西局員、1881年(明治14年)4月工兵大尉1883年(明治16年)2月には近衛師団参謀を命ぜられる。1885年(明治18年)7月に工兵第3大隊長心得、1886年(明治19年)3月陸軍大学校副幹事心得を経、同5月工兵少佐に進んで陸軍大学校副幹事。1887年(明治20年)6月監軍部参謀。1889年(明治22年)近衛師団参謀を経て、1894年(明治27年)6月18日工兵大佐・近衛師団参謀長に進んで1895年(明治28年)4月から日清戦争に出征する。日清戦後は中部都督部参謀長、1897年(明治30年)9月28日には陸軍少将に任官。

1900年(明治33年)4月25日に由良要塞司令官に就任し、1902年(明治35年)5月5日東京湾要塞司令官に移る。1904年(明治37年)9月5日に陸軍中将として大本営附を命ぜられて同10月日露戦争に出征する。戦中の12月1日第11師団長を拝命し、1906年(明治39年)4月1日勲一等旭日大綬章を受章。同7月6日第14師団長に移る。1907年(明治40年)9月21日、日清・日露戦役の軍功により男爵を授爵。1911年(明治44年)9月6日、陸軍大将昇任と共に後備役編入となる。1916年(大正5年)4月1日に退役した[1]。退役後も14師団の置かれた宇都宮にとどまった[2]

1928年(昭和3年)薨去。重雄に後継者はなく、爵位は継承されなかった。宇都宮の別邸跡地は宇都宮グランドホテルになった[2]。墓所は宇都宮市報恩寺

栄典

位階
勲章等

脚注

  1. 『官報』第1102号、大正5年4月7日。
  2. 1 2 歴史”. 宇都宮グランドホテル. 2021年7月18日閲覧。 “Internet Archiveによる2021年1月17日時点のアーカイブページ。”
  3. 『官報』第2551号「叙任及辞令」1892年1月4日。
  4. 『官報』第3318号「叙任及辞令」1894年7月21日。
  5. 『官報』第4302号「叙任及辞令」1897年11月1日。
  6. 『官報』第5833号「叙任及辞令」1902年12月11日。
  7. 『官報』第6445号「叙任及辞令」1904年12月22日。
  8. 『官報』第7352号「叙任及辞令」1907年12月28日。
  9. 『官報』第8486号「叙任及辞令」1911年10月2日。
  10. 『官報』第1936号「叙任及辞令」1889年12月10日。
  11. 『官報』第2376号「叙任及辞令」1891年6月3日。
  12. 『官報』第3741号「叙任及辞令」1895年12月16日。
  13. 『官報』第3849号・付録「辞令」1896年5月1日。
  14. 『官報』第6426号「叙任及辞令」1904年11月30日。
  15. 『官報』号外「叙任及辞令」1906年12月30日。
  16. 『官報』第7272号「授爵敍任及辞令」1907年9月23日。
  17. 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。


日本の爵位
先代
叙爵
男爵
鮫島(重雄)家初代
1907年 - 1928年
次代
栄典喪失




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